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1日目

 知りたかった。

 ただ、知りたかっただけだ。

 己の知識欲を満たすだけの行為。その後に続くものなんて、なにもないことも知っていた。意味がなくても、知りたいと願ってしまった。願ってしまったなら、あとは実行するかしない。気づいたときには——————“異世界から人間を呼んでいた。”



「…………死んでいるのか?」



 異世界から呼んだ人間は横たわっていた。恐る恐る近づけば、わずかにだが規則正しく体が上下に動いている。どうやら人間は寝ているようだ。

 髪の毛は白く、顔はしわが多い。全体的にやせ細っている。こんな弱弱しい生物なのに、どうして生きてられるのか不思議だ。観察を続けていたら、人間がもぞもぞと動き出す。近すぎて驚かせるといけないため、少しだけ後ろに下がることにした。



「ぅっ……」



 折れてしまいそうな腕で、体を支えながらもぞりと起き上がる。



「ごめんね、気づいたら寝てたよ」



 へらりと笑う人間に、「かまわない」と返す。

 聞き慣れない声と、見慣れない生き物に驚いて固まる人間に近づく。見慣れないと言っても、一応相手に合わせて人間の姿になっている。一歩、また一歩と近づくたびに、人間も同じように後ろに下がっていく。進むのも、後ろに下がるのも室内では限界が来る。先に限界が来たのは人間の方だった。壁にぶつかった人間の顔色は、おもしろいぐらい血の気が引いていき真っ青だ。



「……説明しても?」

「あ、はい。お願いします」



 へこへこと頭を下げる人間に、咳払い一つしてさっさと本題に入る。



「まず、ここはお前が知る世界ではない。わかりやすく言えば“異世界”……のはずだ」

「孫とよく見たやつ!!!!」



 突然の大きな声に耳を塞ぐ。

 楽しそうに騒ぐ人間の反応に首を傾げる。普通なら突然「ここは別の世界だ」って言われたら言葉の意味を理解するのを放棄するか、騒ぐにしても絶望するところだろう。先ほどまでの真っ青な顔が、嘘だったように血色がいい。



「あっ」



 漏れた言葉に、続きを促せばまたしても顔を真っ青にして問いかけてくる。



「わたしは死んじゃった……?」

「し、死んでない! いちいち殺すわけないだろ!」

「あ~~~、ならよかったよぉ」



 安堵の溜息を吐き出す人間は、自分が死んでいないことが嬉しいのか初めてにこやかに笑った。空気を変えるために、咳払いを一つして改めて人間に説明をする。



「知的好奇心と、とある理由から異世界の人間であるお前を呼んだ。今日から1年間観察させてもらう。先ほども伝えたように、元の世界で死んでいるわけじゃない。眠っているだけだ」

「こ、昏睡状態ってこと……?」

「それも違う。あー……、夢を見ているだけだ。こっちの世界で1年経っても、目が覚めたら、眠りについてから10分から15分ぐらいしか経ってない。いうなれば——————ただの昼寝だ」

「えっ、それは困るよ」

「なぜだ? こんな記憶夢幻の方がいいだろう?」

「夢だと起きたときに忘れちゃうじゃないか。孫に自慢したいのに」



 これは、自慢できるようなことなのか? 私の疑問をよそに人間は「覚えていられたことなんてないんだけどな」と、頭をうんうんと悩ませている。悩んでいる最中で申し訳ないが、話を進めさせてもらう。



「こちらの都合で来てもらったんだ、何か要望があれば何でも言ってくれ。すべてを叶えることはできないが、最大限応えよう」

「なんだか悪いねぇ」

「いや、人間が悪いと思うことはない。これは対等な取引だ。わざわざこちらの世界に来て、私に付き合ってもらう。その対価として、人間の要望を最大限叶えるだけの話だ。さきも言ったが気に病むことはない。して早速質問があるのだが?」

「はい、なんでしょう?」

「“孫”とはなんだ?」



 私の質問に人間は、目を大きく開いて固まった。

 そんなに変なことを聞いただろうか。世界の常識でもないのに、なんとも大げさなのだろう。



「孫っていうのは、わたしの産んだ子どもが、産んだ子どものことだよ」

「人間から産まれた人間、その産まれた人間から産まれた人間か……」

「あと、孫から産まれた子どもはひ孫で、その次は玄孫って言うんだよ」

「人間は玄孫までいるのか?」

「わたしは孫までだよ」



 孫は結婚する気がないから、ここまでだね。と笑う人間。諦めとは違う、ありのままを受け入れた感じだ。その辺にいる生物と違って、やはり人間は子孫を残すという意思が弱くないか?



