後悔 4
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夜―――
セリウスはウイスキーのグラスを揺らしながら、ぼんやりとクラウスが伝えた父の伝言を反芻していた。
―――セリウスくん、男なら欲しいものは正々堂々奪いに行かなきゃだめだよ。
別に、沙良に魔法を使用したことを後悔しているわけじゃない。
しかし、「正々堂々」という言葉が妙に胸に突き刺さった。
(……正々堂々って言ったって……、そんなことじゃ沙良ちゃんは手に入らないじゃないか)
それを、思い知らされたからだ。
何をやっても、正攻法でどれだけ責めてところで、気持ちを伝えたところで、沙良の大きく黒曜石のように黒くつややかな瞳は、シヴァしか映さない。
それがわかっていたから、強引な方法をとることにしたのだ。
カラカラとグラスに入った氷が音を立てる。
苛立ち紛れにウイスキーを一気に胃に流し込んだ時だった。
コンコン、と遠慮がちに扉が叩かれる音がして、セリウスは顔をあげた。
立ち上がって扉を開くと、そこに立っていたのはリザだった。
いつも一つに束ねられている栗色の髪は、今は背中に流されて、部屋着だろうか、ゆったりとした黒のワンピースに身を包んでいる。
「どうしたの?」
ミリアムのお気に入りのメイドであるリザとは何度も顔を合わせているが、彼女がこうして一人でセリウスの部屋を訪ねてきたのははじめてだった。
どうぞ、と促すと、リザは少し逡巡したのち、セリウスの部屋の中に足を踏み入れる。
「飲んでいたんだけど、君も飲む?」
ウイスキーのボトルを指せば、リザはゆっくりと首を振った。
いつもピンと背筋を伸ばしているから気がつかないが、ソファに腰を下ろした彼女は小柄だった。
背が高く見えるのは顔が小さいからと、全体的にほっそりしていて、縦に長く見えるからだろう。
髪を下ろしているリザは、いつもより少し雰囲気が幼い。
しかし、彼女の浮かべる表情は硬く、ひどく緊張しているようにも、怒っているようにも見える。
リザは膝の上でぎゅっと手を握りしめると、意を決したように口を開いた。
「殿下の……、今回のやり方は、卑怯です」
「は?」
唐突に非難されて、手酌でグラスにウイスキーを注ぎながらセリウスが目を丸くする。
「沙良様がほしいなら、どうして正々堂々好きだと言わないんですか? 今回みたいな強引なやり方は……、なにより沙良様が、かわいそうです」
セリウスはきゅっとウイスキーのボトルに蓋をして、リザに冷ややかな視線を向ける。
「なに? そんなことを言いに来たの?」
奇しくもクラウスから父の伝言として「正々堂々」と同じことを言われていたセリウスは、苛立ちを抑えられなかった。
「君、自分の立場がわかっている?」
「差し出がましいことと承知しています。でも……、あなたは、少し人の気持ちをないがしろにしすぎる。もう少し、人の気持ちを考えてください」
「メイドのくせに―――」
思わず怒鳴りつけようとしたセリウスだったが、リザが膝の上で握りしめている拳が小刻みに震えていることに気がついて口を閉ざす。
(……なんだよ、怒られるのを覚悟で、こんなくだらないことを言いに来たのか)
リザの顔は、気丈にもセリウスに向いていた。しかし、よくよく見ると顔は青く、唇はきゅっと引き結ばれている。
セリウスが本気で怒ったら自分がどうなるか―――、そんなことはわかっていて来ているのだと、その姿を見るだけでわかった。
まるで、殺される覚悟までしてきましたと言わんばかりのリザに、セリウスは嘆息する。
(あーあ、完全に悪者か……)
自分がしたことを思えば仕方がないのかもしれない。だが、傷つかないわけではないのだ。
「帰りなよ。君がミリアムを、そしてミリアムが好きな人を大切にする気持ちはわかっているよ。だけど、今回のは無謀すぎだ」
セリウスはウイスキーのグラスに口をつけながら言うと、リザが驚いたように目を見開く。
「あいにく、俺は女の子を殴る趣味は持ち合わせていないんだ」
どうでもいいことのように告げると、リザは驚いた表情のまま、のろのろと立ち上がった。
最後に、「失礼なことを申し上げてすみません」と頭を下げられるが、そちらを向かないのはセリウスの意地だった。
リザが出て行ったあとも、セリウスはちびちびとウイスキーを舐めるように飲んでいたが、グラスが空になると、やおらそれを振りかぶった。
ガシャン―――
壁に向かって投げつけたグラスは、ゴンッという鈍い音とガラスの割れる音を同時に響かせて、粉々に砕け散る。
セリウスはソファに身を投げ出すと、静かに目を閉じた。