奇跡的な出会い
クレイディスが冒険者ギルド『オメテオ・ウィザーズ』を去ってから一週間が経った。
ウィザーズを離れても尚、その名声はオメテオの街にいるだけで聞こえてくる。大型の魔獣を討伐したとか、どこのギルドの誰を半殺しにしたとか、国営ギルドになるための申請をしたとか……。
内側にいた時よりも外側にきた方が活躍を耳にするというのは、なんとも皮肉なものだ。
「あの、ギルドに入りたいんですけど」
着替えを用意するカネもなく、ボロボロの衣をまとったクレイディスが訪れたのは、オメテオにあるギルド協会支部だった。
ギルドは国営のもの以外、こうして自治体が支援するケースがほとんど。「ギルドに入って冒険者になりたいが、どこがいいのか分からない」という若者に道を与えてやるのも、ギルド協会の仕事である。
「では、魔法適性をお聞かせ願います」
受付の女性が、テーブルを挟んだクレイディスの目を見て穏やかな口調で問いかけた。
「えっと、適性は……ありません」
「え?」
「だからその、魔法適性はひとつもなくて」
「少々お待ちください」
そう言って受付の女性は席を離れ、奥の方で人を集める。ヒソヒソと話す声は何を言っているのか聞こえないが、クレイディスの方をちらりと見ながら続けているあたり、良い話ではないだろう。
なによりクレイディス自身、ウィザーズではよく陰口をたたかれた身である。こういう自分を蔑む視線には敏感になっていた。
そんな折、
「なんでじゃ、こんアホぅ!」
少女の怒号が協会の建物に響く。
「ですから、ギルドの設立にはマスター候補を含めた五人以上のギルドメンバーと、申請費が──」
「儂はここに来たらギルドがつくれる聞いたで! 話が違うじゃろがい!」
「ですから──」
「話の分からんヤツじゃのぉ! 別のもん出せ!」
話が分からないのはお前の方だ。というのは、少女と受付女性の話を少しでも耳にしていれば、誰もが思うこと。
可愛らしい声とは対照的に、老爺みたく個性的な話し言葉の少女の方にクレイディスが目を向ける。そこにいたのは、 金と赤が混じる派手色の髪を持つわテーブルから頭だけ出てくるほど小さな少女。
(星霊族、か)
少女のツンと尖った長い耳や、すらっと細長い手足は、【星霊族】と呼ばれる特殊な種族の特徴だった。
「エルザ様は星霊族であられますし、魔法適性だって占星術が可能です。こちらからオメテオで今一番勢いのあるギルド、ウィザーズへの紹介も──」
「イヤじゃイヤじゃイヤじゃ! 儂はギルドがつくりたいんじゃい!」
子どもかよ……。とつぶやいてクレイディスは頬杖をつく。
星霊族は人の倍ほどの寿命を持ち、見た目も年齢からは想像つかないほど若い場合が多いと聞く。しかしクレイディスの見る限り、彼女は見た目も中身も駄々をこねる子どもそのものだ。
「お待たせしました、クレイディス様」
「あ、はい」
頬杖をついて星霊族のチビっ子を見ていたクレイディスのもとに、受付女性が戻ってくる。
彼女が何を思っているのか。何を言おうとしているのか。クレイディスには、女性の浮かべる苦笑いだけでなんとなく伝わった。
「大変申し訳ないのですが、こちらで紹介できるギルドはなく……」
「ああ……はい」
それは、協会に来る前から分かっていたこと。
魔法適性が皆無の人間なんて、どこのギルドにも紹介できたものではない。今も尚、受付で駄々をこねるチビっ子のように【占星術】なんて稀な適性を持っていれば、選びたい放題なのだろうが……。
「一応、冒険者でなく料理番や雑務での採用枠があることにはあるんですが」
「いえ、それなら大丈夫です」
そう言って、クレイディスはくるりと踵を返した。
魔法適性がなくたって、何も生きていけないわけではない。農家や商人であれば魔法がなくたってできるし、冒険者ギルドでも料理番なら魔法が不可欠ということはない。
ただ、冒険者にはなれないというだけの話。
「はぁ……」
協会の建物をでて、ため息をついたクレイディス。しかし、ため息はひとつではなかった。
彼自身のため息に、別のため息も重なって聞こえた。
「ん? お前、さっきの」
クレイディスが隣を見ると、さっきまで駄々をこねていたチビっ子の姿があるではないか。
「なんじゃ、儂はお前なんか知らん」
「そりゃ初めて会ったしな」
「なら、なんで儂を知っとるんじゃ」
「さっきまでなかで騒いでた子どもだろ」
「子どもとちゃうわっ!」
白昼の空の下、チビっ子の怒号が響いた。
「お前こそチビじゃろがぃ!」
「お前にだけは言われなくねーよ!」
むむむっ、と睨みあうふたりは今にも手をだしてしまいそうなほど。
建物の目と鼻の先で睨みあう彼らを見つけた協会の職員が、ゴホン、と咳払いをするとふたりはシュンと肩をすぼめてその場を去った。




