星降る夜に 6
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シヴァの誕生日当日。
その日はシヴァのお願いして、アスヴィルと時間のかかるお菓子を作るからと朝からシヴァの執務室を出た。
アスヴィルと手分けをして大きなケーキを焼いている間、ミリアムとリザが沙良の部屋を飾り付けてくれている。
セリウスも誘ったが、彼は「俺がいると兄上の機嫌が悪くなるから、今日はやめておくよ」と珍しく消極的なことを言って辞退された。
「アスヴィル様、蝋燭用意できました!」
ケーキが大きすぎて沙良ではデコレーションがうまくできないので、アスヴィルに仕上げを任せて蝋燭を取りに行っていた沙良は、腕に抱えるほどの蝋燭を持って戻ってくる。
「……本当に、それを全部使うのか?」
大量の蝋燭を見て、アスヴィルが念押しで確認してきた。
沙良の腕にはシヴァの年の数だけ―――つまり、三百四十六本の蝋燭がある。ケーキはものすごく大きい上に三段重ねで、蝋燭は一本当たりが小さいので、つけてつけられないことはないが―――
「いくら何でも、多すぎるのではないか?」
「でも、ミリアムがケーキに蝋燭を灯したらロマンチックって」
「そうだとしても……」
限度がある。
アスヴィルは悪戯好きの妻の顔を思い浮かべた。ミリアムは沙良が三百四十六本もの蝋燭をケーキに飾ろうとしていることを知っている。沙良が「じゃあ年の数だけ蝋燭を飾りましょう!」と言い出したとき、「いいわねぇ」と頷いたのはほかならぬミリアムだからだ。
おおかた、ロマンチックと面白さを天秤にかけて、面白さを選んだ結果だろう。
「せめて、四十六本くらいにしたらどうだ……?」
それでも十分多いが、三百四十六本よりはましだ。だが、沙良は頑なに首を振った。
「年の数の蝋燭を吹き消してもらうのがいいんだって、ミリアムが言ってました!」
「……そうか」
幾度となくミリアムに悪戯をされていると言うのに、ミリアムの言うことを真に受けて信じるのだから、沙良も大概人を疑うことを知らない。
果たして三百四十六本の蝋燭をシヴァが吹き消すのだろうか。
おそらく用意された蝋燭の数に驚いて言葉を失うと思う。そういった意味では、ある意味、シヴァを驚かせたいという沙良の希望はかなえられるだろう。もっとも沙良が言わせたいという「わあ!」は言わないだろうが。
アスヴィルがデコレーションしたケーキに、嬉しそうにプスプスと蝋燭を差していく沙良を見ながら、まあ、シヴァのことだから沙良が楽しそうならいいとすべてを許すのだろうなと、沙良の存在でだいぶ丸くなった友人を思い、アスヴィルは苦笑するのだった。
☆
夕方になり、誕生日パーティーの準備が整うと、アスヴィルはシヴァを呼びに彼の執務室へ向かった。
許可をもらって入室すると、眉間に皺を刻み、恐ろしく機嫌の悪そうなシヴァが、書類に印璽を叩きつけながら顔をあげた。
「沙良はどうした」
朝からずっと戻らない沙良が気になって仕方がないらしい。
アスヴィルは気が進まないながらも、シヴァをパーティー会場である沙良の部屋まで連れてくるためにミリアムが考えた一言を口にした。
「……セリウス殿下が沙良を抱きしめて離しません」
棒読みになってしまったのは仕方ない。だが、シヴァはさっと顔色を変えると、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。―――この友人が嫉妬深い性格だったことも、沙良来るまで知らなかった事実だ。
シヴァはもうアスヴィルには目もくれずに、一目散に部屋から飛び出した。
沙良が今どこにいるのかも知らないくせに―――、と嘆息しながら、アスヴィルはシヴァのうしろを追いかけながら、沙良の居場所を伝えたのだった。
☆
シヴァが沙良の部屋に飛び込んだとき、そこに沙良の姿はいなかった。
部屋の中は無駄にキラキラと飾り付けられており、部屋の中央には大きなテーブルが用意されて、三段もある非常に大きなケーキと、さまざまな料理が並んでいる。
「…………。沙良はどこだ」
シヴァは一瞬部屋を間違えたのかと思ったが、沙良の部屋であることを確かめると、部屋の中で優雅に紅茶を飲んでいたミリアムに訊ねた。
ミリアムはソファに座ったまま、にっこりと微笑んだ。
「どこかしら?」
「おい」
「あらぁ、だってお兄様、わたしもわからないもの」
シヴァは後ろからやってきたアスヴィルを振り返るが、どうやらミリアムに何か言われているらしい彼は、気まずそうに視線をそらした。
