第三話
「あのさ……もしかしてだけど、そっちの彼のお父さんってバルダさんだったりする?」
「そうですけど……」
私の父だけでなく、フェリクの父バルダさんも知っているらしい。何か知ってる?とフェリクに視線を向けるが、知らないと否定の首振りが帰ってきた。
「そっかー……やっぱりバルダさんだったか……」
納得した息を漏らす白い男性はそれ以上は何も言わなかった。黙々と歩き続け村に戻ってきたところで、あっと私は気が付いた。
「あの、父とバルダさんは狩りに出ているので家に居るかどうかわからないんですが」
今の時期、冬の食糧を確保するために頻繁に狩りに出かけるのだ。だから今日も父達は森の奥まで入っていて帰りがいつになるのかがわからない。
「大丈夫。たぶん噂が本当なら居ると思うから」
噂。とは?
疑問に思ったが、話すつもりは無いようで言葉は続かなかった。
表情の無い黒い男性と、笑みは浮かべているが考えを読ませない白い男性。本当に彼らが役人なのかはわからないが、そうであるとするならヒト族の役人とは随分印象が違う。あちらはもっと権威を見せつけるような言い方や態度をとる。ただの平民とは違うのだぞと。
そういえば獣人って実力主義だっけ。
ヒト族だった頃、冒険者に聞いた話を思い出していると何事もなく我が家へと着いた。我が家は村の端っこなので、森を出て村を囲う柵の中に入ればすぐだ。
小さな板葺きの家の前でフェリクにそっと尋ねる。
「家に戻る?」
「いや、先に親父さんがいるか確認しよう」
別行動しない方がいいと仄めかすフェリクに頷く。私たちの言動は全部筒抜けかもしれないが、あちらは表面上変化はない。
「うちはここです」
そう言って木の戸を開けると、入ってすぐ台所になっている所で丸椅子に腰掛けズボンだけの半裸で何かを飲んでいる父の姿があった。頭にタオルをかけているが、赤い髪からぽたぽたと雫が垂れている。裏で水を浴びた直後なのだろう。とりあえず戻って来ていたようで良かった。
「おかえり父さん」
目つきの悪い父は私から後ろへと視線を移したが、興味が無さそうにまた私へと戻した。知り合いでは無いらしい。誰だ、とその顔が言っている。
お客さんだよ、と言おうとしたら横から白い男性がツカツカと早足で通り過ぎていき、その勢いのまま父の前のテーブルに両手を突いた。
「やっぱり貴方でしたか! 随分と行方不明の期間が長いと思っていたらこんなところで何をやっているんです!!」
「ああ? 何だお前」
まるでヤのつく人ように眉間に皺を寄せて白い男性を睨みつける父。機嫌がちょっと悪い時に見せる表情だ。
まぁいきなり入り込んできて怒鳴られたら父でなくとも機嫌は悪くなるだろう。白い男性はさっきまで笑みを浮かべていたので、まさかこんな行動に出るとは思わず私もびっくりしてしまった。
「えぇえぇそう言うだろうと思っていましたよ! 覚える気のないものはとことん覚えないタイプですからね! だけど子供がいるとかどう言うことですか!? 貴方の特性からすればそれは――」
ガッ ゴッ
父はあろう事か白い男性の頭を無言で引っ掴んでその顔面を木のテーブルにめり込ませた。
「………父さん、いきなりそれは無いと思うよ」
止める間もなく沈黙させられた白い男性は、一応無事なのかテーブルに手をついて藻掻いている。おそらく咄嗟に身体強化を施したのだろう。あれをすれば木のテーブルぐらい柔いスポンジになってしまうから。
しかし目の前でわかりやすい暴力が振るわれたというのに私も慣れたものだ。前世を思い出した当初は父達が狩ってきた大きな獲物に悲鳴を上げそうになり、村を襲おうとした野党を父達が半殺しにしているのを見て気絶しそうになったりしたが、今なら普通に傍観出来てしまいそうな気がする。現に今傍観してしまっている。
いやいやいや。さすがに駄目か。これは慣れたら駄目だろう。謂れのない暴力というのは見過ごしたら人としてアウトだ。
そう思い直して父に手を離すよう一歩前に出たところで、再び横を通り過ぎるものがあった。
