第八話
「そうそう。だからあそこは長老会とかいうのがあって、種長とは別の派閥があるみたいなんだよ。そうは言ってもサファリス様の方が遥かに長生きされておられるから長老なんておかしな話ではあるんだけどね……たぶんサファリス様が穏やかすぎるから、龍族が主権を!っていう輩が我慢しきれなくてそんな風に派閥を作っちゃったんだろう。ま、龍族内の事はよくわからないから推測だけどね」
「はぁ……大変そうですね」
「サファリス様が居なくなったら瓦解するんじゃ無いかって言われてるぐらいだからね。あのお方、かれこれ千年以上生きてるし」
千?!
「それもあって焦りが龍族内にあるんだろうけどね。何せ次期種長と目されていたファルア様が行方不明になっちゃって、残るはまだひよっこの坊ちゃんだけ。なるべく多くの幻獣種を生み出したいと考えてもあそこはおかしくはないよ」
「あの、千年って比喩じゃないんです?」
何やら続けて話しているルクスさんだが、とんでもない年数が衝撃で話が頭に入ってこない。
「サファリス様は幻獣種と言われてるけど、ファランギ様の弟だからね。むしろ神獣種に近いと一部では言われてるよ」
まさかの建国の生き字引き。
さすが獣人。スケールがヒト族とは違う。
「ファランギ様は勇猛果敢で人を惹きつける力はあったけど、国を纏めたのはサファリス様だと言われてる。法律の整備とか戸籍とか税の導入とか、七大種長会議とか、あと学校もサファリス様が全部発案して進めていったんだよ。あ、あと食糧事情を改善したのもそうだね。妖精族との外交で交易が盛んになったから」
「……とんでもない方というのはわかりました」
頭の中で白髪白髭のお爺ちゃんがふぉっふぉっふぉと笑っている。いやどんな容姿なのか知らないけどイメージだ。
「話がずれちゃったね、"メティス"と"アイギス"に戻そうか」
そこからは各部署の役割だったり、現在の長官が誰なのかとか次期長官と目される補佐役の人だとか、種長についてとか延々と話が続いた。途中休憩は何度か挟んだが、基本的に馬のためのもので、ついでに私たちも食事だとかお手洗いだとかを済ませて移動を続けた。
ルクスさんの講義はこの国の一般常識から専門知識まで多岐に渡った。
幸いだったのはガタガタ揺れる中、メモを取ったり読んだりしても酔わない丈夫な三半規管であった事だろうか。
幸いでなかったのはルクスさんがどんどん要求レベルを引き上げていった事……それはもう日本の受験戦争を思い出させるもので……しかも同士であるはずのフェリクがこともなげにそのレベルをクリアしていくのだ。裏切り者と思わず言いたくなったのは両手の指の数では足りない……
途中から出される問題も難易度が跳ね上がり、ルクスさんの話を報告書風にまとめたり小論文のようなものを書かされたり、速読もやらされた時には獣人国が設定している教育水準高くないか??と目を回しそうになった。
そうしてそこそこ長い旅路の末に到着したのはこれから入学する予定のアーチェリエ学園があるミードという街だった。
その街の宿にルクスさんは部屋を取ると、翌日から私とフェリクを連れて街に出てあれやこれやと食べ物や飲み物を買ってくれた。
塩の焼き鳥に甘辛いタレの焼き鳥、ハンバーグのようなものを薄く切ったパンで挟んだもの、ちょっと苦味が強いけどコーヒーのような飲み物、あとシュワシュワの炭酸ジュース。驚いたのはたこ焼きのようなフォルムをしたエイ焼きや、殺菌作用のある包葉に包まれたおにぎりらしきもの。極め付けは宿で出されたスープ。味噌汁だった。わかめと豆腐の。
目を丸くした私をルクスさんは笑って、変なものじゃないよと飲んで見せてくれた。
