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13日目

「編み物を始めて思うが、けっこう性格がでるな」



 魔王は自分が編んだ鎖と、マーネが編んだ鎖を見比べながら呟いた。昨日編んだ二人の鎖だが、魔王の鎖は緩くもなければ、きつくもなく、初心者にしては丁寧で綺麗な仕上がりだ。マーネの鎖は一見整然とし美しいのだが、とてつもなく固いのである。

 ちなみに編み物というのは鎖編みから始まるのだが、その後は鎖編みから細編み、長編みという2つの基礎を覚える。細編みと長編みに共通するのは、鎖の真ん中に毛糸を通すのだ。どういうことかというと、固すぎるとそもそも針が通らなくなるので注意しよう。



「マーネちゃんは、きっちりしているのが好きなんだねぇ」

「あぁ、確かに。ノックスよりも、マーネの方が白か黒かの2色で考えているし、きっちりと並んでいるものが好きだな」

「慣れてくればマーネちゃんも緩く編めるようになるから大丈夫だけどね。ところで、今日は魔王さんだけなのかい?」

「そうだが??」



 そうなのだ。

 人間の部屋へ来ているのは、今日は魔王のみであった。



「なんだ? 私だけでは不満なのか?」

「いやいや、違うよ。珍しいって思っただけ。それに初めて会ったことを思い出すなって」




 人間の言葉に、魔王は――確かにな。と納得した。



「しかし、あの後すぐにヒッチが来たから実際は今回が初めてか?」

「あぁ、そうだったねぇ」



 数十日前のできごとをまるで遠い過去のように思い返せば、魔王と人間が二人きりであったのは数分から数十分程度だろう。



「それじゃあ、今日も編み物を?」

「いや、今日はマーネがいないからな。教わるなら一緒がいい――――今日はこれだ」



 魔王はどこからともなく、一冊の本を取り出した。本をぱらぱらと捲り、あるページで手が止まった。人間が見やすいように、本を差し出す。



「人間はこれをしたことがあるか?」



 差し出された本を恐る恐る覗き見た人間は、本に描いてあるそれに笑みをこぼした。



「わあ、また随分と懐かしいねぇ」

「懐かしいのか?!」

「懐かしい、懐かしい。“シャボン玉”なんて!」



 透明の丸いものがフワフワと浮いているというのは、とても幻想的である。対象が何であれ、素敵だと思う心は人間だって、人外だって同じらしい。



「もしかして、例の孫はそんなにやっていなかったのか?」

「いんや、突然思い出してベランダで吹かしていたよ」

「本当に突飛なやつだなあ。だが孫はいいとして、では専用の液体が必要ってことか?」



 今まで教わったものは、なんだかんだ代用品があればできる物ばかりであったが、シャボン玉専用の液体は流石に人間には用意できないだろう。

 今回ばかりは諦めようとした魔王であったが、人間はこともなさげに口を開いた。



「シャボン玉液はないけど——————作れるよ」

「作れるのかッ!!?」



 目を見開いて驚く魔王を無視して、「よっこらっせ」と立ち上がった人間はキッチンへと向かったかと思えば、すぐに水が入ったコップと、洗剤、ストローを二本持って戻ってきた。

 魔王が質問する間もなく、水が入ったコップに洗剤を入れ、ストローでよくかき混ぜる。混ざったのを確認したら、ストローの先端に切り込みを入れて、花が咲いたように開いていく。



「これで、吹けるから外に出ようか」

「な、なら! 屋上だ! 屋上でやりたい!!!」

「魔王さんが好きなところで拭けばいいよ」

「なら、すぐに行くぞ!!」



 人間の手を引き、急いで扉へと向かう。まるで時間はないとばかりに急ぐ少年のような背中に人間は「急がなくたって、外は逃げないよ」と笑った。

 魔王がドアノブを握りしめれば、そこからパチパチと音を立てながら煌めく星が飛び回る。星が床に落ちて、弾けて消えるのと同時に扉が開かれる。



「うわぁ……!」



 突然眩しい光が視界を覆う。反射で目を瞑れば、爽やかな風が頬を撫ぜる。ゆっくりと両目を開けば、眼前にはどこまでも続いている青い空が広がっていた。

 後ろ振り帰れば自分たちがいた部屋があり、目の前を向けばそこは確かに―――――屋上であった。



「いつもならちゃんと移動するが、今回は特別だ。人間の部屋の扉と、屋上の扉を繋いで移動した」

「便利でいいねぇ」

「そうだろう、そうだろう。だが、あまり使うと普段から楽したくなってしまうからな。本当に、本当に、今回は特別だ」

「じゃあ、早速やろうかね」



 人間の言葉に大きく頷いた魔王を見て、シャボン玉について説明を始める。



「まず、この切った方を液につけて、つけたら吹く。それだけだよ」



 慣れているのかストローを拭いて、シャボン玉がぷくぷくとストローの先から出ていくのを魔王に見せる。



「うお、本当に出ている! 透明の丸い球が! 浮いている!」

「ほら、魔王さんも」



 人間に促されるまま、自作のシャボン液をつけて、そぅっとストローを拭く。人間がやった通りに、ぷくぷくと飛んでいくシャボン玉に魔王は心が躍る。

 光の反射により、色が変化していくシャボン玉はなんと幻想的か。



 魔王は終わりがない空に昇っていくシャボン玉を見て、人間と過ごした数十日間を振り返る。楽しいということに、種族だって、言葉だって必要なければ、関係なかったことに気が付いた。



――あ、いや、言葉は必要だった。

――意思疎通ができなければ、今頃人間のストレスが計り知れなかっただろう。

 ――初日の私のナイス判断。




自画自賛した魔王は、人間と一緒にヒッチに見つかるまでストローを吹き続けた。





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