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仕分け人と針の番人

 いよいよ、仕分け人と針の番人の登場です。彼らが、メンタル・コントロールの肝です。

 ぜひ、ご一読ください!

   


「仕分け人と針の番人!」

 ミヤくんが弾けるように言った。

 シワケニン? ハリノバンニン? それって何?

 シワケニンとハリノバンニンがどういう字を書くのか頭の中で変換できず、ぎゅぎゅっと、僕の(まゆ)が寄り寄りになる。

「んーとな? んーと……」

 一口に説明するのが難しいのか、ミヤくんが口ごもる。

 僕は考えこむ。

 シワケニン……?

 ハリノバンニン……ハリ? 針? ……針の番人?

 んん……? 針……?

 針って言うと、時計の針……時計? あれ? 人の中の時計って言ったら……。

 ――腹時計!

「あ! 針の番人って、腹時計の針を調整する係やってる小人さん?」

 僕はミヤくんに聞いた。

「えっ? 腹時計? ――そっち行ったか~」

 ミヤくんは僕の言ったことに驚いて、続いて「あちゃ~」と言うように顔をくしゃっとさせた。

「え? 違った?」

 そっちじゃないなら、どっち?

 僕は首をかしげる。

「そっちの針じゃないんだわ~。時計の針じゃなくて、ほら、つんつん刺すと痛いヤツ。裁縫道具に入ってるとんがった針。ああいうの」

 ミヤくんが言う。

「あ、そっちの針」

 口で言えばどちらも同じ『針』だけど、時計の針とお裁縫の針じゃ、全然ちがう。

 僕は頭の中で、時計の針からお裁縫の針に、イメージを修正する。

「そうそう。つんつんされたら『痛っ!』ってなる針。んで、そのつんつん刺すと痛い針を手に持った小人、みたいなのが、心臓のそばに陣取(じんど)ってるんだって」

「心臓のそばに?」

「そうなんだ。心の世界の中には、まっ黒な宇宙空間みたいな場所があって。その空間には薄いプレート状のまっ白な道がすーっとまっすぐ伸びていて、その道の先は階段になっているんだ。真っ黒な空間を、折り紙を折って作ったような白い階段が段々に上の方へのぼっていて、階段を一段ずつのぼっていくと、白い踊り場に出る。そこがその階段のてっぺんで、正方形の踊り場の向こうの端には、赤く発光している心臓が、ぽっかり浮かんでるんだ」

「黒い空間に白い階段、赤い心臓……」

「心臓っつっても、本物の、身体の中の内臓としての心臓じゃなくて、心臓のミニチュアっていうか、ハートっていうか、本物の心臓の『化身(けしん)』みたいなものっていうか……まあ、とにかく、本物の心臓ってワケじゃないんだけど。心の世界の中にある架空の心臓が、踊り場んとこに浮かんでるのな?」

「う、うん」

「そんでその踊り場には、小人が立ってるんだ。ちょうど、赤い心臓の前に、針を片手に持って立ってる。その小人が、針の番人」

 僕は想像してみる。

 白い階段を上がっていくと、踊り場に出る。

 踊り場には、片手に針を持った小人。その向こうに、赤い心臓、ぽっかり浮かんで。

 ……心臓?

 なんで針の番人は、心臓の前にいるんだろう?

 ミヤくんがその答えを口にした。

「針の番人は、その手に持っている針で、心臓を突っつくのが仕事なんだ」

 その手に持っている針で――。

「ええっ⁈ 針で、針で心臓を突っつく――⁈」

 僕は小さく叫ぶ。

 脳裏で、お裁縫で使う銀色の針がキラリと光る。天へ向くすーっと鋭い先端は、細く細く(とが)っていて――そんなもので、むき出しの心臓を突っつかれたら!