「妖精国からいろいろ輸入してるんだけどね、この白いのはユフラフといってラウ豆から作られているんだ。こっちの緑のは海に生えてる植物でメーヤ。味付けはちょっと慣れないかもしれないけど、でも慣れると美味しいよ」
父に妖精の国は面白いぞと聞いてはいたが、まさかこんなものがあるとは……
お椀じゃなくてスープボールに入ってるそれをスプーンで掬って口に入れると、田舎味噌の味がした。出汁の味も感じられて十分美味しい。
「美味しいです。ほっとする味ですね」
「あ、いける? 良かった〜駄目な人は駄目だからさ。乳酪を入れるといけるって人もいるけど私としては何も入れないのが好きでね」
共有出来て嬉しいなと笑うルクスさん。
続けて出てきたハンバーグはおろしハンバーグのようで、さっぱりとした醤油の味を感じた。
「ニーナの作る料理に似てるな」
「クロッカが?」
ハンバーグをつついていたフェリクの言葉に、ルクスさんは首をかしげた。
「この街はいろんな場所のご飯が食べれる事で有名だけど、これはサファリス様が考えた料理だよ」
誰かに習ったの?と言う視線に、いやいやと手を振る。
「味が全然違いますから。クズ肉が勿体無いから固めて焼いただけのものと比べたら失礼ですよ」
「これも食糧事情が厳しい時に少しでも廃棄するところを無くして美味しく食べられるようにって考えられた料理だったと思うけど」
そうなのか。
………あれ?
ちょっと待って。食糧事情の改善とか妖精族との取引とか……今まで全然気づかなかったが、サファリス様の情報を思い返すと全部繋がるというか……あ、
「"アイギス"って」
響きに聞き覚えがあると思ったら、これそのまま日本語だ。それでもってあちらの神話にあるアテナの防具の名前だ。
民主的な体制に戸籍、税、学校と全部日本に通じるものがあって、その上で"アイギス"とくればギリシャ神話に出てくるアテナ女神の為に作られた厄災を払う防具で間違いないだろう。
だとすれば"メティス"は知恵の女神の事で、サファリス様は私と同じ日本の記憶を持っている……という事?
「"アイギス"がどうかした?」
「あ、いえ何でもないです。
偉い方と似たようなものを作っていたというのはなんだか気恥ずかしいですね」
「サファリス様と同じ思考を辿ったっていう事ならニーナは賢いって事だよ」
「いやいや、偶々ですよ」
誤魔化して愛想笑いを浮かべてやり過ごすが、内心は心臓が早鐘を打っている。
ヒト族の記憶は暮らしていた国が存在する事で確証が持てたが、日本の記憶はそうもいかなかった。それが同じような記憶持ちがいるかもしれないというのは、嬉しいのかどうなのか自分でも分からないが、とりあえず驚いた。
部屋に戻って(ありがたくも一人部屋)ベッドに腰掛けた時には長いため息が出てしまった。
………サファリス様か……。
言うまでもなく簡単に会えるような方ではない。会えたとしても異世界の記憶があるんじゃないですか?とか下手に質問できない。
「どうでも確認しないといけないってわけじゃないしなー」
わかれば私一人が変な記憶を持っているわけでは無いと安心材料にはなるが、それだけだ。ばふりとベッドに倒れて今日の出来事を思い返す。
「しかし………もふもふだらけだったなぁ」
この街に着くまでもっぱら馬車に缶詰状態だったので、村から出たというのにほとんど他の獣人に会わなかったのだ。
街中をぶらぶら歩くのも初めてだったので、食べ物ももちろん興味はあったがそれと同じぐらい耳と尻尾に釘付けになった。カピバラ族よりも大きなピンと立った耳、犬族っぽいのとか猫族っぽいのとか兎族っぽいのとか熊族っぽいのとかいろいろで、尻尾も多種多様の尻尾が揺れているのはさながら毛並みの博覧会のようでもあった。興奮し過ぎてルクスさんから見過ぎだと注意を受けた程だ。
