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撃退

 エトピリカとメイデンが宇宙船の裏手の連絡通路から外へ逃れる。表ではドミナント・レイダースの輩が押しかけてきていた。

 ふいに騒がしくなる。叫び声をあげているのはドミナント・レイダースの連中だった。


「幸せを運ぶ運送屋、ブルーバードにお任せだぜ!」


 そう叫んでガンポッドを乗り回すのはヨギだった。球体の運搬用乗り物。それが資材の鉄棒を手に振り回しながらドミナント・レイダースに襲い掛かっていた。

 エトピリカ達は従業員用のブリッジを渡って対岸のビルに逃れた。そこからは滑走路の様子が一望できた。

 球体の乗り物がならず者達を押し倒していく。生身の人間と重い物も運べる乗り物に乗った者では大人と子供の喧嘩のようだった。

 ドミナント・レイダースの連中が散り散りになって逃げていく。どうやらヨギが勝った様だ。

 ヨギの乗るガンポッドはそのまま輸送船に乗った。やがて、輸送船は宇宙へ向けて出航する。どうやらヨギはこの星を離れるようだった。

 マスドライバーに乗って宇宙へ打ち上げられる輸送船。

 ブルーバード運送会社の男は空へと帰って行った。


「ヨギさん、宇宙へ行っちゃったね」


 メイデンが空を見上げてそう言った。


「僕らのせいで迷惑を掛けちゃったかな」


 エトピリカは遥か彼方の空へと打ち上げられていく輸送船を眩しそうに眺めていた。

 その後、エトピリカ達は従業員用の通路を歩いていたところを所員に見つかり怒られた。そして建物から放り出される。

 港町からの帰り道。エトピリカは初めて宇宙船に乗った熱が抜け切らずにいた。迷惑にならなければ、ヨギについていきたい位だった。

 エトピリカは運送業者に憧れるようになる。


「ねぇ、私の話を聞いてる?」


 メイデンがエトピリカに何度か話し掛けたが、エトピリカはどこか上の空だった。そんなこんなで過ごしているうちに、エトピリカの家に戻ってきた。


「今日はなんだかいろいろあったね」


 家に帰ってきてメイデンがそうエトピリカに語りかけたとき、しばらくしてからようやく「うん」と短い返事が返ってきた。

 見慣れたごみ溜めの家。希望も何も無い。あるのはその日暮らしだけ。今日の出来事は少年の未来に何かしら変化を及ぼしたのかもしれないが、運命を変えるほどには至らないだろう。


「ねぇ、エトピリカ。お水を確保できるようになったし、今度はお風呂をつくろうよ」


 メイデンは綺麗好きロボットだ。そうあらねばならない。セクサロイドであるがゆえに衛生には気を使うのだ。ロボット三原則の上に君臨する絶対ルール。綺麗好きであれ。


「お風呂? 火はどうするの?」


 エトピリカの疑問も当然だった。湯を沸かすには燃料がいる。


「太陽光発電。ゴミ山には小さな太陽光発電パネルがたくさん捨てられているから、それらを繋ぎ合わせて電気湯沸かし器につなげてお湯を作るの。日中しかお湯を沸かせないけれど、どうかな?」

「ソーラーパネルは結構高値で髭爺が買い取ってくれるんだよ。でも、自分用に修理しても良いかな」

「そうそう。自分の生活向上を優先しなきゃ!! 人は文明的な暮らしをしてようやく人間になれるんだよ!」


 人間ではないメイデンが人間を語る。


「よーっし、早速ゴミ山を探して回ろう!」


 太陽光パネル自体が珍しい時代ではない。大量生産されて様々な屋外機器に標準装備されている。ゴミ山を探して回って外すくらいはエトピリカにはわけもなかった。壊れている電気湯沸かし器を捜すほうが難儀したくらいだ。

 ピンポイントで欲しい電化製品が廃棄される方が珍しい。実際、電気湯沸かし器はなかった。あったのは電気コンロだった。だが湯を沸かせる。


「欲しいものは自分で作れる。エトピリカってすごいね」


 メイデンに感心や感嘆といった感情は無い。事実を告げるだけである。 


「そうかな? 今までこうやって生きてきたから気にしたことも無かったよ」


 エトピリカは溶接機を使って拾い物でできた湯沸かし器を作り上げていく。ちょっと工作が得意な子供レベルではない。生存を掛けている為に、技術の習得は貧困であればあるほど重要度が高い。本来ならストリートチルドレンのエトピリカには無縁のものだった。それを所持するに至ったのは町工場を営む髭爺の影響が大きかった。

 宇宙港まで遠出をしたその日に湯沸し器を作る事はかなわなかったが、それは翌日完成する事になる。

 少年は生きていく為の力が十分にあった。必要な物は情報があれば自分で作れる。その情報をメイデンが提供できる。本来は別の用途で作られたアンドロイドだったが、その存在が少年の運命を握る事になる。

 戸籍の無い者が宇宙に出る。その方法。宇宙へ出るための最初の一歩。貧民街の最下層での少年の立ち位置は少しずつ変わっていこうとしていた。

 ある朝。エトピリカは普段通りに目を覚ます。目の前にはセクサロイドの胸があった。薄着の下の裸体は人間の身体と殆ど変わりが無い。さすがの少年も目のやり場に困り、顔を赤らめる。

 もそりとエトピリカは起き上がった。少年の朝は早い。夜間にごみを捨てる人が多いので、朝にごみの収集業者が現れるまでに回収しに行かなくてはいけないのだ。

 夜間のごみには生ごみを含む生活ごみが多かった。つまり、金となるようなめぼしいものはない。飲食店の残飯や小売店の弁当の廃棄品といった品々が狙い目の時間帯。それは少年がその日一日食べるものを確保する時間帯だ。