「い、痛いよっ! そんなことされたら! 痛いよ⁈」

 僕は左手で自転車を支えながら、右手を胸の上にあてる。まるで自分の心臓を針で突っつかれたみたいに、鋭い痛みが走った気がした。

 僕の反応に、「わかるわかる」と、ミヤくんが気の毒そうな顔でうなずく。

「心臓を突っつくって言っても、イメージの世界の話なワケで、本当の心臓を本物の針で突っつくんじゃないから、本当に痛いわけじゃないんだけどさ。想像すると、なんか、胸んとこがイヤ~なカンジになるよな~」

 ミヤくんが痛そうな顔で痛そうに言う。

「う、うん」

 針の番人、怖い!

 まだ胸の奥がチクチクするような気がして、僕は胸をさする。

「そんな小人いなくていいんじゃないかって思っちゃうけど――」

 ミヤくんが言うので、僕は何度も小刻みにうなずく。

「ところがさー、針の番人の仕事は、とっても大事な仕事だったりするんだよ~」

 ミヤくんはそう言うと、左の人差し指をぴんと立てる。

「そんで、小人の中にはもう一人、大事な役割をもった仕事人がいるんだ」

 も、もう一人、仕事人が――⁈

 僕は息をのむ。

「そのもう一人の仕事人が、『仕分け人』なんだ」

 ミヤくんが言った。

 シワケニン――。

 ソレって何する人――?

 僕はわからず、首をかしげる。

「仕分け人は、仕分けをするんだ。クラト、仕分けってわかるか?」

 ミヤくんに聞かれて考える。

「『仕分け』って……これはこっち、こういうのはそっち、って分けることだよね? 野球の道具だったら、バットはバットだけ集めたり、グローブは、キャッチャーミットと、他のグローブと分けたり、種類ごとに集めるっていうか……?」

 僕は野球をやっていたときのことを思い出して、説明しようとするけれど、うまく言えない。

 けれどミヤくんはわかってくれて、

「そうそう。種類ごとに分けたりすんの。郵便局の人が、年末にポストに入ってた年賀状を、誰宛てかで分けていく作業とか。ショーケースに串団子は串団子のとこ、生菓子は生菓子のとこ、おまんじゅうはおまんじゅうのとこ、って分けて入れてくとか。図書館で本を各ジャンルごとに分類して、本棚に整理しながらしまっていくとか。そういう『分け分け』することを『仕分け』って言うんだけど――」

 と、『仕分け』がどういうことを言っているか、僕とは違う具体的な例を挙げた。

「『仕分け』をするから、……仕分け人?」

 『シワケニン』が『仕分け人』ってことはわかったけれど――。

 僕はまたまた首をかしげる。

「それって――ナニを『分け分け』するの?」

 僕はミヤくんに聞く。

「問題はそこなんだよー。何を分けるのかっていうのはちょっと難しいとこなんだけどさ。んーと、オレらが人から何か責められるとするだろ? そういうときに、〈自分に問題があるから責められているのか〉、〈自分に問題がないのに相手から責められているのか〉――ってのを、仕分人が仕分けていくんだよー」

 仕分けをしている手振りなのだろう、ミヤくんは、左手を右にやったり左にやったりする。

「自分を否定するようなこと言われたときに、〈本当に否定されなくちゃいけないのか〉、〈ただの言いがかりなのか〉を仕分ける、とか。ひどいこと言われたときに、〈言われるだけのことを何かしてしまったのか〉、〈言われていいようなことはしてないのに理不尽(りふじん)なこと言われてるのか〉を仕分ける、とか……とかとか?」

 そんなカンジ、とミヤくんが言う。

 ホントだ。ちょっと難しい。

 ミヤくんは、少し考えこむと、

「例えばさ、大宰府(だざいふ)の参道のお店で、(うめ)()(もち)を買う人が行列作ってるとすると――」

 と、唐突(とうとつ)に大宰府の話を始めた。

 梅が枝餅は、あんこを包んだ白くて薄べったいお餅。おまんじゅうや大福とは違う、もちもちしたお餅がおいしくて、たまに無性に食べたくなる味だ。

 確かに、大宰府天満宮の参道には梅が枝餅を売っているお店が何軒もあって、あっちで行列、こっちで行列ができている。この行列が不思議なもので、この前はこの店に行列ができていたはずだけど、次に行ったときは別の店に行列ができていたりする。おばあちゃんの友だちの中には、どこの店のがおいしいと、ずいぶんこだわりを持ってる人もいるけれど、大宰府に行ったとき、どこにでも行列ができているのを見ると、結局、どこのお店の梅が枝餅もおいしいんだろうな、と僕は思っている。