ヒト族の時は獣人に対してはいくらか恐怖のようなマイナスの感情も抱いていたのだが、前世の記憶を整理する段階で異世界の日本に溢れる萌に淘汰されてしまった。内容的に濃い日本の知識に今の私は多分に影響されている自覚はあるものの、素直に可愛い、好ましいと思ってしまうので仕方がない。
コンコン
「あ、はい」
ドアがノックされ出るとルクスさんで、今後の予定の話だった。
明日朝一番で試験を受けて、その結果がわかるのが三日後になるので、それまでは護身術の訓練をカティスさんと行う事になった。道中挨拶以外会話が無かったカティスさんとか……と少々やりづらさは感じたが黙って頷く。
翌朝予定通りそれぞれの部屋で試験を受け、昼食を挟んで夕方までかかったが、ぼちぼち出来たのではないかと思われる。
現在は頭を使い過ぎてぼーとベッドに転がっている。
うまくいけば在学年数を減らしてもらえるそうだが、どうだろうか?いけるといいんだけど……
「在学中は帰省も出来ないってのがなぁ……」
手紙が書ければいいが、あの辺境の村にどうやって届けて貰えばいいのか……
いやでも届けられたところで怒ってるから見ない可能性もあるし……
思い返すと気分がどこまでも沈んでいってしまう。悩んでも進展するものではないと分かっていても、ため息は出た。
だが、そんなため息もその日までだった。
「無駄が多い、接触する箇所を重点的に意識しろ、目で追うな、軌道を読め、予測しろ、動きが単調過ぎる」
ビシ、ビシ、ビシ、ビシと手刀が至る所に叩き込まれるこの状況。もちろん嫌がらせでもいじめでもなく、宿の庭でカティスさんによる訓練が行われているのだが駄目だしの嵐だ。
もうカティスさんの動きが父並みに早すぎてわからなくて全身強化して耐えていたら力の無駄使いと言われ、ならばと必死で動きを見ようとしたら、見てから動くのは遅いと言われ、先読みを頑張ったら最終的にセンスが無いと言われた。
知ってるよ!
父にも散々センスが無いって笑われたからな!
ヤケクソでカウンターの背負い投げをしたら、火をつけたみたいで苛烈になった……
「その技術があるなら相手の動きも読めるだろ」と言われたが、読めません。あれは型です。
もはや途中から諦め、痛いのは嫌なので全身しっかり強化して耐えた。こちらからも攻撃はしてみるが全部躱されるし払われる。カウンターも警戒されて全く手が出ない。午前も午後もみっちりされて精神はごりごりとすり減った。魔物ならまだしも対人は本当に苦手なのだ。
フェリクはルクスさんと別の場所でやっているらしくご飯の時しか見ないが、けろっとした顔をしていて逆にルクスさんが疲れた顔をしていた。
変わってくれないか。と、喉元まで出かかったが、それを言ったらカティスさんに不服があると言ってるようなものなので飲み込んだ。
ひたすら耐えて三日間を乗り越えると試験結果がやってきて、見事高得点を取ってたよとルクスさんに褒められた。高得点どうのより、カティスさんとの訓練が終わった事の方が嬉しかった……
ちなみに本来なら高等部の一年生として通うところ、短縮されて三年生からという事になった。ついでに本当の所はねとルクスさんがこっそり教えてくれたのだが、学力は十分あるが対人関係の能力を鍛えるために一年は学校で他種族と触れ合うようにというお達しだったそうだ。
ルクスさんにお祝いに何か買ってあげるよと言われたのだが、特に欲しいものも無かったので遠慮したらじゃあ次会うまでに考えといてと言われてしまった。
次に会う事なんてあるんだろうかと思いつつ、私とフェリクは学校側に引き渡される事となった。
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