「ハルヤート殿。学校への入学時期が過ぎている」
私の横をすり抜けて家の中に入った黒い男性は、頭を押さえつけられてもがいてる白い男性を無視して淡々と父に話しかけた。
無言のままのフェリクの様子を窺うが、こっちも一切気にした様子はない。
気になっているのは私だけなのか。
「入学? ……あぁ……なんかそういやあったな」
片手で白い男性の頭を鷲掴み押さえつけたまま上を向いて呟いた父。
その呟きに頭が痛くなった。
基本的に重要ではない事は三歩も歩けばきれいさっぱり忘れる父が覚えているという事は、黒い男性が言っている事に偽りはないのだろう。
獣人国にも学校があるとは……知らなかった。
「従って我々はこのまま連れて行くが構わないな?」
「お前どうする?」
「え?」
いきなり父に振られて、咄嗟になんと言えばいいのか。戸惑った頭でとりあえず状況を確認しなければと思考を巡らし考える。
「……話の流れが見えないんだけど、入学って事は学校に入れという事?」
「国が設立した学校に鳥族は無条件で入る義務がある。本来であれば五歳の時に入学だ」
私の問いに答えたのは黒い男性で、まさかの内容に無言になってしまう。
聞く限り義務教育的なもののように感じるのだが、私とフェリクは既に十七歳前後なのだ。つまり十二年程度オーバーしているという事に……
ゆっくり首を巡らせ父を見れば、そうだっけ?と呑気に首を傾げている。
あまりの状況にふらっとすれば後ろから支えられた。ごめんフェリク、ちょっと衝撃が。つまり私達はその義務教育をこれから受けなければならないとかそういう話なの?それも五歳児クラスから。……何の拷問だ。
「もちろん君たちが五歳でない事は見ればわかるよ。
それでも普通は幼等部からになるんだけど、でも私の見立てだと君たちなら幼等も中等も飛ばして高等部からで問題ないと思う。後でテストを受けたら残り二年程度で済むかな? ちなみに寝泊りは寮でしてもらうから卒業まで自由はないよ」
テーブルに顔をめり込ませているのに、こちらの疑問を察したように説明を挟んでくる白い男性。職務に忠実なのかメンタルがお化けなのか。何にしてもすごい根性だ。
「あと、ここで断ったとしても応援の調査官が派遣されて強制連行となるから」
「……選択肢が無いという事ですか」
はぁと溜息をついて、ありがとうと支えてくれたままのフェリクの手をぽんぽんと叩く。もう大丈夫だ。
「とりあえず父さん、その人を離して」
「ぁあ? 煩いだろ」
「煩いからっていきなり人の頭を掴むのは良くないし、テーブルに叩きつけるなんてもっての他だよ。ちゃんと口がついているんだからまず言葉で伝えようよ」
「はっ、どうせ怪我なんてしないって」
「怪我するかしないかじゃなくて、されたら嫌な事は人にしないものなんだって」
「避けれない方が悪い」
「ああいえばこういう……」
とりあえず何でもいいから手を離してよと困っていると、押さえつけられている白い男性が身体を震わせていた。押さえつけられ過ぎてきつくなったかと慌てて父の手を掴み、
「あ、あの暴風が娘に諭されてるとか、ぶふっ」
聞こえた声に手が止まる。白い男性、頭押さえつけられたまま笑ってた。
と思ったらミシッという音がして父の手に力が入ったのがわかった。
「あだだだ!! す、すみませんでした! 大人しくしますから!」
慌てて必死でお願いする姿になんだかなぁと思いつつ、父にいい加減にして欲しいと睨めば仕方ないという様子で手を離してくれた。
白い男性は頭を解放されてようやく顔を上げた。木片がくっついてるが、かすり傷一つないところを見るとやっぱり身体強化していたのだろう。
「娘に弱いとか意外な……いえ、何でもありません。ごほん。えー、それでは私達に同行するという事でいいかな?」
綺麗に笑いを引っ込めて、何事もなかったかのように確認を取ってくる白い男性。折り目正しく背筋を伸ばした姿は様になっている。そこだけ見れば国の役人らしく見え無い事もないが、額についてる木片がいろいろ台無しにしていた。
次週更新、金曜18時予定。