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死亡遊戯  作者: 伊達加奈子
1/2

1. はじまり

☆☆☆


死のう。

死にたい。

死んでもいい。

死なせてくれ。


死を望む言葉は世の中にあふれている。

それは願いであり、希望であり、救いである。

だが、多くの場合、この言葉は虚飾だ。

彼らは、彼女らは、本当に死を望んでいる訳ではない。

投げやりになったり、自暴自棄になったり、冗談を言いたいだけで、いざ死を目の前にすればほとんどの人は死を恐れる。

そんなものだ。

そんなことは皆分かっている。

だが、実際に本当にリアルに死を望めばどうなるだろうか。


☆☆☆


「2022年2月22日2時22分。

時刻が0を刻む時、本当に死を望む者の前に扉が開かれる。その扉をくぐり、試練を乗り越えた者には、死に打ち勝つ能力が与えられるだろう」


ある時、インターネットの掲示板にこんなワードが貼り付けられた。

99,99%の人は本気にしなかった。

便所の壁と変わらない掲示板だ。

どこかの誰かが、ふざけて書いたのだろう。

ほぼ全ての人はそう思った。

本気にした0,01%の人も完全に信じた訳ではなかった。ただ、彼らの精神状態が本気にさせただけに過ぎなかった。


仕事で取り返しのつかない大失敗をした中年。

義理の父から毎晩レイプされている少女。

交通事故で突然妻と子を亡くした若者。

末期癌で余命半年を宣告された青年。

イジメで毎日毎日死を考えるだけの少年。


絶望を感じ、人生がこの瞬間終わっても構わない。そんな思いを抱いていた彼らは、偶然か必然か、深夜のインターネットでそのワードを見つけた。


なんて陳腐で嘘くさい言葉。

そもそも「扉」とは何だ。抽象的すぎる。

デジタルな画面から扉が出てくるとでも言うのか。


そんな思いを抱きつつも彼らはそのページを凝視した。今は2時12分。あと10分。

日付が変わる時刻もとうに過ぎ、夜明けを待つばかりの夜。多くの人は夢の中だ。


彼らも本心では眠りたい。

だが、心中に巣食う悪魔が眠ることを許してくれなかった。

彼らは毎朝起きた瞬間に絶望する。

目が覚めるとすぐに辛い現実に気付かされるのだ。


逃げられない、避けられない、どうしようもない現実。

絶望しかない。

その絶望から逃れる為には、まやかしと分かっていても睡魔を無視して、現実逃避という別の悪魔に身を委ねてしまう。


花村藍もそうだった。

今日も彼女は現実から逃げ続けていた。

興味のない画面を開いては閉じる。また別のページを開き閉じる。その繰り返し。

インターネットの波に乗り続けること9分。ブラウザ右下の時刻が2時21分に変わった。


あと1分。

どうせ何も変わらないのに、何をしているんだろう。馬鹿だな私は。こんなしょうもない書き込みに縋って。

もう寝よう。

どうせ明日もある。

辛い現実でも逃げられないなら立ち向かうしかないのだ。そして無理だったら、もう死のう。


そんなことを考えながらパソコンのブラウザを閉じようとした時、時刻が2時22分に変わった。



……


………



◾️◾️◾️



やぁ。

ようこそ、○○○の世界へ。

歓迎するよ。

僕はグージーズ。


ん?

ここはどこだって?

やだなぁ。

君なら察しがついているんじゃないか?

ちゃんと「死を望む者」って前置きをしたじゃないか。


君の希望通り、僕が扉を開いたんだ。

良かったね。

誰もが扉を開ける訳じゃない。

選ばれた者しか扉を開けないんだ。

だから、君は選ばれた存在だよ。


でも、君はまだ資格を得ただけだ。

死に打ち勝つ能力を得るには試練を乗り越える必要がある。

どうするかい?

試練は過酷だよ。

もしかしたら、死んだ方がマシだと思うかもしれない。君の今の状況も過酷だけど、更に酷くなるかもしれないよ。


引き返すなら今だ。

止めはしない。

またいつもの日常に戻るだけだ。


え、引き返さない?

ということは試練に望むという訳だね。

分かった。

それなら扉をくぐるといい。

扉をくぐった瞬間から試練は始まる?


くぐるんだね。

では気合いを入れて頑張りなさい。

君自身の選択なのだから。


試練の前に僕に質問はないかい。

何でも答えてあげるよ。





うーん。 

質問はなさそうだね。

それどころではないのかな。

まぁいいか。


ああ、一つアドバイスをしてあげる。

君がここに来た理由を決して忘れてはいけない。

辛い目に遭っても苦しくても、君には成すべきことがあるんだ。

それを決して忘れなければ、きっと試練を乗り越えることができるだろう。


ありきたりかい?

