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人さらい

 少年と女性型アンドロイドは無目的に街を彷徨った。

 どこかへ行けば事態が解決するというわけではない。身寄りもいない孤児にはアテもなく、さりとて何か手を打たねば行き詰まる。状況は既に詰んでいた。


「ねぇ、エトピリカ。頼れる人はいないの?」


 それは少年に対する酷な質問。しかし、機械にそこまで配慮しろと言うのも無理であったろう。あるい

は高価で高性能なアンドロイドであれば可能であったかも知れないが、メイデンのようなアンドロイドにはそこまで繊細さは要求されるようなやり取りを求められてはいないのだ。


「今でも十分に人に助けられてきたけれど、他に助けてくれそうな人に心当たりは無いよ」

「行政には掛け合ってみたの? 民間は無理でも、お役所なら支援してくれるかもよ」


 メイデンは戸籍を持つ人間の話をしている。孤児院の孤児であるなら戸籍もあっただろう。そんな彼らさえ恵まれている境遇なのだが。

 貧困の最下層地域には孤児院すらない。この星の孤児にも経済格差がある。親がまともな身分を持っていた子が親を無くせば、孤児院に預けられる事もある。親の遺産を担保に預けられるのだ。戸籍も持つ。社会から存在を認められている。

 エトピリカの様に貧民街に捨てられるような子は社会から直視されていない。存在を問題視されるような事はあっても、生存を、その存在を認められては居なかった。


「そういった所は僕らを排除しようとしてくることはあっても、助けてくれることは無かったよ」


 エトピリカは首を横に振りながらそう語る。


「そんなのっておかしいよ!」


 メイデンは少年の言葉を疑った。アンドロイドが少年の基本的人権を危惧する。そうなのだ。彼女はあくまでも一般ユーザーを想定されて作られている。一般の枠組みで考える。その枠から外れた存在の視点では考えられないのだ。それはメイデンが悪い訳ではない。誰が悪いわけでもない。



 個人の善悪ではなく社会悪。


 人の作る社会が完全なものでは無いからこそ生まれる問題。そしてそのような問題ほど、個人の努力ではどうしようもない。

 少年がいくら望もうとも宇宙に飛び立てないように。届かぬと見えている努力。それは第三者が見れば嘲笑うかもしれないほど、滑稽に映るかもしれない憐れな無力さ。


「食い詰める事になるかもだけど、そんなことは今までにも何度かあったことだし慣れっこだよ」


 エトピリカは軽く笑った。それはいかなる感情から出た笑いだっただろうか。



 と、エトピリカは通行人とぶつかった。


「ちっ。ガキが、気を付けろ!」


 通行人はあからさまに不機嫌な顔をする。しかし、エトピリカの隣にいたメイデンを見るや驚いた表情となる。


「なんだぁ? 見窄らしいガキがこんな上物そうなアンドロイドを連れているだとぉ?」


 通行人は不審な動きをしながらその場を去っていった。


「エトピリカ、大丈夫?」

「うん。軽くぶつかっただけだから」

「変な人だったね。私を見るなり驚いていた」

「そりゃあ僕みたいな子供が、メイデンを連れていたらおかしいと思うさ」

「そうかなぁ。私がエトピリカと一緒なのは運命だと思うんだけど」


 メイデンくらいの機種ともなると、相互関係にロマンスも重要視してくれるようだ。


「メイデンがそう思うなら、きっとそうなんだろうよ。運命って、僕はそういうものだと思う」

「そう、エトピリカがマスターになるのが私の運命。今があるべき姿。私はエトピリカの為に作られたの」

「君は大げさだなぁ!」


 と、二人で仲良く会話しながら歩いていた時であった。



 ガツン! と、エトピリカは後頭部に衝撃を受けた。


「エトピリカ!」


 メイデンは倒れて気絶したエトピリカに駆け寄った。


「おっと、イイ子だ。大人しくしなぁ? そのガキが大事ならなおさらな」


 野卑な男の声。背後に立っていたのは二人組の男。片方は先程エトピリカにぶつかった男であった。


「あなたたち、急になんてことをするの!」


 メイデンは怒った。怒りの表情を作った。主に暴行を働いた狼藉者へ抗議しているのだ。


「ハッ! 機械風情が人間様に楯突くってか? こいつは再教育のやりがいがあるぜ!」

「なぁ、さっさと攫っちまおうぜ」

「あぁ、EMP装置を起動しな」


 通行人だった男は連れの男に命じた。連れの男は手にしていた機械を作動する。電磁パルスがメイデンを襲う!


「あなたたち、何をするつもり! ……あ、ああああ! ザザッ……」


 メイデンの声にノイズが混じった後に、彼女はそのまま沈黙して倒れ臥した。ピクリとも動かない。


「コイツを使えば、どんなアンドロイドもこんなもんよ! おい、お前は頭を持て。誰かに見つかる前に運ぶぞ!」


 男二人はメイデンを持つと、そのまま運んで消え去った。

 後には倒れたエトピリカだけが残される。



「うーん……」


 しばらくしてからエトピリカは唸り、立ち上がる。辺りを見回すが誰もいない。


「あれ、メイデン? どこに行ったの? いてて……なんか後頭部がズキズキする……」


 エトピリカには状況が全くわからない。だが、後頭部を殴られたようだとだけはわかる。なにかまずいことが起こったのだけは確かなようだ。

 少年は途方に暮れた。

 エトピリカは周囲を見回した。誰もいない。何か見たものはいないか聞こうにも出来ない。

 焦りが胸中を襲う。

 エトピリカは周囲を駆け回りメイデンの姿を探した。

 通行人を見かけるやいなや、


「すみません、この辺りでアンドロイドを見かけませんでしたか?」


 と尋ねて回る。


「アンドロイド? さぁてねぇ。どんなアンドロイドだい。色々なタイプがあるだろう。え、わからないだって? それならこっちもわかりやしないよ」


 であるとか、


「おじさんねぇ、少年みたいな子がアンドロイドを連れ歩けるとは到底思えないんだよ。大人をからかっちゃあいけないな」


 と、あしらわれたりするなど、全く成果は上がらなかった。

 足取りは掴めず、行方は知れないままだ。

 挙げ句の果てには警官を見かけて縋るも、


「何だ、坊や。どこに住んでいるんだい? 身元は?」


 と、職務質問され、慌てて逃げ出してなんとか逃げ切った有り様だった。

 少年には社会に頼れる者はいない。正しく「孤児」だ。社会からは切り離され、普通の人ならば受けられるような恩恵も無く、自分自身の力でしか生きて行くしかない。

 それはなにか問題に当たっても、自己解決するしかない事を意味する。

 しかし、事件に遭遇しそれを解決するには少年は幼すぎた。

 エトピリカは久方ぶりに無力感に打ちひしがれていた。

 何とかしなければならないのに何も出来ないと言う現状。時間ばかりが過ぎていく。

 自分だけの力では手がかりすらも得られない。そんな少年の脳裏に浮かぶのは限られた人々。思い立って駆け出した。

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