5日目
両手に折り紙で作った、たくさんの風船と疑問を抱えて今日も魔王は人間に問いかける。
「なぁ、人間」
神妙な面持ちで人間に話しかける魔王に、人間は固唾を飲む。ともに生活を始めて、まだ4日しか経っていないが普段の態度は違う魔王に、人間は静かに次の言葉を待つ。たっぷりの沈黙の後に、ゆっくりと口が開いた。
「どうして————————風船の耐久力は低いんだ」
どうして、ふうせんのたいきゅうりょくはひくいんだ?
それはもちろん紙だからである。至極当たり前である事実を改まって聞かれると、逆に質問の意味が理解できないものだ。普通に答えていいものか悩めば、魔王の腕に抱えられた折り紙の風船が全てぐしゃぐしゃになっているのに気が付いた。
「——————それは、紙だからですよ」
あいかわらず、どこからともなく現れてはズバっと答えたヒッチに魔王は「……そんなことは理解している」と小さな声で呟いた。これまた珍しい魔王の態度にヒッチも首を傾げた。普段の魔王であるならば、きっと、いや絶対に大きな声で反論していたことだろう。
まさか本当に折り紙で作った風船がぐしゃぐしゃになったことに、落ち込んでいるとでもいうのか——————あの魔王が!
「形あるものは壊れるって決まっているからねぇ」
そうだ、形あるもの、命あるものはいずれ終わる。永遠に残り続けるものなんて存在しない。どんなものも最後には捨てることになるならば——————。
「知らなければよかった」
そんな言葉とともに、抱えていた風船は灰も残さずに燃え消えた。
本当にどうしたと言うのか、センチメンタル魔王についていけない一人と一匹はお互いに顔を見合わせた。
「なにか魔王様が喜ぶようなものはないんですか?」
「そんなこと、急に言われても」
突然の質問に頭をうんうん悩ます人間を横目に、ヒッチはこの4日間の魔王を振り返る。本当に楽しそうであった。まだ今日を含めて人間と361日も過ごす時間があるというのに、もう最終日の妄想でもしているとでもいうのか。気が早すぎだろう。
「あ、そういえばアレがあったわ!」
立ち上がり、スパンっと勢いよく押入れを開ければ、これじゃない、あれでもないと中の物を取り出してく。何個目かの袋の中に、お目当てものを見つけたのか「これこれ」と用のないものは、押し入れに戻し、今度は台所に向かう。台所に置いていたものはすぐに見つけられたのか、なにやら重たそうなものが入った袋を持ってきた。それから、別の部屋に行ったと思えば、片手に機械を持って戻ってきた。
見たことのない機械に、先ほどまでの感傷的な態度が嘘だったかのように「これはなんだ、人間」と興味津々である。
「これは“ミシン”って言って、布を縫い合わせる機械だよ」
押し入れから取り出した袋の中身は、綺麗な布がたくさん入っていた。色とりどりであるのに、不思議と落ち着いた印象を受ける。
「さて、この端切れを縫っていこうかね」
ハサミで形を整えて、ミシンと呼ばれたものでくっつけていく。折り紙と同じように、ひらひらの平面だったものが、あっという間に小さな袋へと形を変える。
台所から持ってきた袋の中には、大量の小さくて、赤色の豆が入っていた。小さな袋に半分ぐらい豆を入れてから、袋を閉じた。
「はい。“お手玉”の完成」
明らかに折り紙で作った風船より、耐久力がある物が完成してしまった。
人間は端切れをどんどん縫い合わせて、大量の袋を作成していく。その横で魔王は、完成したお手玉が気になるのか突いて遊んでいる。
「たくさん作ったから、これに豆を入れてくださいませ」
「半分ぐらいまで入れればいいのか?」
「ぱんぱんに入れると、痛いからねぇ」
11個ほど渡された袋に、順番に豆を詰めていく。
「この豆の名前はなんですか?」
「これは小豆って言うんだよ。お手玉に飽きたら、その時は袋を破いて“お汁粉”でも作ろうか」
「……この固い豆を食べるのか?」
「ご飯と一緒に炊いたり、煮たりして食べるよ」
こんなに固い豆を食べる想像ができないまま、黙々と袋に豆を詰めていく。詰め終わったものは、人間がミシンで袋を閉じる。お手玉と呼ばれるものが合計で12個完成した。
「さて、これはどうやって使うんだ?」
「両手でお手玉を一つずつ持って、右手で上に投げて、左手のお手玉を右手に、投げたお手玉は左手でキャッチ。これを繰り返すんだわね。歌に合わせてやるんだけど、もう随分と昔のことだから忘れちゃったわ」
説明の通りひょいひょい投げてみるが、これが意外と難しく続けることができない。負けず嫌いである魔王は、それからひたすらお手玉に挑戦していく。放り投げては、掴み、放り投げては、掴む動作を繰り返していく。そのたびに中の小豆がぶつかり合い、ジャリジャリと音を立てる。
どんどん一定になっていく音に、人間の瞼がゆっくりと下がっていく。
「で、モガっ?!」
約1時間で二つのお手玉を止めることなく、繰り返しできるようになった魔王は達成感と、喜びを吐き出そうとした瞬間、なにか大きなものが魔王の顔面に吸い付き、歓喜は最後まで吐き出されることはなかった。
目の前は真っ黒に染まり、鼻と、口が塞がれているせいで呼吸もままならない。苦しさに、顔面に広がる柔らかい物体を叩き、どいてほしいと言外に伝える。思いが伝わったのか、柔らかいそれはスルリと顔から離れた。
「突然、大きな声を出すのは止めてほしいものですね」
淡々と、けれど呆れを隠すことなく吐きだれた言葉に、魔王は眉を寄せた魔王であったが、穏やかな呼吸音が耳をくすぐった。音の発生源に視線をやれば、人間が穏やかな顔をして眠っていた。
「……本当にお前は、この人間が好きだな」
「好きなのは貴方でしょうに」
「お前は人間が起きるまでここにいろ」
自分の言葉を無視し、お手玉を三つ手に持って部屋を出ていく魔王の背中を黙って見送る羊だけが知っている――――――まだセンチメンタル魔王であることを。
「では、毛づくろいでもしながら、起きるのを待つとしましょうか」
今日はまだしていなかった毛づくろいを静かに始めた。




