3日目
魔王は今日も、人間の部屋に入り浸っていた。
昨日覚えたばかりの折り鶴を、何が面白いのか大量生産している。作るのに5時間もかかった折り鶴も、今では10分ぐらいで作れるようになった。目覚ましい成長具合である。
憑りつかれたように折る魔王に、ヒッチは横で溜息を吐き出した。ヒッチの詰まらなさそうな顔を見た人間は、大きな紙で何かを折っていく。数回折っただけで完成したそれは——————ただの三角形だ。折り鶴よりも簡単にできた三角形の端を握り、振り上げたと思えば、素早く振り下ろす。
その瞬間に“パァッン!”と、部屋中に乾いた音が響き渡った。
その音に条件づけられた体が反応し、折っていた折り紙を一瞬で灰に変え、人間をヒッチに押し付けた魔王は立ち上がる。先ほどまで折り鶴を折っていたのと同一人物と疑ってしまうほど、その横顔は鋭利であった。
「まさか、まだ生き残りがいたとはなぁ?」
鬱陶しそうに眉を顰める魔王の足をヒッチは、思いっきり踏みつぶした。あまりの痛さに声も出せずに、床にうずくまった魔王の背にヒッチは飛び乗る。重たいのか呻き声を上げる魔王を、ヒッチは鼻で笑う。
「落ち着いてください。音の原因は人間が持っている“紙”ですよ」
「何を言っている? 紙があんな音出せるわけないだろう」
「それはご自身の目と、耳でお確かめください」
ヒッチからの目配せを受けた人間は、先ほどと同じように三角形の紙を振り上げ、振り下ろした。先ほどよりも小さいが、“パァン”と乾いた音が鳴った。
魔王と、ヒッチの視線に恥ずかしくなった人間は、三角形の紙を差し出して一言。
「——————“紙鉄砲”って言います」
魔王の上でヒッチは「ほら、言った通りでしょう」と、毛づくろいをしながら自身が作ったわけでもないくせして、自慢げに言った。
「わかったから、背から降りろ」
「毛づくろいを始めたばかりなので嫌です」
「…………終わるまで降りないつもりか」
その言葉を無視して毛づくろいを続けるヒッチに、魔王は溜息を吐き出した。そんな二匹を見ていた人間は、何かを思い出したようにキッチンへと向かった。魔王とヒッチは不思議そうな顔をして、人間が戻ってくるのを待った。人間がものの数十秒で戻ってきたと思えば、木の棒を割ったり、折ったり、紐のようなもので結んだりと、組み上げていく。黙々作業する人間の邪魔をしないように、息を潜める。
組みあがったそれに、紐をひっかけ、壁に向かって引き金を引けば、ひっかけていた紐が壁向かって飛んでいった。
「久しぶりに作ったけど、飛ぶもんだねぇ」
「今度は何を作ったのですか?」
「これは“ゴム鉄砲”って言うんだよ」
「また“鉄砲”ですか」
「子どもたちの遊び道具には、ちょうどいいんだわ」
「……それは、興味わかないな」
二匹の反応に、人間は「そうかぁ」とだけ呟いてゴム鉄砲を机の上へと置いた。
「こっちの方が好きかな?」
折り紙を1枚取り出し、折り鶴を折った時のように折っては、開いてを繰り返ししできあがったそれに、人間が息を吹き込めばポコリと膨らんだ。それを「よいしょ、よいしょ」と手のひらで上に弾いて遊んでいる。
「それはなんだ!」
「わっ!? びっくりしたぁ」
突然大声を上げる魔王に、人間の体が跳ねた。
作ったそれを手のひらに乗せて、魔王の目の前に差し出す。いい加減降りろ。嫌です。なんてやり取りを続けながらも、二匹は食い入るように見る。
「これは“風船”って言うんだ」
「“フウセン”?」
「わたしは、若い時はよく作って遊んだわ」
「ただ上へ、上へ、弾くだけの遊びなのか?」
「孫と遊んだときは、飛ばしあって、相手に返せなかった方が負け~って遊んだよ」
「……それは楽しいのか?」
人間は「孫はすぐに飽きて、ただひたすら風船だけを作っていたよ」と苦笑いをした。その様子に魔王も——自分もそうだろうな。と人間から目を逸らした。
「もうそろそろいいだろう。降りろ」
「はいはい、わかりましたよ」
渋々といった様子で魔王の背から、ヒッチが飛び降りた。ずっと同じ大勢だったからか、魔王は大きく体を伸ばした。
「よし! それでは、人間よ。“フウセン”の作り方を教えてくれ」
折り鶴を作り続けた成果なのか、風船はものの17分ぐらいで作れるようになった。なによりヒッチを驚かせたのは、折り紙を破ることなく1枚目で完成したことだった。これには魔王自身も嬉しいのか、人間に鬱陶しいほど絡む絡む。
「どうだ人間! 上達してきただろう!」
「いやーすごい! ちゃんとしっかり折ってるから、綺麗にできてる」
「そうだろう、そうだろう。もっと褒めてもいいぞ」
「もう十分に称賛していただいたでしょう」
呆れるヒッチなんて気にすることなく、一人で楽しそうな魔王は人間に持ち上げられるまま、また風船を折っていく。折り鶴と同じように、今度は風船を量産していく魔王を部屋に放っておいて、ヒッチと人間は食材を取りに倉庫へと向かった。
一人と一匹の足音を響かせる廊下は薄暗く、冷たい。人間は寒さにより痛む足を必死に動かしながら、ヒッチの後ろをついていく。
ヒッチは人間が変な歩き方をしていることには気が付いている。人間を背中に乗せてもいいが、毛づくろいしたばかりのため躊躇っているのだ。しかし、文句も言わずついてくる人間に、そろそろヒッチは人間にバレないように溜息を溢して、足を止め、その場でしゃがんだ。
「どうぞ、お乗りください」
「いやいや、いいよ! 歩けるから!」
遠慮しているのか、人間はヒッチ申し出を断った。
「歩けるときに歩かないと、体が鈍っちまうからねぇ」
人間の言葉に納得したヒッチは、立ち上がり人間の横に並んだ。その行動に人間は首を傾げつつも、一人と一匹は先ほどよりもゆったりと再び歩き出した。
無事に倉庫にたどり着き、必要な食材を集めた。倉庫に置いてあった小さな荷台に積み込み、ついでに人間も荷台へ積み込んだヒッチが荷台を引いた。カラカラと響く音をBGMに、ヒッチと人間は晩御飯について花を咲かせるのであった。
部屋に戻れば風船づくりに飽きたのか、折り鶴を一心不乱に作る魔王を見てひとりと一匹は顔を見合わせて、肩をすくめるのであった。