自分が何者なのかも分からずに生きる私たちの言葉。
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今でもたまに思い出す。
「無理はしなくていいのよ。体の傷は消えても、心の傷はずっと無くならないんだから。」
そう言ってくれた彼女の声はか細く私だけにしか聞こえないんじゃないかと思うほど澄んで綺麗だった。
両頬に当てられた手のひらはとても暖かくて、涙を堪えているのが分かる位に潤んだ瞳。
血が出るのではと思う程に噛み締めた唇。
当時小学生だった私は大人のそんな顔を見たのも、そんな言葉をかけてもらったのも初めてだったからよく覚えている。
当時私はクラスで少し、、いや、だいぶ浮いていた。
クラスメイトからよく思われていないのも子供なりに理解していたし、自分を見る目が人より動物を見る目に近いものだったことも分かっていた。
だからといって別に虐めとかをされた訳でもない。
話しかければ返事をしてくれるし、仲間外れにされることも無い。
ただ、それは彼らが望んでしていた事でもない。
子供にとって絶対的である先生の言いつけを守っているだけだ。
「皆仲良く。」を。
怒られたくないだけで別に私と仲良くしたいわけじゃない。
返事をする時には眉をひそめ、授業中机をくっつける様に指示があれば従いこそするものの、極力私から離れるように椅子を端に寄せて、さらにその椅子から落ちてしまうのではないかという程には離れる。
理由は薄々気づき始めてはいたのだ。
5年生になる頃には確信に変わっていた。
私が人とは違うから。
それだけだ。
だから私が変わればいい。変わるしか無かった。
自分が無い。
そう言われたらそれまでだが私だって友達が欲しい。
嫌な顔せずに話してくれて、放課後に一緒に遊んでくれる友達が欲しかった。
寂しかったんだ。
昼休みになると私以外の子達が集まって各々遊び出す。
教室であやとりをする子達や校庭で鬼ごっこをする子達。
その中に私を誘ってくれる友達はいなかった。
居づらい教室から出て、使われていない南校舎の3階の踊り場で毎日ひとりうずくまる。
チャイムがなる頃に泣いて腫れた目を冷ますために顔を洗ってから教室に戻る。
そんな生活がたまらなく辛かった。
だから私は変わるしか無かった。
スカートではなくズボンを履いて、ピンクではなく青の服を着て。
僕が私を殺すしかなかった。
子供は覚えも早ければ忘れるのも早い。
2ヶ月もすれば僕はクラスの男の子たちと肩を組んで一緒に下校をする仲になっていた。
少しの我慢なら辛くはなかった。
1番辛かったのは僕の変化に手放しで喜んだ両親を見た時だった。
大人の作るルールや常識は時に子供にとって大きな壁になる。
それも有刺鉄線の張られた壁に。
よじ登るだけで全身血だらけ、超える頃にはきっと後悔する。
なんで普通にしなかったんだろうって。
大人の作る壁は普通にしていれば入口が浮かび上がってそこから通してくれるらしい。
でも僕みたいな普通じゃない子は通してくれない。登るしかない。
ただ僕は自分らしくありたいだけなのに。




