報復
ならず者の男が膝をガクガクさせながら立ち上がった。
「テメーラ。自分達が何をやったのかわかってんだろうな。そこの男。何ものだ?」
「お前のようなゲスに名乗る名などない」
サングラスの男は作業着を着ていた。その作業着には『ブルーバード運送会社』と書かれている。ならず者が目ざとくそれを見つける。
「ブルーバード運送会社か。テメーの面も覚えたぞ!」
「あぁ。俺が経営する運送会社だ。仕事の依頼ならいつでも受けるぜ!」
サングラスの男は豪快に笑った。
「なめやがってよぉ……ドミナント レイダースの名にかけて、テメーの会社もぶっ潰す!」
ならず者の男はギラついた視線を運送会社の男にぶつける。圧倒的な敵意。運送会社の男は余裕で受け流した。
「俺は人様に迷惑をかける連中は許せないたちなんだ。この喧嘩、ブルーバード運送会社のヨギ様が買ったぜ」
サングラスをかけた運送会社の男はヨギと名乗った。
「ヨギ。テメーはこれから安心して眠れる日はこねーぞ? 覚えとけ!」
ならず者の男は凄みながらもすごすごと逃げ帰っていく。素手での殴り合いは分が悪いと踏んだようだ。何せヨギは筋骨隆々の大柄の男だった。
「逃げていったか。俺の事などすぐに忘れてくれれば良いがな」
ヨギはやれやれと呟いた。
「ヨギさん。ありがとうございました」
エトピリカがヨギにお礼を言った、
「大丈夫か坊主」
ヨギがエトピリカの姿を見る。頬には痣ができ、手には擦り傷ができていた。
「エトピリカ。大丈夫?」
メイデンも心配そうに見てきた。
「そっちのお嬢ちゃんは無事なようだな。しかし坊主も無理をするもんだ。女の子を庇おうとしたのは褒めておく」
メイデンを庇ったときのエトピリカは脚が震えていた。それでも懸命に暴力へと立ち向かおうとしたのだ。
貧困には暴力がつきものだ。社会悪の全てがスラムへと流れてくる。少年は幼くしてこの世の穢れの大半を見てきた。
その上でなお、少年にはまだ明日を夢見、空を見上げる心がある。
「でも、ヨギさんが来なかったら危なかったです。ありがとうございました」
エトピリカは重ねてお礼を言った。
「いいって事よ。ほら、あのチンピラがまた戻って来ないうちにここを離れるぞ。怪我の手当をしてやる。こっちへ来な」
ヨギが率先して歩く。エトピリカ達は慌ててヨギの後を追った。
ヨギは宇宙港の中に入っていく。
「ヨギさん。ここは宇宙港ですよ?」
メイデンがヨギに尋ねた。
「あぁ、俺は宇宙船でこの星に来たんだ。この星の者ではない」
ヨギはスタスタと歩いていく。エトピリカはヨギに興味津々だった。怪我のことすら忘れている。
「ヨギさんはどこから来たんですか! もしかして地球?」
エトピリカがヨギに質問をした。彼が地球から来たのか尋ねた際に、ヨギは笑った。
「まさか! 俺はエリート生まれでは無いよ。もっと辺境の星の生まれさ。何だ坊主。地球に興味があるのか」
「うん。水に溢れた青い星だって教えてもらった。いつか地球に行ってみたい!」
「ほう。あの星は地球帝国の本拠地だ。行くのは厳重な許可の果てだぞ」
地球は今、戦争の只中にあった。銀河連邦と地球帝国の戦争は十年目を迎えていた。
戦時下の地球は厳戒防衛拠点である。素性のしれぬものなど入れなかった。
ヨギは一隻の貨物船に乗り込む。彼の仕事用の宇宙船だった。
エトピリカは生まれて初めて乗り込む宇宙船に興奮していた。
ヨギが救急キットを持ってくる。消毒液と絆創膏でエトピリカに簡易な手当を済ませた。
「……どうやったらヨギさんみたいになれますか?」
「どういう意味だ?」
ヨギはエトピリカの質問の意図を捉えそこねた。質問が漠然としすぎていたのだ。
「僕、宇宙船に乗って旅をするのが夢なんです。どうしたらなれますか!」
「夢、か。若いな。必ず実現しようと言う意気込みがある。いいか。大事なのは諦めない心だ。俺も初めはこんな大きな船ではなかった。短距離小型輸送船で宇宙ステーションに物資を運ぶ仕事から始めたんだ」
ヨギはコーヒーを淹れてくれた。コーヒー豆も地球生まれだ。他の星でも育つが、わりと高級品だった。
「短距離小型輸送船……」
メイデンが輸送船を検索し始める。値段は一軒家を買うのと同じくらいの価格だった。中古の古い建造艦ならなんとか手が出なくもなさそうだった。
「いきなり完璧に夢を実現するのは難しい。しっかりと足掛かりを作りながら前進するんだ。そうすればいつかは叶う」
エトピリカが貧困層でなければ、たしかに可能性はあっただろう。しかし極貧生活を送っている限りは叶う日など来ないだろう。
「わかりました! いつか必ず実現してみせます!」
漠然とした夢を描いていただけの少年には、夢を実現する為の道しるべを得ただけでも希望になった。
「運送屋はいいぞ。どの宙域にも出入りできる。いろいろなところにも行けるのさ」
ヨギとエトピリカが話し込んでいる間、メイデンは暇だった。貨物船の窓から外の景色を眺めていた。
だから最初に気がついた。
メイデンの視力は人間より遥かに良い。
宇宙港に先程のならず者が仲間を連れて押し掛けて来ているのだ。
狙いは真っ直ぐに、エトピリカ達がいる宇宙船だった。どうやらあとをつけられていたらしい。
ガラの悪い男達がコンテナの置かれた滑走路を素通りしてくる。確実に狙われていた。
「ねぇ、あれを見て!」
メイデンの叫び声にヨギが窓から外を見る。
「あいつ・…・・仲間を呼んできたのか。面倒な事になったな」
同じジャケットを着込んだ連中。ドミナント・レイダース。彼らは数に任せて押し寄せてきている。手には鉄パイプなどを手にしているので、穏便に済ませようという気が無いのは明白だった。
「ヨギさん・・・…どうするんですか……」
エトピリカが不安そうにヨギの顔を見上げた。
「なぁに。商売道具でちょいちょいと片付けてやるさ! 君達は裏手の連絡通路から逃げろ」
「でも・・・…」
「俺なら大丈夫だ。商売の都合上、荒事にも慣れている」
ヨギはにかっと笑った。




