空間の支配者(前編)
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「なんか、騒ぎでもあったのか?」
気が進まないながらもエルザに連れられ、今日もサヴァンナが働く飯屋の前までやって来たクレイディス。昼過ぎの街で彼が見たのは、飯屋の前にできた大勢の人だかりだった。
「なんじゃ、腹すかせとんのか」
「飯を食いに来た人たちの行列ってワケじゃないだろ」
街の大通りからは外れ、世辞にも行列ができるほど大繁盛の店とは言い難い飯屋。この辺りは、クレイディスがまだウィザーズのメンバーだった頃にも何度か通ったのだが、これほどまでの人だかりを見たことがない。
「邪魔じゃアホ」
「ちょっと店に用事があって、すいません」
エルザとクレイディスが、ざわめく人混みをかき分けて、飯屋のなかへ向かう。
途中、人々の圧に押しつぶされそうになる小さな体のふたり。ようやく人混みを抜けた先で彼らが目の当たりにしたのは、飯屋の床に倒れる屈強な四人の男たちと、その姿を猛禽にも似た鋭い目で見下ろすサヴァンナだった。
「サヴァンナ……さん?」
最初は、両腕を男たちの血で真っ赤に染めるサヴァンナが目に入ったものの、クレイディスはすぐに視線を下ろす。
よく見れば、飯屋のなかで倒れている男たちはどれも『オメテオ・ホーネッツ』のエンブレムを持った者ばかりではないか。
「このアマ、俺たちに手だしてタダで済むと──」
「あんたさっき、炎帝様とか言ってたよね。こいつをくれたのは、その炎帝様ってヤツなんだ」
喋りだした男の頭を踏みつけると、サヴァンナは自身の手のなかにある小袋を強く握った。
「炎帝様ってのに会いたいんだけど、何処にいんのさ」
炎帝様、その名がサヴァンナの口から出るだけで野次馬たちはざわめき、ホーネッツの男たちは顔を真っ青にした。
「まさかお前、炎帝様に……?」
「ちょっとツラ見てみたいだけよ。下っ端の女からカネ巻きあげるようなクズってのが、どんなツラしてんのか」
元々悪い目つきが、怒りを滲ませる表情と相まって恐ろしい。そんな、見るものを震いあがらせる鬼のような形相をしていたサヴァンナだったが、店に入ってきたクレイディスたちを見つけるなり、目を真ん丸にして驚く。
「なんだ、あんたら来てたんだ。だったら丁度いいや」
「これって一体どういう……」
当然、クレイディスが問いたいのはこの異常ともいえる状況。
サヴァンナが自身の働く店で暴れていることにも驚きだった。しかしそれよりもクレイディスが驚いていたのは、ホーネッツの冒険者たちをサヴァンナがたったひとりで無力化していたこと。
ホーネッツの冒険者といえば実力者揃いの凄腕集団、なんていうのはオメテオに住んでれば同業者でなくても知っている。そんな彼らを一掃するなど、街の一角にある飯屋の娘ができるようなことではない。
「今から、こいつらの根城に行ってアイリンを引きずってでも連れ帰る。もしよかったら、あんたらのギルドにでも入れてやってよ」
エルザの言う通り、これがサヴァンナという女が秘めている素質なのだろう。
「根城って、まさかホーネッツのギルドハウスに行くつもりですか」
「炎帝様ってのも、そこにいそうだし」
「ツラを見るだけ」、「妹を連れ帰る」。そんな言葉を並べてはいるものの、今のサヴァンナがたったそれだけで終わるなんて、クレイディスには到底思えなかった。
「炎帝ってのは、昨日言ってたウォーレン・ノリスのことで、ホーネッツどころかオメテオの冒険者のなかでも最強クラスの──」
「ウォーレン……ああ、大体分かったわ。そのウォーレンってのが、ウチの妹をたぶらかしてカネ巻きあげてたってことね」
納得し、ひとりで頷くサヴァンナ。すると彼女はエプロンをその場で投げ捨て、店の外へ出ていく。
「こりゃ楽しいことになっちょるわ」
「楽しいってお前なぁ、このままじゃあの人マジで死ぬぞ」
「じゃったら、お前さんが助けぇ。魔法の使い方を試すんなら、丁度ええじゃろ」
「馬鹿言え、最強クラスだっつってんだろ」
そうは口で言いながらも、クレイディスはすぐに踵を返してサヴァンナを追った。
「それでも追うんか」
「このままじゃ見殺しにするみたいで、気分が悪い」
入ってきた時と同じように人混みをかき分け、クレイディスとエルザが通りに出た時にはもう、走るサヴァンナの背は遠くて小さい。
「足速っ!」
「あん細い足にそんな脚力があるとは思えん、【強化系魔法】じゃろうな」
「あんなのに追いつけなんて無茶だろ」
サヴァンナの小さな背中を追って走ろうとするが、やはり凡人の足では到底彼女の足に及ばず、クレイディスは大きなため息をつく。
その姿を見て鼻で笑うのは、彼の背後で腕を組んでいたエルザ。
「お前さん、やっぱりアホなんか。別に足で追いつく必要もないじゃろ」
「足じゃなくて、どーやって追いつくんだよ」
「こないだ教えたじゃろーが。【空間系魔法】の活用法のひとつ、【テレポート】」
「あの、人とか物を一瞬で動かすっていう……もしかしてそれで飛べんのか!?」
力の向きを捻じ曲げる【リフレクション】。
ふたつの空間を入れ替える【エクスチェンジ】。
そして、人や物体を瞬時に移動させる【テレポート】。
エルザの言葉で、クレイディスもようやくその活用法を思い出した。
「魔力操作の技術次第ってとこじゃ」
「魔力操作の技術?」
「お前さんに難しい話をしたって無駄なんは、よう分かっちょる。要は自分が今から飛ぶ場所を、できるだけ忠実にイメージせぇっちゅうことじゃ」
「イメージ、イメージ……」
この世には、【生体魔力】と【界流魔力】の二種類の魔力がある。
人や魔獣を含めた、生物が元々有する魔力は前者の【生体魔力】で、今まさにクレイディスが脳から分泌しているのもそれ。
────というのは、一昨日にエルザが説明したことなのだが、おそらくクレイディスは微塵も理解していないのだろう。
「そこにお前さんと儂がいる姿を思い浮かべぇ」
「俺と、エルザ……」
想像力は、魔力と直結する。
優秀な魔法使いであればあるほど想像力は豊かで、想像を創造する力に長ける。
「できたら、そのまま深く息を吸うんじゃ」
目を瞑り、言われた通りのことを順番通りにこなしていくクレイディス。彼の手をエルザが握り、その体内にある魔力を確かめた。
【魔法】の基礎は、【生体魔力】と【界流魔力】の結合。手足で型をつくったり、剣や杖を振るったりと、魔法使いによって結合に用いる動作は個性が表れる。
なかでもエルザが選んだ呼吸によって魔力を体外に放出する手段というのは、どの魔法使いも一度は通る基本中の基本。
「そんで、吐きだせ」
クレイディスが吸いこんだ息を思い切り吐きだした瞬間、【空間系魔法】によって、ふたりの姿は飯屋の前から消え去っってしまった。




