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欠陥品のアンドロイド

「いかが致しましたか、ご主人様」


 アンドロイドが少年に尋ねる。


「君を高額で売れるかと思ったんだがだめだったんでね」

「即転売なさろうと? わたくし悲しいです。あなた様とまぐわえる事を楽しみとしておりますのに」


 少年はアンドロイドが言っている意味がよくわかっていなかった。まだ子供なのだ。


「仕方ないからうちに置くけどさ。そうだなぁ、君はアイアンメイデンと呼ばれているらしいから、今日から君の名はメイデンだ」

「私の名は、メイデン。登録致しました。愛してくださいませ。愛しきご主人様」

「なんだかむず痒くなりそうな事ばかり言うんだなぁ。何とかならないかな」

「性格の設定がお気に召しませぬか? ならば変更なさいますか」

「そうしてくれるかな」

「かしこまりました。私に手を出す勇気はないのか、この童貞野郎!」

「意味はわからないが、なんだか急に口が悪くなったなぁ。中間はないの?」

「何なりとご命令を」

「わかった。もういいよ。君の製造目的はセックス目的と聞いたけれど、具体的にどんな事をするのさ?」


 少年には用途がどのようなものなのかもわからないのだ。


「実技でなさいますか?」


 実技実演で行うと、このままでは少年は去勢されてしまう恐れがあった。


「ここでできるのなら」

「では服をお脱ぎいたしましょう」


 メイデンは服を脱ぎ始めた。きれいな裸体があらわとなる。


「うわっ、急になぜ裸になるのさ! 服を着て!」


 戸惑い焦る少年を前に、メイデンは不思議そうな表情をするばかりだ。


「服を着たままがお好みですか?」

「まって。まず、セックスってなんなのさ! 何をするの?」


 少年はようやくその日の最も重要なテーマについての初歩的な質問をしたのだった。


「ご主人様。それは生物同士が行う生殖行為にございます」

「生殖行為っていうのが何かはわからないが、生物同士で行うことなら君とはできないんじゃないの?」


 子供ながらに残酷なことに気が付く。性を提供する人造物への疑問は、機械による性産業に対するアンチテーゼであった。


「ご主人様。私は私が作られた理由を、本懐を遂げられぬと仰られますか」

「君がそう言っていたんじゃないかな」

「データ不足により、これ以上の事はわたくしにはお答えしかねます」


 少年は困った。性産業のアンドロイドの存在理由が理解できていなかった。

 対するメイデンもインプットされた以上の回答は出せない。単語の意味も辞書の意味以上の答えは出せない。

 セクサロイドにその存在理由を問われる事は想定されていない。

 機械は人に理解は示さない。ゆえに相互不理解にはなり得ない。少年によるアンドロイドへの疑問が残るばかりだ。


「ご主人様。いかが致しましょう。ご命令下さい」


 アンドロイドの思考ルーチンは初期段階の、ユーザーからの指示待ちフェーズへと移行した。

 機械の自律思考は否定された文明の最果ての時代。命令されていない事は行えないのが機械の役割。


「えっ、僕はどうしたらいいの? わからない事が増えただけだよ」


 一つの知の究明は別の知らないことが解明される事に他ならない。

 少年の疑問に答えを出せるものはその場にいない。


「何なりとご命令を」


 何なりと、がポイントだった。比較的高価なモデルのアンドロイドであった為、他の機能もそれなりに付加されていた。

 少年は何かないかと考えた。


「じゃあ……家の掃除をしてよ」


 少年の家は狭く、ゴミでごった返していた。元々ごみ捨て場の一角に作られた、屋根と壁で仕切られた空間であるだけだ。床にもゴミが散乱している。普通の者なら掃除をしろと言われれば嫌だと答えるだろう。


「かしこまりました」


 アンドロイドには拒否権は無い。わかった事はメイド機能が付いているというくらいだ。とはいっても、専門のメイドロボのように高性能多機能ではない。申し訳ばかりに付けられた安価な機能だった。

 メイデンは床に散乱したゴミを寄せ集める。


「こちらはいかが致しますか?」


 一つ一つ要不要を尋ねなくてはわからない。


「それは向こうのゴミ山に捨てておいて」

「承知致しました」


 と、これらのやり取りの繰り返しである。

 メイデンは一つ一つのタスクを地道に片付ける。これが高価なメイドロボならば命令は一回で済む。しかしついでとばかりに付けられた機能ではあったが、少年には大助かりだ。

 少年はヒゲ爺から聞いた話を思い出す。


「君とセックスしなければ、君には何の問題もないんじゃないかな」


 アンドロイドは一旦掃除の手を止めた。マルチタスクはこなせない作りのようだった。


「わたくしの主機能にございます。ご主人様はそれが不要と仰られますか?」

「えっ、それがどんな機能なのかはわからないが、その為に使わなければ君にはなんの問題もなさそうじゃないか。君の前の所有者はなぜ君を捨てたのさ」


 アンドロイドを所有するようなユーザーからすれば、メイデンの主機能以外で彼女を必要とする理由はどこにも無かった。


「わたくしを捨てた方はユーザー登録をする前に『とんだ欠陥品を高値で掴まされた!』と激怒なさってわたくしをお捨てになられました。わたくしは何もしておりませんので、クレームへの対処もできません」


 アンドロイドにはユーザーの不満を収集してサービスセンターへと転送する機能があった。だが彼女の製造上の欠陥が明るみになって問題となった為、現在は製造中止にまで至り、彼女の型番用のサービスセンターも停止した。メイデンは既にネットワークから分断され、スタンドアローンとなっていた。


「僕は掃除してもらえるだけでも助かるんだけどなぁ。良かった。これからもよろしく頼むよ。今日は日も暮れたしそろそろ寝ようよ」


 外は暗いが外灯は無かった。ゴミ捨て場のためだけには明かりは用意されていない。

 少年はベッド替わりの投棄されていたソファーに飛び込む。


「かしこまりました」


 メイデンは片付けをやめてエトピリカが横になっているソファーに歩み寄る。


「そっか、寝る所が……」


 エトピリカはアンドロイドの寝所を気にしたが、アンドロイドは眠らない。だが、メイデンはいそいそとエトピリカの横にピッタリと沿うようにソファーに横たわる。エトピリカの寝ようよ、の一言を合図の類と受け取ったのだ。エトピリカは少しだけ驚いたが、致し方ないと判断したようだ。


「おやすみなさい」


 エトピリカはそう呟くとそのまま寝てしまった。メイデンはエトピリカの脇に添い寝だけしている形となった。

 彼女は性を提供する為のアンドロイドであるが、その性質上は使用者の安眠を守る役割もあった。

 メイデンは一人ならぬ一体だけがその場に取り残されたように起きていて、静かに眠るエトピリカを見つめていた。

 やがてアンドロイドは省エネモードに入り、最小限の動きに留めるようになった。

 少年と添い寝をする性産業の機械。彼女がその役割を果たす日は来るのだろうか?


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