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11日目

 ヒッチは考えた。

 旅人たちが魔王との時間を邪魔するのであれば、魔王が現れる可能性が高いところにいればいい。



「今日はずいぶんと早く来たねぇ」



 ―――――――そう、人間の部屋である。



 今日も今日とて、のんびりな人間に挨拶もそこそこヒッチは魔王を待つことにした。お互いに干渉することなく、したいことをしていた。

 人間がカチャカチャと音を立てる。金属と金属がぶつかる音にヒッチは、ちらりと視線をやれば人間はポーチの中から何かを探しているようだった。ヒッチに視線に気が付いた人間は、人好きのする笑顔で「どうしたの?」と尋ねた。



「先ほどから何を探しているのですか?」

「糸に合う針を探しているんだけどね。歳とって、数字が見にくくてねぇ」



 ポーチの中身を見せるように、開いているチャック部分を大きく横に広げた。誘われるまま中を覗き見れば、そこには金や、銀の棒が何本も入っていた。



「これが針、ですか?」

「そう、縫い針じゃなくて、かぎ針って言うんだわね」



 名前の通り、先端が鉤のような形状をしている。かぎ針の真ん中あたりに数字が見える。人間が先ほど一生懸命見ていたのは、この数字らしい。



「代わりに見ましょう。どの数字のかぎ針が必要なのですか?」

「金色の6号って書いてあるやつがほしいよ」

「金色の6ですね、わかりました」



 カチャカチャリと、順番に確認すれば目的の6と刻まれたかぎ針はすぐに見つかった。人間へと差し出せば、柔らかな日差しのような眼差しとともにお礼を言った。



「なぜ、他の針ではダメなのですか? おおよそ同じ形をしていると思うのですが」

「形は同じだけどね。太さが違うし、それに金色と銀色でも違うんだよ」



 その言葉にヒッチは、よくよく見比べれば金色のかぎ針は、銀色のかぎ針に比べて太い。しかし、同じ金色でも書いてある数字によって鉤の部分の大きさが違う。



「使う糸によって、使う針が変わるんだわね。今から使うのは、まぁ、糸じゃなくて毛糸の並太なんだけどね」

「銀色のは全体的に小さく、細いですが、こんなに細い毛糸もあるのですか?」

「あぁ、こっちはレース編みで使うんだ。毛糸じゃなくて、それこそ糸を編む用なのよ」

「人間という生き物は、用途に合わせて同じものでも種類を増やしていくのですね」

「そうだねぇ。それに作り手によっても使い心地が違うから、作り手の人数でまた増えるね」



 ヒッチは人間という種族が持つ“こだわり”に、この数日間ではあるが感心していた。魔王もよくわからないこだわりを持ってはいるが、全体的に見れば大雑把であるためか――――――感心なんてすることはないのだ。



「人間! 元気か!」



 タイミングがいい魔王の登場に、人間とヒッチは顔を見合わせて笑う。一人と一匹がいる部屋までやってきた魔王は、やはり仲がいい二人に少しだけ疎外感を感じた。



「ところで、人間は何をしているんだ?」

「毛糸を編むところだよ。魔王さんもやるかい?」

「いや、ひとまず見ているだけでいい」



 その言葉に「そうかい」と返した人間は、黙々と黒い毛糸を編み出した。毛糸の玉がころ……ころ……と左右に動くたびに、人間の手の間から何かが出てきている。繋がっているはずの一本の糸が形になっていくのは不思議であった。あっという間に、なんとも言えない形が完成した。



「これが一体何になるんだ?」

「まるで、折り紙と一緒ですね」



 どうなるかわからないものっていうのは、どうしてこんなにも楽しくなるのか。どんな些細なことにも未知で溢れている世界に魔王は、改めて人間を喚んでよかったと思った。

 そうこうしている間に、黒い物体が5個完成していた。大きい豆のような、袋のような形をしており、5個とも手のひらに乗る程度の大きさだ。



「それじゃあ、これに綿を入れてくれるかな?」

「綿を入れるのはいいが、どれだけ入れればいいんだ?」

「入るだけ、入れてくれればいいわ」



 ヒッチの毛には負けるが、人間に渡された柔らかな綿を黒い物体に一つずつ詰めていく。人間は次に白い毛糸を取り出し、よくわからないことを始めた。魔王が気になって質問しても、人間も説明できないのか「ん~~、そうだねぇ」と首を傾げつつも、作業は進んでいく。5個すべてに綿を詰め終えるときには、白い毛糸の塊をハサミでジャキンジャキンと切っていく。

 たくさんの毛をまき散らしながら完成したそれは、丸く、ふさふさであった。



「これはなんだ? また綿とは違うぞ」

「これは“ボンボン”っていうの。正直、毛糸がもったいないから、あまり作りたくはなかったけどねぇ」

「そ、そうなのか」

「じゃあ、綿詰めたやつくれるかい?」



 詰めたものを人間に渡せば、白色のボンボンに黒い色の物体を縫い合わせていく。みるみるうちに、それぞれ別の物体だったものが見慣れたものへと変わっていく。



「これは、まさか」



―――――――-――羊のぬいぐるみである。



「すごい、すごいぞ! 人間!」

「個人的には折り紙より、こちらの方好きですね」

「ヒッチ、それはコレが羊の形をしているからじゃあないだろうな」

「違いますよ。折り紙は作ったものを広げればしわくちゃになってしまいますが、これは解いても一本の糸なんです。とても素敵じゃないですか」

「そうなのよ。わたしも毛糸の“そこ”が好きなの。それに慣れると、楽で便利」



 意気投合する一人と一匹を見た魔王は、たまらずに叫んだ。



「私も毛糸を編む!!」



 その言葉に、今日何度目かの笑顔を見せた。





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