「その様子では、人間が衰退するのも時間の問題だな」

「まぁ、便利な世の中になったからねぇ。ボタン一つで家事が終わる時代になって、時間ができれば自分の好きなことをしたいのは普通のことだでさ」

「そういうものか?」

「さぁ? それは人によって違うだろけど、孫はそんな感じだね」



 ずいぶんいい加減だ。

 けれども、少なからずそういう考えの人間が一定数いるのであれば衰退まで時間はかからないだろう。初日から貴重な話を聞けた。衝動で動いてしまったことに少なからず後悔もあったが、その後悔もすぐになくなりそうだ。


 一人納得していれば、突然ドアが大きな音を立てて開いた。



「魔王様ァ!!! あんなにも言ったのに! 無断でやりやがりましたね!!!!」



 前言撤回だ。

 こんなことになるなら、もう少し考えればよかった。

 勢いよく入ってきたのは、一番信頼できる部下であり、羊であるヒッチだ。今日も白い毛が美しい。ヒッチは誰よりも働いていたがゆえに、誰よりも働きたくないと考えていた。私が何かをするたびに、すぐさま感知してやってくる。今回もすぐさまやってきた。……もしかして、見張られている?

 ずんずんと大股で迫ってくるヒッチから逃げるために、人間を盾にするように頼りない背中に隠れる。



「こら! ご自身よりも、か弱い生き物の背中に隠れない!」

「まぁまぁ、そんな怒ることないじゃないか」

「そーだ、そーだ」

「あ~~~~~、もう~~~~~~~」



 地団駄こそ踏みはしないが、おもっくそ顔を顰めている。仮にも私は上司なんだが? いや、まぁ、いいけどさ……。一度だけ深呼吸をしてから人間の背から出る。



「呼んでしまったものはしょうがないですが、どこに住まわせるのですか?」

「それはもちろん、この部屋だ。でも、このままじゃ使い勝手が悪いだろうから、改造する」

「…………念のため確認しますが、誰が?」



 もう答えなんて自分の中で出ているのに、聞いてくるヒッチにただ無言で指を指す。私の行動にヒッチは、突進したいのは我慢するように、床を一定のリズムで踏みつける。ヒッチの怒りを鎮めようと、人間が口を挟んだ。



「そんないいよ。このままでも、わたしは十分さ」



 人間の言葉にヒッチは、とうとう我慢できなくなりトップスピードで私に突っ込んできた。部下の怒りを受け止めるのも、上司の仕事だ。甘んじで攻撃を受けよう。



「ぐぅっ!!!」



 あまりの衝撃で、私は後ろの壁まで吹き飛んだ。そんな私を心配することもなく、ヒッチは人間に自分の体を触るように指示をする。



「住み慣れたご自身の家を想像してください。あとは自分がいい感じに調整します。——————いきますよ」



 恐る恐るヒッチに触れた人間は、「すごく、柔らかいねぇ」と楽しそうだ。ヒッチは前脚で床をとん、とん、と2回踏めば、美しい毛が白銀に輝く。その眩しさに目が眩み、瞳を閉じれば光の残像が瞼の裏にも残っていた。



「もういいですよ」



 ヒッチの言葉に、瞼を開ければ貧相な部屋ができあがった。

 間取りは部屋が3部屋? にキッチンとリビング、トイレにお風呂だ。1部屋はドアで仕切られているが、鍵はついていない。残りの2部屋は仕切っていた扉をあえて外したのか、2部屋というより1部屋だ。



「あ、トイレにも鍵がない」

「こんな家に住んで、よく死ななかったものですよ」

「わたしが住んでたところは、そら殺人事件とかあったけど、比較的に治安はいい国だったからね」

「……殺人事件が起きている時点で、安全ではないのでは?」

「こればっかりはねぇ、いつ、どこで、誰から恨みを買うかなんてわからないからね。しょうがないことさ」



 人間というのは、相変わらずよくわからない。

わからないからこそ知りたいと思ったのだ。



 何はともあれ、ここから魔王と人間。それと羊の1年間が始まったのだった。





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