記憶 2
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――今度はあなたが、兄上のためにどうするかを、選択する番です。
沙良はベッドの上に座って、クラウスの言葉を反芻していた。
手の中にはクラウスから渡された小瓶がある。
これを飲むと、仮死状態になるらしい。仮死状態というものがどういう状態なのか沙良にはちっともわらかなかったが、なんとなく言葉の響きから危険そうな気がする。
(でも……、忘れた記憶が探せるって言ってた)
同時に、失敗すれば二度と目覚めないかもしれないとも言っていたけれど。
沙良はどうしていいのかわからずに、部屋を照らす光に小瓶をかざす。小瓶は光に透かすとキラキラと輝いてとてもきれいだ。
「あら、沙良ちゃん、それなぁに?」
「あ、ミリアム」
セリウスが沙良の周りをうろつかなくなって、ミリアムは自分の部屋に戻っていたが、沙良の部屋に頻繁に訪れるのは相変わらずだった。
寝ようと思っていたけれど眠れそうになかったので、ミリアムが来てくれたのはちょうどよかった。
ミリアムはベッドの端に腰を下ろすと、沙良の手元を興味津々な様子で覗き込んでくる。
眠る前なのだろうか、胸元の大きく開いた夜着を身に着けているミリアムは同性の沙良の目から見てもひどく扇情的で目のやり場に困るが、当の本人はちっとも気にしていない様子で、沙良から小瓶を受け取ると小首をかしげた。
「綺麗な小瓶ね。なんだかどこかで見たことがある気がするけど」
「クラウス様にもらいました」
「お兄様に? ……あーっ、思い出したわ! お父様がお兄様に持たせた小瓶よ!」
ミリアムはそう言ったあと、何か嫌なことを思い出したように眉間に皺を寄せた。
「どうしたんですか?」
ミリアムから小瓶を返してもらいながら、沙良が不思議そうに訊ねる。
「ちょっとむかつくことを思い出したのよ」
「嫌なこと?」
ミリアムは足を高く組むと、その上に頬杖をついた。
「そう。聞いてくれる? お母様ったらね、クラウスお兄様に子供ができやすくなるお茶を持たせたのよ! それで、この前文句を言いに行ってきたんだけど、そうしたらなんて言ったと思う? 『ミリーちゃん。子供は若いうちに産んだ方が楽なのよ』ですって! わたしはまだ充分若いわよ! つーか、五百歳を超えて子供を産んだ人にそんなこと言われたくはないわ! わたしはまだ百歳どころか五十歳にもなってないわよ!」
よほど腹立たしかったのか、ミリアムが天井を仰いで「きーっ」と叫ぶ。
いろいろ次元が違いすぎてついて行けない沙良は曖昧に笑った。
そして、ふと思う。ミリアムもそうだが、力の強い魔族は長寿だと聞いたことがある。と言うことはシヴァももっともっと長く生きるのだろう。
(わたしだけ年を取って、一緒にいられるのなんて、シヴァ様にとっては、すごく短い時間なんだろうな……)
そして、沙良がいなくなったら、シヴァは沙良のことなど忘れてしまうのだろうか。
そう考えると、心が苦しくなって、沙良は胸の上をおさえる。
(……忘れられるのって、苦しい……)
想像するだけで苦しい。それならば、今、沙良はどれほどシヴァを苦しめているのだろうか。
沙良は小瓶を見つめる。
ミリアムがまだ腹立たし気に愚痴を言っていたが、沙良の耳にはもう内容は入ってこなかった。