何か企んでいる。シヴァは瞬時にそう判断し、ぐるりと部屋の中を見渡した。そして、部屋の隅に巨大な箱がおいてあるのを見つけて目を細める。
「なんだあの箱は」
沙良の部屋に、あんなものはなかった。
ミリアムはけろりと答えた。
「あれは沙良ちゃんへの新しいプレゼントよ! お兄様、今日は沙良ちゃんが来て三か月目の記念日だもの。お祝いしなくちゃ。でも、肝心の沙良ちゃんがどこにもいないの。セリウスお兄様が抱きかかえてどこかに連れて行っちゃったのよ」
シヴァはますます胡乱そうな顔になった。
セリウスは隙を見ては沙良にべたべたとくっついているが、部屋から連れ出そうとするのをミリアムが黙ってみているはずはない。そもそも、沙良にはくれぐれもセリウスと二人きりになるなと言い含めてあるのだ。それを破ってうかうかとついて行くことはないだろう。
シヴァはふぅ、と息を吐きだすと妹を睨んだ。
「沙良は、どこだ」
「ちっ」
ミリアムは舌打ちした。
「面白くないわぁ。城中沙良ちゃんを探し回ってくれたらいいのに」
「ミリアム」
シヴァが怒気をはらんだ声を出すと、ミリアムはティーカップをおいて立ち上がった。
「もう少し遊べるはずだったんだけど、いいわ。―――リザ」
「はい」
窓際に立っていたリザが、部屋のカーテンを閉めはじめた。シヴァはますます怪訝そうな顔をするが、どうやら誰も説明をする気がないらしい。
リザが部屋のカーテンをすべて閉ざして部屋が薄闇に包まれると、パチンとアスヴィルが指を鳴らす。目の前のケーキの蝋燭に炎が灯り、部屋を赤く照らした。それにしても―――
「なんなんだこれは」
山のように突き立てられた蝋燭のせいで、ケーキそのものが燃えているように見える。
ミリアムたちのしたいことがさっぱりわからない。馬鹿馬鹿しくなったシヴァが、沙良を探すため部屋を出て行こうと踵を返したとき。
「ハッピーバースデートゥユー……」
突然歌声が聞こえだして、シヴァの眉をひそめた。声が沙良のものだったからだ。
「沙良?」
部屋を見渡すが、沙良の姿はない。
だが歌声は聞こえてきて、シヴァは声がどこからしてくるのかを探した。そして、ふと部屋の隅にある大きな箱に目を止める。声は、あの中から聞こえてきた。
「……沙良?」
まさかと思いながらシヴァが箱に近づいていく。すると―――
「お誕生日、おめでとうございます!!」
シヴァが箱に手を伸ばそうとしたまさにのそのとき。目の前でバンと箱の上蓋が開いて、沙良が飛びだしてきた。
「―――……」
シヴァはぴしりと固まった。
両手に花束を抱えた沙良が、胸から下を箱の中に入れたまま、キラキラした目でこちらを見ている。
妙に期待のこもった目で見つめてくるが、シヴァがいつまでたっても固まったままなのを見て、その細い首が小さく傾いた。
「あれ?」
「……だから言ったじゃないか、わあ、なんて言わないと」
シヴァのうしろで、アスヴィルが嘆息している。
「シヴァ様、驚いてないですか?」
沙良が訊ねると、シヴァの硬直がようやく溶けた。
「……いや、驚いたかと言われれば、驚いたが……」
半分呆れたと言えば沙良が落ち込むのでその言葉は飲み込んで、シヴァが苦笑を浮かべると、沙良が嬉しそうに破顔する。
「ほんとですか! 驚いてくれたんなら、わあ! じゃなくてもいいです」
わあ! と言わせたい理由はわからないが、沙良が満足したならいいだろう。
いまだに状況を理解していないシヴァだが、どうやら今日は自分の誕生日らしいと思い当たり、沙良が祝おうとしてくれたのだと合点した。
沙良に差し出された花束を受け取り、彼女の頭を撫でてやると、にこにこと嬉しそうにしている。
「シヴァ様! 蝋燭消してください!」
「蝋燭?」
シヴァが巨大ケーキを振り返ると、炎と一体化しているように見えるケーキが煌々と輝いていた。
「……消す?」
まあいいか、とシヴァがパチンと指を鳴らす。途端に蝋燭の炎が消え、薄闇に包まれた室内がシーンと静まり返った。
「シヴァ様……、吹き消してほしかったです……」
がっかりしたような声を沙良があげるのとほぼ同時くらいに部屋のカーテンが開けられて、部屋の中に明かりがさした。
シヴァは沙良から受け取った花束をテーブルの上におく。
「それはそうと、沙良、お前はいつ箱から出てくるんだ?」
シヴァが不思議そうに言えば、箱の淵に手をかけた沙良が恥ずかしそうにうつむいた。
「その……。出られないので、出してほしいです……」
箱に入ったはいいが、出ることを考えていなかったらしい。
シヴァは笑って、沙良に手を差し出した。