でも君がこれから望む試練では、こんなありきたりなことすら、忘れる可能性があるんだ。

だからこそのアドバイスだよ。


さ、もう行くと良い。

時間もそれほど残っていない。


行ってらっしゃい……



◾️◾️◾️



藍は目が覚めた時、はっと周囲を見渡した。

彼女は仰向けで倒れていた。

回りは薄暗くてよく見えないが、どこかの建物の中にいるようだ。手で地面を撫でると、少しざらざらしているが、フローリングのような質感を感じる。


いつもなら、藍の布団には義理の父親という肩書きを持った汚物がいた。きつい加齢臭、煩い鼾、不快感しかない肌の温もり…そのどれもが藍に絶望を感じさせた。

あの汚物に汚されるたびに、自分自身も汚くて生きる価値のない存在になっていく気がしていた。


そうだ、私は確か…

あの汚物が寝た後、こっそり布団から抜け出し、スマホをいじっていたはずだ。

死ぬ方法を探すために。


結局、私が望んでいた方法は見つからなかった。

できるだけ楽に、できるだけ苦しまず、できるだけ死体が綺麗になる死に方。すでに汚れきった体ではあるが、死んだ後の見た目くらいは綺麗にしておきたい。


だが、そんな都合の良い死に方は簡単に見つからなかった。電車への飛び込み、ビルからの飛び降り、手首を切っての失血死、首吊り、睡眠薬の過量服薬…

睡眠薬の過量服薬は綺麗な見た目のまま、苦しまず、楽に死ねそうだった。だが、中学生の藍が致死量の睡眠薬を入手することは難しい。

手首を切る手段も考えたが、躊躇いなく手首の動脈を切り、死ぬ瞬間まで水に流し続ける胆力には自信がなかった。

他の死に方は、どれも目を覆う悲惨な死に様になるだろう。そんな死に方は御免だ。


藍は死ぬ手段の代わりに、しょうもないインターネットの書き込みを見つけた。

もちろんその書き込みを見ても大きく心は動かなかった。

だが少し気にはなった。

だから10分くらいなら良いかと思い、その書き込みが示す時間まで待ってみたのだ。


記憶はあの時刻から途切れていた。

いや、その後夢を見ていた気がする。

ふわふわした実体のない存在からの問いかけ。

現実味のない夢だった。

あの問いかけは本当にあった事なのか…

藍がそこまで考えた時、周囲に何かの気配を感じた。


わずかな衣擦れの音。

微かな息づかい。

薄暗くて回りが見えないことが藍の恐怖心を増幅させた。得体の知れない生き物が近くにいる。

映画や漫画の世界によくある化け物が思い浮かんだ。


叫び声をあげそうになる寸前、相手が声を出した。


「誰かいるんですか?」


男性の声。

トーンが低く落ち着いている。

子どもや老人の声ではない。

むしろ若い気がする。

全く嫌悪感の感じない声に藍は少し安堵した。


藍は答えるべきか逡巡した。


「はい、います。

あなたは誰ですか?」


わずかに迷ったが、結局答えることにした。

もしかしたら、自分と同じような状態の人かもしれない。男性ということに若干の恐怖は感じるが、あの汚物に比べればどんな男性でもマシに思えた。


「ああ、良かった。人がいた。

怪しい者じゃないです。

さっきから暗闇に人の気配がして怖かったんですよ」


回りがよく見えない中で感じる正体不明の生き物の気配は誰でも怖いのだろう。

自分と同じように相手も感じていたらしい。


「私もです。

あなたはどうしてここに?」


「分かりません。

気付いたらここにいたんです。

さっきまで家にいたんですが」


藍と同じだった。

家にいたはずなのに、気付いたらここにいた。

あのよく分からない存在からの問いかけの通り、本当に何かの扉を開いたのだろうか。


「でも誰かいて本当に良かった。

ほっとしました」


「私もです」


男性の安心した声に藍も応える。


「扉を開くってこういうことなのか?

ということは、これから試練が?

でもなぜこんな所に…?」


男性がぶつぶつと呟く声が聞こえた。

彼の姿は暗闇で見えないが、近くにいる気配はする。

彼も私と同じように死を望んだ者なのだろうか。


その時、急に部屋が明るくなった。

あまりの眩しさに藍は手を目の前にかざす。

明るすぎて周囲の様子が全く認識できない。

近くにいた男性も同じ状態のようで、「うぉっ」とか「なんだっ!?」と情けない声が聞こえてくる。


藍は瞼を薄く開き、目が慣れるまでじっと待った。

時間が経つにつれ、回りの様子が段々と認識できてくる。

そこは教会としか表現できない造りの建物だった。


周囲の壁は鈍色で、建てられてから数十年は経過したのではないかと思わせるほど、ヒビ割れて薄汚れていた。

壁のアクセントのような存在の燭台も埃が積もり、長い間誰も手を加える人がいなかったことが伺える。

壁の上部にあるステンドグラスはボロボロで、それを作った人達の想いとは遠くかけ離れていた。


藍の前面には十字架が掲げられている。

後ろには等間隔に並べられた木製の長椅子があった。

よくある教会という造りだが、十字架の上に見慣れない奇妙な物が置かれていた。


緑色の生き物の像。

人間の子供くらいの大きさだが、可愛らしさとは無縁で、その醜悪な姿形は架空の生き物であるゴブリンという表現がぴったりだった。

その化け物は、何故かタキシードのような立派な衣服を着ており、更に不気味に思えた。

見る者を戸惑わせる奇妙な存在。

この像は一体何なのか。 


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