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旦那様は魔王様!  作者: 狭山ひびき
旦那様は魔王様
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後悔 1

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 ―――沙良が変だ。


 セリウスは大きな本棚の前で腕を組んで唸った。

 発動させた魔法は完璧かんぺきだった。沙良の記憶はきちんと書き換えられたはずだ。


「記憶だけじゃ、ダメなのか……?」


 セリウスは分厚い本の背表紙を目で追いながら考える。

 ここは、双子の弟であるクラウスが使っていた部屋だった。


 三度の飯より本が好きという特異体質の変人は、魔界全土から古代魔法に関する本をかき集めてはせっせとため込んで、今では広い部屋の壁一面本棚で埋め尽くされているほどである。

 それでも、城から出て外で生活する際に、持っていた本の半分程度は持ち出したと言うのだから、いったいどれほどの蔵書があるのだと呆れるしかない。

 だが、そのおかげでセリウスは苦労せずに貴重な本にありつけるわけで、そういった意味では感謝していなくもなかった。


「記憶だけじゃだめだとすればどうしたら……。惚れ薬か?」


 そう言えば、昔、遊び半分で作ったなかなか強力な惚れ薬があったような―――


(ああ、バードにあげたんだった。もったいないことをしたな)


 まあ、手元にあったとしても、あれはくいを直接心臓に打ちつけて発動させる強力魔法だから、正直沙良には使いたくない。可哀そうだ。

 うーん、とセリウスが頭を悩ませていると、カタンと背後で物音がした。


「感情は、簡単に操作できるものではありませんよ。たとえ記憶を消したとしてもね」


 セリウスが振り返るのと、背後から声がするのはほぼ同時。

 金髪に赤い瞳、片眼鏡をつけたセリウスと瓜二つの顔立ちの男が部屋の入口に立っていた。


「げ」


 セリウスは男―――双子の弟クラウスの姿を見た瞬間、思いっきり顔をしかめた。


「何が『げ』ですか。勝手に人の部屋に入り込んで」

「……お前、いつ戻って来たんだ」

「つい先ほど。シヴァ兄上にはまだ挨拶はしていませんが、あなたがこの部屋に入って行くのを見つけたので、どうせろくでもないことを考えているのだろうとつけてきました」


 クラウスは片眼鏡を指の腹で押し上げて、はあ、と嘆息した。


「本当に昔から、あなたはろくなことをしませんね」

「うるさい!」


 セリウスはぷいっと顔をそむける。

 セリウスはクラウスが苦手だった。

 そっくりな顔立ちの双子の弟だが、昔からこの堅物とはどうも反りが合わない。顔を合わせるたびに理屈っぽい口調で人のダメ出しばかりするのもいただけない。


「しかし、驚きました。あなたが自分以外の他人に興味を持つなんて。やり方はいただけませんが、それほどその『沙良』とかいう女性は魅力的なんですか?」

「古代魔法が恋人のようなお前にはわからないだろうよ」

「自分自身が魔界の誰よりも大好きなナルシストに言われたくはありません」


 セリウスはちっと舌打ちした。

 確かに、セリウスが自分と身内以外に興味を持つのははじめてかもしれない。だが、仕方がないじゃないか。ほしかったのだ。理屈なんか知らない。

 最初は確かに興味本位だった。

 あの偏屈で堅物で他人に興味がなく、愛だの恋だのとは一生無縁そうな兄をあそこまで変えたあの小さな少女は何者なのかと。

 だが、特別彼女に何かあるわけではなく、強いて言えば、天然で素直で少しドジでお人よし―――、それだけだ。それなのに、気づいたらほしくなっていた。兄から奪って手に入れたくなったのだから、仕方がないだろう。


「それでお前は何しに来たんだ」

「ちょっと父上に頼まれごとをされたので。ああ、あなたにも伝言がありますよ」

「俺に?」


 セリウスは自分と似た顔立ちの父親を思い浮かべた。いつもニコニコ笑っている父親だが、実はかなり腹が黒いことを知っているのは、おそらく兄弟の中でも自分だけだと思う。あの人だけは敵に回してはいけない。自分勝手なセリウスが唯一逆らわないのが、父だった。


 セリウスは嫌な顔をした。

 今回のことで、もし父が何か口出しをしてくるのなら、非常にやりにくくなる。

 基本、子供の自由と自己性を尊重すると言って、子育ては放任主義だった父親が、幼少期をとっくに過ぎた今、口出ししてくるとは思えないが―――

 クラウスは片眼鏡をはずし、袖口でレンズをふきながら、どうでもよさそうに言った。


「『セリウスくん、男なら欲しいものは正々堂々奪いに行かなきゃだめだよ』だそうです」

「……は?」

「私は兄上に挨拶に行きますので私はこれで。そうそう、あなたもわかっていると思いますが、惚れ薬にはそれほど持続性はありませんよ。それでは」


 クラウスはひらひらと手を振って部屋を出て行く。

 セリウスはしばらく茫然と立ち尽くしていたが、やがて、ぱたんと閉じた扉を睨みつけて忌々し気に吐き捨てた。


「はじめからずっと見ていやがったな、あの野郎……」




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