消えた記憶 4
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―――氷のように冷たい目をした人が、じっと見下ろしてくる。
沙良の首に絡みつくのは、同じく氷のように冷たい指。
見開いた目いっぱいに涙をためて彼を見上げたところで、沙良はハッと目を覚ました。
「沙良様、お目覚めですか?」
肩で息をしながら目覚めた沙良の耳に、優しい声が届いて、沙良はのろのろと上体を起こした。
部屋のカーテンを開けているのは栗色の髪を一つに束ねている女性で、沙良は見覚えのない顔に首を傾げる。
沙良のもの言いたげな視線に気づいたのか、彼女は振り返るとにっこりと微笑んだ。愛嬌のある顔立ちの女性だった。
「ご挨拶が遅れてすみません、リザと言います。ミリアム様つきのメイドですが、しばらく沙良様の身の回りのこともさせていただくことになりました。よろしくお願いいたしますね」
ミリアムから、おそらくリザのことを沙良は覚えていないだろうと言われていたので、リザは戸惑うことなく自己紹介をする。
「ミリアムのメイドさんなんですか?」
沙良はベッドから起き上がると、ぺこりと頭を下げた。
「沙良です。よろしくお願いいします」
どうしてミリアムのメイドが沙良の身の回りのことをするのかと疑問にも思ったが、自分がこの城でどのような暮しをしていたのか、なぜか思い出すことができないので、むしろ誰かがそばにいてくれるのはありがたかった。ミリアムのメイドなら安心だ。
部屋のカーテンを開け終えたリザが沙良のためにハーブティーを煎れてくれていると、部屋の扉がノックされてミリアムが顔を出した。
「沙良ちゃん、おはよう! 気分はいかが?」
真っ白なホルターネックのドレス姿のミリアムは、にこにこ笑いながらソファに座っている沙良のところまで歩いてくる。
まだ少し頭がぼんやりするけれど気分はいいと沙良が答えると、ほっと息をついたミリアムが言った。
「それなら、朝ごはんを食べたらお菓子でも作らない? アスヴィルがクッキーを焼くんですって」
「お菓子ですか? でも、お菓子なんて作ったことないけど……、アスヴィル様の邪魔にならないでしょうか?」
沙良が答えると、ミリアムは一瞬悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて首を振った。
「邪魔になんてならないから大丈夫よぉ。アスヴィルもきっと沙良ちゃんと一緒にお菓子を作りたいはすよ」
そうだろうか。沙良は厳つい顔をしたアスヴィルを思い出して難しい顔になった。アスヴィルとはほとんど話したことがなく、ミリアムの夫であることしか知らない。正直、近寄りがたいし、ちょっと怖い。けれども、せっかくのミリアムの好意を無碍にできないので、沙良は小さく頷いた。
「わかりました。じゃあ、お願いしてもいいですか?」
お菓子ができあがったら、セリウスにでも差し入れしよう。そう思いついた沙良は、ふと考え込んだ。
(そういえばセリウス様、どこにいるんだろう?)
結婚して、一緒に暮らしていたはずだ。
昨日この部屋に連れてこられたことといい、どうして部屋が別々なのだろうかと、沙良は疑問に思った。