 と、梅が枝餅に思いをはせていたら、ミヤくんの話が続いていた。

「もしもオレが行列に横入りして、列の後ろに並んでいる人から、『おい! そこどけよ!』とか、『嫌な子ね』とか、『ダメじゃないの』とか言われるとするやん? そしたら、『どけ!』とか『嫌な子』とか『ダメ』とかはさ、ふつうに言われたらキツいっつーか、言葉だけを見ればキッツいもんがあるんだけどさ。それが、自分が横入りしたせいで言われる場合は、キツい言葉を投げつけられてもしょうがないっつーかさ?」

 そう思わん? とミヤくんに聞かれ、僕はうなずいた。だって、それはしょうがないって思う。横入りしたら、文句言われてもしょうがない。横入りした方が悪いんだから。

「でも、ちゃんと列に並んでいるのに、『うわっ! バイキンがいるぞ! どっか行け! しっ! しっ!』とか言って、追い払おうとしてくる人がいたら、それは、言われちゃダメなヤツやない?」

 ミヤくんが言う。

 当然だ。僕は大きくうなずく。

 ちゃんと列に並んでいるのに――もしも並んでいなくても――人をバイキン呼ばわりするなんて、そんなの絶対ダメなヤツだ。

「行列に並んだら、人からキツいこと言われました――ってことがあっても、それが、自分が横入りしたせいで言われるのと、そういうのナシにバイキン呼ばわりされるのとじゃ、全然ちがう。どちらも人からキツいこと言われてるけど、自分に悪いところがあって、言われても仕方のないこと言われるのと、自分に悪いとこがないのに、こんなこと言われるのおかしいっていうようなこと言われるのとじゃ、全然ちがう」

 ――確かに。

 僕はミヤくんの言うのに納得してうなずいた。

 僕がうなずくのを見て、ミヤくんもうなずく。

「全然ちがうから、おんなじには扱わないんだ」

 いいか、ここからが大事なんだぞ、とミヤくんの声が真剣味を帯びる。

「人からキツいこと言われても、それが、自分に悪いところがあって言われてることなのか、自分に何も悪いとこないのに言われてることなのかで、受け止め方を変えんの。そこが大事。人からキツいこと言われたときは、『キツいこと言われた』ってとこだけ見てちゃダメ。キツいこと言われたぞ! って、そのことだけに反応してちゃダメなんだ。キツいこと言われたら問答無用で『自分はひどい目にあったぞ!』っ思うようじゃ、ダメなんだよ」

 ミヤくんは、自分に言い聞かせるように、何がダメなのか、何度も強調する。

 ええと――。

 僕は頭の中でミヤくんの言ったことを整理する。

 人からキツいこと言われても、キツいこと言われてるって点が同じでも、自分に悪いところがあって言われるのと、悪いところがないのに言われるのとじゃ、全然ちがうことだから、同じようには扱わない。自分に悪いところがあって言われてるのか、悪いところがないのに言われてるのか、どっちなのかで、受け止め方を変えなきゃいけない――って話、だよね?

 だから――。

「大事なのは……自分に悪いところがあってキツいこと言われてるのか、悪くないのにキツいこと言われてるのかを分けて……それぞれに合った受け止め方をする、ってこと……?」

 僕が考え考え言うと、「そうそう!」と、ミヤくんがにっこりうなずく。

「そんで、自分に悪いとこがあるのか、ないのかを判断するのが、仕分け人なんだ」

 ミヤくんが言う。

「タカ兄が言ってたイメージでは、心の中に、校長室みたいな部屋があって。天井が高くて広々してるけど、机とイスしかないような部屋でさ。あ、机はでっかくてつやつやした木の立派なヤツ。イスも大きくて立派な、社長さんが座るようヤツ。んで、そのイスにちょっと埋もれるみたいに小人がひとり座ってんのな? その小人が――」

