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「私ね」
あきらが唐突に話始めた。
「ああいうことされると目をそらさずに見つめ返そうと決めているの」
そう言ったあきらは桜の木にもたれていたがすっと一本の筋が通ったようにきれいな姿勢だった。
そしてあのカップルをまっすぐに見つめていた。目を全くそらすことなく。
あいつらはまた小声で何か話してやがて去っていった。
「気分が悪い奴らだな」
あきらは手のひらを頬にあてると頬杖をついてみせた。そのしぐさは会社でもよくあきらがみせるしぐさだった。
「こんなこと普通」
「辛くないのか?」
あきらはきょとんとした顔をして横目で俺を見つめていた。
「箕口君、私ね。自分語りで始まる映画が嫌いなの」
「え?」
「それからナレーションがある映画も嫌い」
あきらはすっと腕を組んで悲しそうに顔を伏せた。
「何も語らずにただ淡々と物語を始める主人公を私は見ていたいんだ」
はっきりとした声であきらはそう言った。それだけで俺はもう聞きたかったことの答えを聞いてしまった気がした。
「あきらは今の自分が好きなんだな」
小さなささやくような声で「箕口君」とあきらは言った。
「箕口君たちと遊んでいたあの頃の私は本当の私じゃなかったんだよ」
顔を上げたあきらの横顔を見て俺は改めて実感した。
「あきら」
俺はやはりあきらの物語に出てきてはいけない登場人物なのだということを。
俺の言葉はあきらを傷つけていた。
再会して一瞬であの頃のあきらを思い出した俺も、1年かけなければ今のあきらを受け入れることができなかった俺もあきらにとっては苦痛だったのだ。
昔のあきらを知っている俺は無意識にあきらを傷つける言葉を発してしまうし、何よりあきら自身があきらの過去を知る人間の登場を求めていない。
あの頃の自分は本当の自分ではなかった。
偽りの自分を知られたくない。
大切な人たちがそばにいる分その気持ちはさらに大きくなるのかもしれない。
さっき目をそらさずにあのカップルを見つめていたあきらの横顔を思い出した。
あの失礼なカップルですら登場が許されているのに。
「ごめん」
あきらはそう言って涙をぬぐった。
それは俺が言うべき言葉だったのに。
あきらと再会してから俺はずっとあきらの物語に再登場することを求めていた。
あきらと遊んでいたあの頃が本当に楽しかったから。
こんな都会のど真ん中で再会できたこと、すごく嬉しかったんだ。
でもあきらを、主人公をこんな顔にさせる登場人物はここにいてはいけない。
これで君の物語に登場するのは最後にするから、今はこうしてあきらの隣で一緒に桜を見つめていたい。