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10日目

 朝、ヒッチはものすごい形相で魔王の部屋へと突っ込んだ。



「魔王様ッ!!」



 いつもなら優雅に開けている扉も、今回ばかりはなりふり構わずに文字通りに“突っ込んだ”のだ。ドゴっ! とも、ドンッ! とも、バァンっ! と同じような、違うような悲鳴を上げた。あまりにも乱暴な入室に、さすがの魔王も咎めようと口を開くが、自身が思っている以上に驚いていたのか、はたまた寝起きだったからなのか、小さな悲劇は起きた。



「どうしたヒッジんぅ!!?」



 口を閉じ、すぐさま手で口を塞いだ魔王にヒッチは冷静さを取り戻し、ゆっくり近づいていく。様子のおかしい魔王に声かけるヒッチに、答えるようにトロリと視線をヒッチに合わせた魔王はそろりと口を塞いでいた手をどけた。



 ――――――どろり。



 唾液と混ざった赤に、ヒッチは全身の毛が逆立つのを感じた。



「ひたはんだ」



 本当に痛いのか、鼻声で呟いた魔王に呆れたように溜息を吐き出した。それからヒッチは、毛の中からハンカチを取り出し、魔王へと差し出した。





「それで、そんなに慌ててどうしたんだ?」



 出血が治まった魔王は、ヒッチに問いかけた。問いかけられた羊は、慌てたのが嘘のように淡々と答えた。



「昨日は旅人(女)のせいで、魔王様のもとへいけなかったものですから、あの旅人(男)に何かされていないか不安で、不安で」

「とりあえず、マーネとノックスのことを旅人(女)、旅人(男)って呼ぶの止めなさい。あと、なにを不安に思っているのか分からないが、ノックスには何もされていないし、人間とともにケーキを食べただけだ」

「----――は?」



 聞き返されたと思った魔王は、昨日のことを思い出し、「だから、私がケーキを作って、一緒に食べた」と意気揚々と答えた。あまりのショックにヒッチは、ケーキが失敗したことや、それでもノックスや、人間が褒めてくれたことを嬉しそうに話す魔王に、どんどん意識が遠くなっていくのを感じた。



「安心しろ、ヒッチとマーネの分もちゃんととってある」



 その言葉だけで意識がハッキリした自身に、ヒッチは魔王を見た。恥ずかしいのか、顔を横にそらしながら「美味しくなくても文句を言うなよ」と呟いた。



「あなたの文句を言ったことなんて、一度もないでしょう」

「いや、あるだろ」



 冷静に返す魔王にヒッチはニコリと笑った。あまりの素敵な笑顔に、魔王はそっと目をそらした。



「あ、やっぱりまおちゃんとこいた! ひっちゃん、本当にまおちゃん好きだねぇ」



 壊れた扉の向こうから現れたマーネに、ヒッチは舌打ちをした。そんなヒッチの態度など気にすることもなく、マーネは魔王に話しかける。



「ねーねー、まおちゃん。うちも人間ちゃんと話したいなぁ」

「人間に会いに行くところだったし、一緒に行くか」

「なら自分も一緒に、」

「ヒッチは僕と話そうか。大勢で押しかけては、彼女も大変だろうしね」



 どこからともなく現れたノックスは、ヒッチの身体をそっと撫でる。



「それじゃあ、人間ちゃんのところへしゅっぱ~~~~つ!」



 マーネは魔王の腕を引いて、廊下を進んでいく。大人しくついていく魔王にヒッチは、昨日と引き続き傍に入れないことに、邪魔してくる旅人たちに苛立ちが募っていた。





 マーネとともに訪れた魔王を、人間は笑顔で迎えた。

 正直なところ、マーネを人間に会わせるのは大丈夫なのか心配していた。人間は優しいから、こちらが何かをしない限りは恐怖や、嫌悪感を抱くことはないと考えているが、マーネのテンションについていけるのか? いけなくても、理解しにくい相手との会話はすぐさま苦痛になる。



「チースっ! マーネちゃんだよ! 一昨日ぶり~~」

「ちーす!」



 マーネの挨拶を真似るように返した人間に、魔王の心配は杞憂であった。



「やば。人間ちゃんノリいいねぇ~」

「孫のおかげだねぇ」

「人間の孫は、いったい何者なんだ?」



 人間の口から出る“孫”は、なんとも想像しにくい人物だ。



「ねぇねぇ、いろいろ聞いてもいい?」

「いいけど。わたしばかだから答えられなかったら、ごめんね」

「そんな難しいこと聞かないって!」

「なら、安心だねぇ」



 なにをするのが好き? どんな食べ物が好き? 好きな人は? 反対に嫌いなことは? 次々される質問に、嫌な顔をせず答える人間はどこか楽しそうであった。

最初は確かに質問であったはずが、砂漠へ行ったことがあるか? 砂が靴に入って大変だった。じゃあ、海は? 遊びにも行ったし、潮干狩りもした。潮干狩りって? 貝を掘って獲るんだよ。この世界の砂漠や、海は見た? 森には行ったよ。

 どんどん変わる話題に魔王はついていけなくなり……いや、最初からついていけなかったのだが、二人の会話をBGMに魔王の瞼はどんどん重たくなっていき――――――気が付けば眠っていた。



「魔王さん、寝ちゃった?」



 最初に気が付いたのは人間であった、押し入れからブランケットを取り出して眠っている魔王へかけた。



「いや~~、それにしても、まさか人間ちゃんとここまで話が盛り上がるとはな~~~」

「はは、孫がそういえばよく言ってたよ」

「なんて?」

「“女は5歳の子どもだろうが、90超えのババアだろうが盛り上がるかは別として、話は通じる”って」

「まじ? 人間ってやばやばじゃん」





 それからも、人間とマーネの会話は魔王が起きるまで続いたのであった。






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