星降る夜に 5
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―――勉強したい。
沙良がそう告げたとき、シヴァは怪訝そうな顔をした。
「勉強?」
試作品で作った、イチゴがたくさん乗ったケーキをシヴァに差し出しながら、沙良はこくんと頷く。
「はい。ミリアムが、そろそろちゃんとお勉強をした方がいいって言うんです」
「べつに今のままでもかまわないぞ。無理して学ぶ必要はない」
「無理じゃないです。わたしもお勉強してみたいです」
シヴァが用意してくれた紅茶に砂糖を落としてかき混ぜながら、沙良はにこにこと答える。
ミリアムが言い出した作戦。それは沙良の家庭教師としてリザを送り込み、手紙を使って作戦を練ろうと言うものだった。つまり、リザを手紙の橋渡し役にして、手紙で相談しあおうというのだ。
そして、三日に一回のお菓子作りの日に、やりとりをした手紙の内容についてもっと詳しく話し合う。これなら少しずつだが計画も前進する。
「そうか……。まあ、お前がしたいなら、家庭教師を用意してやろう」
「あ、それならリザさんが教えてくれるって言ってました!」
「リザ? ミリアムの気に入りのメイドか? あいつなら暇を取って実家に帰っているだろう」
「今日帰ってきましたよ。ごあいさつしました」
「なるほどな……」
シヴァは少し考えこんだ。リザなら沙良を害する心配もないだろう。
「まあ、いいだろう」
「ほんとですか!?」
「ああ。だが、この部屋でだ」
「はい! 奥の書斎を借りてもいいですか?」
「かまわない。あそこは好きに出入りしていいぞ。キッチンもあるだろう」
「ありがとうございます!」
沙良は、ぱあっと顔を輝かせる。シヴァは苦笑を浮かべながら、ケーキの上に乗ったイチゴをフォークで刺して沙良の口元に持って行った。
「ほら。好きだろう、イチゴ」
沙良は素直に口を開けてイチゴを食べさせてもらう。クリームのついたイチゴは甘酸っぱくて、幸せそうな顔をして口を動かす沙良に気をよくしたシヴァは、すぐに次のイチゴを沙良の口元に寄せた。
そうして、大半のイチゴを沙良に与えたあと、シヴァが残ったケーキを食べるのを見て、沙良は誕生日にはイチゴのケーキはやめようと思った。
(シヴァ様、全部わたしにくれるんだもん……)
誕生日パーティーの日にイチゴのケーキを用意したら、シヴァは同じように自分の分のイチゴはすべて沙良に差し出すだろう。せっかくの誕生日パーティーの主役に、イチゴを取って残ったほとんどクリームだけのケーキを食べさせるわけにはいかない。
沙良は違うケーキのレシピをアスヴィルに教えてもらおうと心に決め、仕事に戻ってシヴァの膝の上で、小説を読みながら夕食の時間までをすごしたのだった。
☆
こうして、順調にシヴァの誕生日パーティーの計画が進みはじめた、ある日のことだった。
「流れ星、ですか?」
アスヴィルの部屋で新たなバースデーケーキの試作品を作っていた沙良は、ミリアムがにこにこしながら告げた情報に目を輝かせた。
リザが紅茶を煎れる手を止めて、「そういえば、そんな時期ですね」とつぶやく。
十数年に一度の周期でやってくる流星群。それが、今回はちょうどシヴァの誕生日の夜らしい。
「そう。いいタイミングよね。せっかくだから、パーティーのあと、お兄様と二人っきりで星を眺めるのも素敵じゃない?」
沙良はその案にすぐに食いついた。
「素敵です!」
だが、キラキラと輝いた表情は次の瞬間、一転して曇ってしまった。なぜなら、勢い余って、手に持っていた生クリームが入った絞り袋を強く握りしめてしまい、デコレーション中だったケーキの上にぶちゅっとぶちまけてしまったからだ。さらに飛び散ったクリームが頬や髪にまでついてしまい「うー」っと眉を寄せる。
「やっちゃいました……」
せっかく、途中まで可愛くデコレーションできていたのに。
しょんぼりする沙良の隣で、ふりふりエプロン姿のアスヴィルが苦笑する。
「仕方ないから、上にフルーツを乗せるなりして誤魔化すか」
クリームを落とし、もう一度デコレーションし直していると時間がない。沙良はアスヴィルの案に乗ることにして、カットした数々のフルーツをケーキの上にこんもりと乗せた。
いろいろ考えて、シヴァの誕生日は、イチゴのケーキではなく、複数のフルーツを使ったケーキにすることにしたのだ。イチゴだけの場合、シヴァはイチゴをすべて沙良の口の中に運ぼうとするから。
