15日目
「なぁ、人間」
「ん? どうしたんだい」
魔王の呼びかけに応えた人間は、呼びかけてから言葉を発しない魔王の次の言葉を静かに待つ。
何か伝えにくいことがあったのか? と疑問を抱えた人間だが、人間からしてみれば困ったことは現状ない。現状ないだけで、これからのことで何かあるのかもしれない。さすがに、元の世界に戻れなくなりましたと言われれば困る。
「……実は」
「うん、どうしたんだい?」
珍しく弱弱しい声色に、人間は改めて問いかける。
辛抱強く待っていれば、再び魔王は口をゆったりと開いた。
「マーネとノックスが、再び旅に出てしまったんだ」
「あら? なんでまた?」
昨日あんなに、みんなで遊ぶ約束をしていたのにも関わらず旅に出てしまった二人を不思議に思う。思ったところで、二人が旅に出た事実は変わらないため人間は3秒後には考えることを止めた。
人間が考えることを止めても、魔王はいまだにうじうじと二人のことを考えているようだ。
「知らぬ。ただ、手紙が置いてあったのだ」
「無言で行かれるより、いいじゃん」
「それもそうなんだがな?! でもな、でも、直接言ってほしかったんだよ!」
「それもそう!」
きゃんきゃん子犬のように騒ぐ魔王を見て、人間は口元を緩める。
そんな人間を見て、魔王は表情を消した。
ごっそりと抜け落ちた表情は、熱さも冷たさも何も感じない。両の瞳は人間を映しているようで、遥か彼方を映しているような、底の見えない井戸のようであった。
「―――なにを笑っているんだ?」
低く、不思議と響く声は恐怖心を植え付ける。
「いやあね、本当にあの二人のことが——————大好きなんだな。って思って」
ふふっと笑う人間に、魔王は目を丸くした。
まさか、そんな言葉が出るとは微塵も思っていなかった。
もしヒッチであれば、きっと口を開く前に魔王に突進をかましていたことだろう。「うじうじと鬱陶しいんですよ」って言葉もついたことだろう。
人間の言葉に、鬱々とした感情は吹き飛んでいた。