「――仕分け人?」

「そう! そんで、オレらが誰かにキツいこと言われると、そのことが、オレらの脳から、オレらの心の中の仕分け人の部屋に伝わんの」

「伝わる?」

「ほら、タカ兄は、いいコトがあると、心の中のお祭り部隊の控え室に『出番だぞ』って呼び出し放送が入るって言ってたって言ったやん?」

「あ、うん」

「で、仕分け人の場合は呼び出し放送じゃなくて、仕分け人の部屋の机の上に紙がいっぱい積み上げられててさ。その紙に、誰にどんなキツいこと言われたか、その人とどういうやり取りがあったか、どういう流れでそういうこと言われたのか、とかとか、そういう情報が、浮かび上がるようになってんの」

 浮かび上がる?

 どういうことだろう?

「えっと、紙に字が浮かんで出てくる、ってこと? 勝手に文章が書かれてる、みたいな?」

 僕が確認すると、

「そうそう。白かった紙に勝手に透明人間が文章を書いていくみたいに、字が書かれていくっつーか? 火であぶるわけじゃないのに字があぶりだされるっつーか? そうやって文章が書きこまれていって、えっと、報告書っつーの? なんか、そんなカンジになるんやって」

 とミヤくん。想像すると、

「なんか、魔法みたいだね」

 思ったことを口にした。

「そうなんだ。魔法みたいなカンジでさ。机の上に積み上げられてる紙の山の、いちばん上の紙に文字が浮かび上がると、仕分け人はその報告書をとり上げて、書かれていることを読み上げるんだって」

 ミヤくんは片手で紙を取って読むような手振りをする。

「机の上には、紙の山の他に、箱が二つあって、片方には『自分に問題アリ』、もう片方には『自分に問題ナシ』って書いてあってさ。仕分け人は、報告書に書かれている内容から、人からキツいこと言われたのが、自分に悪いとこあったせいだと判断したら、『自分に問題アリ』の方、自分は悪くないのにキツいこと言われてると判断したら、『自分に問題ナシ』の方に報告書を入れる。報告書をどっちかの箱に振り分けるのが、仕分け人の仕分けの仕事、ってワケ」

「そ、そうなんだ……?」

 なんだかよくわからないな? と思いつつ、話の続きを聞く。

「仕分け人は、この仕分け作業をひたすらやってんの。じゃあ、仕分けがすんだらどうなるか、なんだけど。報告書がどっちかの箱に入れられたら、部屋の扉が開いて、運び役の小人が部屋の中に入ってくんの。そしたら、運び役の小人は、箱に入った報告書を取り出して、それを持って部屋の外に出て行く。そんで、もしも報告書が『自分に問題アリ』に入っていた場合は、その報告書を持って、あの場所へ行くんだ」

 ミヤくんが意味ありげな言い方をする。

「あの場所――?」

 あの場所ってどこだろう? 

 あの場所がどこなのか思いつかずに、僕が目を(しばたた)かせていると、

「仕分け人の部屋の外は、真っ黒な空間が無限に広がってるカンジでさ、扉からその向こうへずーっと白い道が続いていて。運び役の小人は、真っ黒な空間の白い道を進んで、その先の階段を上って、踊り場にいる針の番人に、報告書を手渡すんだ」

 ミヤくんは、ちょっと怪談話をするような、重たい話し方で、運び役の行き先を告げた。

 ん?

 針の番人の仕事って確か――。

 僕はイヤな予感がして、自分の胸に手を当てた。

「針の番人は、報告書を受け取ると、報告書にいちおう目を通すんだ。そんで『こりゃ、悪いことしちゃったな』って――針で心臓を突っつく!」

 ミヤくんは、無情に言い放った。 

                                                つづく


 お読みいただき、ありがとうございます。

 仕分け人と針の番人が登場しましたが、ここではまだ、なんでこんな仕事人がいるかわからないと思います。その「なんで?」を、ここから、ミヤが解き明かしていきます。

 「なんで?」がわかってくると、仕分け人と針の番人の使い方がわかってくると思います。

 この作品を読んだ方の心が、少しでも穏やかになりますように――。


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