出来上がったケーキを持って、ミリアムが座るソファの方へ移動すると、リザが人数分の紅茶を用意してくれる。
「星は部屋からでも見えるでしょうけど、東の塔の上が一番きれいに見えるかしら。お兄様に言ったら連れて行ってくれると思うわ。……星を見ながら、愛を語り合うの。いいわぁ、ロマンチックだわぁ、すてき……!」
アスヴィルがケーキを切り分けて、それを口に運びながらミリアムがうっとりと言う。
「……ミリアム、俺たちも」
暇さえあればミリアムとイチャイチャしたいアスヴィルが便乗すれば、ミリアムが頬に手を当てて「そうねぇ」と頷く。
「東の塔は沙良ちゃんとお兄様にラブラブしてほしいから、わたしたちは部屋のバルコニーでゆっくり見ましょ」
「ミリアム……!」
妻を溺愛しているアスヴィルは、今にもミリアムを抱きしめたくてうずうずしているようだ。だが、ミリアムは素知らぬ顔で、
「いい? 沙良ちゃん。塔の上で星を見るときは、お兄様の隣に座って、手をつないで見るのよ」
「手ですか?」
シヴァにはよく抱きかかえられているが、よくよく思い出してみれば、手をつないだことはほとんどない。
「そうよ! 手をぎゅっと、こう、指を絡めてぎゅうってつなぐのよ!」
「指を絡めて……」
沙良はそれに何の意味があるのだろうと首をひねるが、ミリアムはうきうきした顔で続けた。
「そうして星を見ていたら、そのうちきっといい雰囲気になるから! いい雰囲気になったら、沙良ちゃんはじっとお兄様を見上げるのよ! あとは何もしなくてもいいから!」
どうやら、兄夫婦の仲をどうにかして進展させたいミリアムは、何をしてもシヴァが動かないので、沙良を焚きつけることにしたらしい。
リザは興奮して鼻血をふきそうなミリアムにこっそりと嘆息する。恋愛小説が三度の飯よりも大好物なミリアムは、人の恋路でリアル恋愛小説の世界を楽しみたいようだ。
だが、これだけあからさまに語るミリアムの横で、よくわからない顔をして首をひねりながら「はあ」と曖昧に頷いている沙良もすごい。鈍すぎる。
リザは沙良のティーカップに紅茶を注ぎ足しながら、ミリアムが暴走しないうちに止めておこうと口を挟んだ。
「沙良様、あんまり真面目に聞かなくても大丈夫ですよ。それより、夜は少し冷えますから、ブランケットをもって行ってくださいね」
「なによぅ、リザってばひどいわ」
「ミリアム様。こういうものはその時の状況によるのですから、あまり外野が口を出すものではありませんわ」
「えー」
ミリアムは口を尖らせた。
「つまんなぁい。沙良ちゃんだって、お兄様とラブラブしたいわよ。ねー?」
「ラブラブ……?」
ラブラブって何だろう、と沙良は考え込んだ。手はつながないが、よく膝の上に抱っこされてるし、食事の時もたまに「あーん」したりされたりしている。最近は同じベッドの中でぎゅって抱きしめられながら――ほとんど抱き枕にされながら―――眠っている。充分ラブラブではないだろうか。これ以上ラブラブと言うのなら――
「……キス、とか?」
恋愛小説の中では、恋人たちはキスをしていた。
自分で言って顔を真っ赤に染めた沙良は、もじもじとうつむいてしまう。シヴァとキス。ダメだ、恥ずかしすぎる。
「いやあぁん、沙良ちゃんかわいいっ」
ミリアムはむぎゅっと沙良を抱きしめた。
「もういっそ、わたしがキスしたいわぁ!」
「ふぇっ」
そう言ってミリアムが沙良の頬にちゅっと口づけるから、沙良はびっくりしてソファに座ったまま飛び跳ねた。
「ミリアム様、だめですよ! 沙良様が困ってます! それに……、アスヴィル様が灰になりそうです」
リザがちらちとアスヴィルに視線を投げながら、嘆息交じりにそう告げると、ミリアムはあきれた顔をしてアスヴィルの隣に移動した。
「いやぁねぇ、沙良ちゃんにまで焼きもちってどうなの?」
ミリアムはよしよしとアスヴィルの頭を撫でる。灰になりかけていたアスヴィルがハッとしてミリアムを抱きしめると、「仕方ないわねぇ」と言いながらミリアムはアスヴィルの腕の中でおとなしくすることにしたようだ。
沙良はそんなラブラブな夫婦の様子を眺めながら、「キス……」と口の中でもごもごとつぶやく。
(シヴァ様とキス……、キス……)
想像するだけで照れてしまう。シヴァのことは大好きだが、まだ自分たちにはそれは早いような気がした。でも―――
沙良はさきほどミリアムにキスされた頬をおさえる。
(ほっぺくらいなら……)
いいかもしれない、と密かに思ってしまったことは、シヴァには絶対内緒である。