 道路を清掃するオートロボットが道端のごみを収集して回っていた。回転する箒が路面を掃き、その後に水とモップで綺麗に吹き上げられていく。

 少年はオートロボットの脇を通り過ぎ、まだ人が出歩いていない時間帯の道路を歩いた。目指すは食料廃棄品が毎日出るスポットだ。

 本当は廃棄された直後を狙うのが確実なのだろうが、ごみを捨てに来た人に箒をもって追いかけられたこともあるので時間帯をずらすようになった。

 エトピリカがごそごそとゴミの山を漁る。賞味期限が切れたパンなどが捨てられている。多少硬くはなっているが食べられない事はなかった。なにより背に腹は変えられない。

 エトピリカが戦利品を袋に詰め込んでいく。ひとしきり縄張りを確認し終わったようで、少年はパンパンに膨れ上がった袋を満足そうに持ち上げた。

 貧困にあえぐものはその日の暮らしさえ精一杯であり、未来のことなど考えられない。貧困層ほどにその日一日さえしのげれば満足してしまう。エトピリカもまた、その日の糧を得て安心していた。満足することが幸福ならば、少年は幸せという事になる。

 そのような吹けば飛ぶような幸福などに、一体いかほどの価値があろうか。

 人は努力することでようやく前向きな変化が可能だ。今の少年に必要なのは、生きていく為の技能を身につけること。現状に満足していて良いはずがない。

 少年は幸いだった。無自覚にして町工場の人間の腕に憧れていた。彼はいつもヒゲ爺の工場に出入りしている。

 ヒゲ爺はエトピリカにとっては憧れの人であり、お得意様であり、師匠である。工具の使い方はヒゲ爺がエトピリカにひとしきり教えた。エトピリカは子供特有の好奇心により、砂漠に染み渡る水のように技術を身に着けた。少年はまだ、自分自身に見に付いたものの価値を知らない。

 エトピリカは家に戻り、粗末な食事を終えた。そのころにはメイデンも活動を始めていた。

 エトピリカは出かける準備を始める。


「ねぇ、どこかに出掛けるの?」

「ヒゲ爺の工場にね。今日ははんだ付けの手伝いをするんだ」


 仕事を手伝えば駄賃をもらえる。社員でも何でも無かったが、ヒゲ爺はエトピリカを気に入っていて仕事を任せているようだ。


「私もついて行っていい?」

「いいけど暇じゃない?」

「いいの。エトピリカと一緒ならどこだって」


 セクサロイドの言葉に嘘偽りわない。彼女には暇をするという概念がなかった。ただ、彼女の申し出は興味本位ではない。主のことはよく知る必要がある。プログラムされたルーチンにより導き出された回答だ。

 二人は近くの町工場を目指した。工場にたどり着いた時、一台の立派な車が停まっていた。


「誰だろう。お客さんかな?」


 エトピリカは来客への対応はしない。ただ、邪魔にならないように言い付けられている。エトピリカは入り口には向かわず、応接室の窓から中を覗いた。

 中に居たのはヒゲ爺と眼鏡を掛けたデスクワーカーのようなスーツ姿の男。

 スーツ姿の男は笑いかけながらヒゲ爺に話をしているが、ヒゲ爺は難しそうな表情だ。あまり良い話では無さそうだった。

 やがてスーツ姿の男は車でその場を立ち去った。

 エトピリカはしばらくしてから室内に入った。


「ヒゲ爺、どうしたの?」

「なんだ。ボウズか。何でもない。それより今日ははんだ付けの仕事を頼んでいたんだったな。基板を用意してある。全てにコンデンサなどの取り付けを終えておいてくれ。図面は作業場のお前の机に置いてある」


 ヒゲ爺は先程の話をエトピリカに聞かせるつもりはないようだ。ただ、作業指示を出すばかり。

 エトピリカは「わかった」と一言呟き、作業場へ向かった。

 メイデンはひとしきり辺りの様子をうかがいキョロキョロしている。

 工場には溶接などを行う鉄工のブースや、車体や中型自律駆動ロボの組み立てブース、はんだ付けを行う作業ブースなどがあった。

 町外れの工場ではあるが、様々な仕事に対応できる工場の造りだった。

 受けられる仕事はなんでも受ける。ヒゲ爺のポリシーが形となった工場の姿そのものだ。それはそうしなければ生活が成り立たぬことの裏返しでもあったが、ヒゲ爺の町工場はなんとかやりくりできていた。

 エトピリカは作業机につき、図面を広げる。それは電子基板の図面だった。

 少年がこれから行うのは細やかさを要求される作業。溶接とはまた異なるスキルが必要な仕事だ。

 エトピリカは作業に取り組み始めた。

 僅かばかりの賃金ではあるが、少年には数少ない稼ぎとなる。少年の表情は真剣だった。


「私にも手伝える事はある?」


 メイデンがそう切り出した。彼女も単純なルーチンワーク程度なら人間よりもよほど正確にこなせる。


「図面通りにこなさなきゃいけないけど、わかるの?」


 メイデンは電子基板の図面を覗き込む。


「……専門的なネットワークに繋げられないとわからない知識が必要だよ。ごめん。わかんない」

「そっか。わかった。時間でも潰して待ってて。結構時間は掛かりそう」 


 いま必要なのは大量生産では無く1点物の仕事だ。ルーチンワークではない。

 エトピリカは手早く作業を終えていきはじめた。メイデンは静かにその光景を見ている。


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