14日目
「昨日は大丈夫でしたか?」
ヒッチの言葉に、人間は首を傾げた。
「昨日は魔王様と二人きりでしたでしょう? さぞかし、大変だったと」
昨日の魔王の様子を思い出し、クスクスと笑いつつも、ヒッチの言葉を緩やかに否定した。
「大変なことなんて一つもなかったさ。とても楽しい時間を過ごしたよ」
「楽しい、時間ですか?」
「すごく綺麗なものを見せてもらった」
煌めく星が、瞬きの間に弾けて消え、重力を感じない透明の球体は光を反射させながら風に身を任せて、知らないどこかへと飛んでいく。とても美しい光景であった。
「……ま、楽しかったのならよかったです。嫌になったらいつでも言ってください。契約上、貴方を夢から覚ますことはできませんが、1、2日ぐらいなら魔王様を遠ざけることはできますから」
「気遣ってくれて、ありがとうね」
「……仕事ですから」
ヒッチがふいと人間から視線を逸らすのと同時に、部屋にノックの音が響き渡った。そのすぐさまドアが開かれ「誰かいるかい?」と飛んできた質問に、人間は「はいはーい」と出迎えた。
「--――ノックス。今のでは、ノックの意味がないですよ」
「やることに意味があるのさ」
お互いの言葉にカチンきている二匹であるが、何を言い合っても平行線になることがわかっているため、この会話はすぐさま切られた。
空気を変えるようにノックスは、明るい口調で人間へと話しかける。
「実は聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「なんでも聞いてちょうだい! 答えられるものなら、答えるわ」
「難しいことなんて聞かないさ――――――みんなで遊べるゲームはあるのかい?」
みんなで遊べるゲーム。
その言葉が意味するところは、やはりそのままみんなで遊びたいということなのだろう。そんなことを考えるのは魔王か、マーネのどちらかしかいないだろう。
「そうだねぇ。家の中なら“しりとり”とか、“マジカルバナナ”とかかねぇ。外なら“鬼ごっこ”、“氷鬼”、“どろけい”、“だるまさんがころんだ”とかいろいろあるよ」
「どれもおもしろそうだ」
「ノックス、いったい何だというんです?」
「なに、息抜きは必要だろ?」
誰のための息抜きというのか。
「これは魔王様も知っているんですか?」
「あぁ、今頃マーネが魔王様に伝えているころさ」
ノックスの言葉にヒッチは諦めた。魔王は気が付いていないかもしれないが、マーネとノックスに甘いのだ。二人がやりたいと言えば、できるかぎり叶えようとする。それをわかっている二匹だからこそ、ヒッチはより腹が立つのであった。
「それじゃあ、覚えている遊びだけでもいいからルールを教えてくれるかい?」
「もちろん、いいよ」
それから、人間は過去を思い出しながら遊びを伝えていく。遊びというものは、なかなかによくできていて知力、体力を使うらしい。
人数がいればいるほど楽しいのであろうソレに、ヒッチは魔王の喜ぶ顔を想像しながら毛づくろいを始めた。
「実に興味深いね。こんなにたくさんの遊びがあるなんて」
「そうだねぇ。子どもは遊ぶのが上手だからね。新しく遊びを作ったり、改良したりするんだ。孫もひと捻り加えて遊んでいたよ」
「例えば?」
「“だるまさんがころんだ”は、その言葉と同時に動きを止めないといけない遊びだけど、“だるまさんの1日”って改良した奴は動かないとダメなんだ。例えば『だるまさんが水やりをした』と言えば、水やりをする動きをしないといけないんだ」
「なるほど、それで水やりには見えない人間はアウト、ということですね」
「そうそう、そうやって遊んで派生して、繋いでいくんだよ」
「----――本当に興味深いな」
人間は思う。
自身も昔は外ではしゃいで、みんなとともに楽しんだ。知らない子どもだって一緒になって遊んでいた。明るいうちは、子どもの声が途絶えることはなかった。孫が幼い時だって、楽しそうな声に耳を傾けながら、帰ってきたときのお土産話を聞くのが好きだった。
今ではもう、子どもの声なんてどこにも聞こえはしない。それが少しだけ寂しいように思った。
「いろいろ参考になったよ」
「それならよかった」
「きっと近いうちに、やると思うからその時はよろしく頼むよ」
「年寄りにできることならね」
ノックスは「それじゃあ、また」と残し、部屋を出ていった。
一番人間の話を聞いているヒッチは、気になっていた。
人間の話に出てくる“孫”は、いったいどれだけの時間を一緒に過ごしたのであろうか。人間が以前に言っていた、孫とは自身の子どもの子どもであり、順当にいけば孫より、自分の子どもの方がともに過ごした時間は多いはずだろう。それでも話題に出るのは孫ばかりである。
孫の話題の多さのせいか、どことなく似ているせいか、ヒッチは早く1年が過ぎ去ればいいと願ったのだった。




