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旦那様は魔王様!  作者: 狭山ひびき
旦那様は魔王様
53/82

星降る夜に 3

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「え、今日からここで生活ですか?」


 シヴァの執務室に連れていかれた沙良は、目をぱちぱちとしばたいた。

 沙良を連れて執務室に戻ったシヴァは、ソファにどかりと腰を下ろすと、膝に抱えた沙良の頭を撫でながら「お前は今日からここで生活しろ」と言った。

 三部屋が続いているシヴァの執務室兼自室は、廊下の扉を開けてすぐの部屋が執務室で、扉でつながっている残りの二部屋が寝室とシヴァの書斎だ。

 以前アスヴィルに聞いた話によると、城には魔王の執務室が別に設けられているらしいのだが、いちいち移動するのが面倒だと言って、シヴァは自室の一部屋を執務室に改造したらしい。

 つまり、執務室で生活しろということはシヴァと同じ部屋で寝起きしろということである。


(どうして?)


 沙良は首をひねった。

 どうしてシヴァがそんなことを言いだしたのか、沙良にはさっぱりわからない。

 理由はわからないが、シヴァの眉間の皺がとても深くて、ここで断ったら、眉間の皺はもっと深くなるんだろうな、と思うと逡巡してしまう。

 シヴァと同じ部屋で寝起きするのは、離宮の時もそうだったから少し慣れているが、やっぱりまだ少し恥ずかしい。

 朝目が覚めると抱き枕にされているのも、いまだに慣れなかった。

 それに―――


(シヴァ様のサプライズパーティーの計画が進まない……)


 一日の大半をシヴァの膝の上で過ごしている沙良は、なかなかシヴァの誕生日パーティーの準備ができていない。シヴァの誕生日まで残りひと月もないのだ。このまま夜も朝もシヴァのそばにいたら、何もできないまま誕生日をむかえてしまう。


(どうしよう……)


 沙良が難しい顔で考え込んでいると、案の定シヴァの眉間の皺がもっと深くなった。


「考え込んでどうした。俺に言えないことか?」


 ドキーンと沙良の心臓が跳ねた。


「え、な、何を言ってるんですか?」


 あわあわしながら沙良が答えると、途端シヴァの表情が不機嫌になる。


「隠し事か?」

「か、隠し事なんか、してませんよ!」

「嘘をつけ」

「嘘じゃ、ありませんよ……?」

「誤魔化すな」

「ご、誤魔化してなんか、ないですよっ。と、とにかく、なんにも秘密にしてなんか、いないです……!」


 シヴァがすっと目を細める。

 沙良は必死でごまかそうとするが、しっかり目が泳いでいて、到底隠せるはずもない。それでも「知らない知らない」と言い続けると、一層機嫌を悪くしたシヴァが、口の端だけを持ち上げた。しかし、まったく目が笑っていない。


(こ、怖い……)


 何やら怒らせたらしいと気づいた時は遅かった。

 シヴァは沙良の真っ白い頬を両方からぷにっとつまむと、ぐっと顔を近づけてこう言った。


「いいな? 今日からお前はここで生活をするんだ」


 これは命令だ、とむにむに頬を引っ張られながら言われて、ちょっとだけ痛かった沙良は、怒られるのが怖くて、涙目でコクコクと頷いたのだった。



     ☆



 翌日、シヴァから「お茶会禁止令」が出された。

 横暴だ、と思うが、シヴァの機嫌は昨日からあまり直っていなくて、ぐずぐず言うとまた頬をぷにぷに引っ張られそうなので、沙良はシヴァの膝の上にちょこんと座っておとなしくしておくことにする。

 だって、誰かに頬を引っ張られたのは生まれてはじめてだったが、あれはちょっと痛かった。おそらくシヴァはかなり加減してくれたのだと思うが、そうであってもできればもうされたくない。

 唯一シヴァから許しが出たのは、セリウスが近寄らないアスヴィルとのお菓子作りだったが、それも三日に一度という制約をつけられた。


(三日に一度……うう、計画が進まないです……!)


 昨日のお茶会は途中からセリウスが乱入してきたので、サプライズパーティーの打ち合わせは少ししかできなかった。

 決まっていることといったら、パーティーの会場は沙良の部屋で、ケーキは三段の大きなものを、沙良とアスヴィルで作る、ということまでだ。そのほかは案すら出ていない。


(どうしようどうしよう……っ)


 沙良は誕生日パーティーというものをしたこともなければ、されたこともない。どんなことをすればいいのかもわからないので、なかなか案が出てこないのだ。この上ミリアムと引き離されたら、右も左もわからなくなる。

 ケーキのみはいやだ。何もできなくても、せめて誕生日の歌くらいは歌いたいし、シヴァを「わあ!」と驚かせるため何か一つは用意したい。

 けれどバースデーソングを知らない沙良はミリアムに教えてもらわなくてはいけないし、一番の肝心かつ難関であるシヴァを「わあ!」と驚かせるプランは何も出ていない。


(すごいパーティーを計画して、お誕生日おめでとうって、言ってみたい!)


 誰かに「お誕生日おめでとう」と言った経験もない。生まれてはじめて「お誕生日おめでとう」と祝う相手がシヴァであることを沙良は嬉しく思ったし、絶対実行したかった。

 シヴァの膝の上で「むー」とか「うー」とか唸りながら考え込んでいた沙良は、シヴァが奇妙な目をして見下ろしていることに気がつかなかった。

 シヴァはしばらく沙良を見下ろしていたが、やおら書き物をしていた手を止めると、沙良を抱えて立ち上げる。


「ふわぁっ」


 考え事をしていたときに急に抱え上げられたので、沙良はびっくりしてシヴァの肩口にしがみついた。


「シヴァ様?」


 見上げと、シヴァは苦笑を浮かべている。

 沙良を抱えてソファの上に腰を下ろしたシヴァは、ポンポンと沙良の頭を撫でた。


「仕事は少し休憩だ」


 そして、パチンと指を鳴らす。

 突如、目の前のテーブルに熱々の紅茶が入ったティーカップが二つ登場した。


「退屈なんだろう? ほしいものがあれば用意してやるぞ」

「ほしいもの……」


 沙良は考え込む。本はミリアムがたくさん貸してくれた。ミリアムに教えてもらったカードゲームは、一人では遊べない。シヴァの部屋で、一人でも遊べるもの―――


「……キッチン?」


 お菓子作りができる、キッチン。それならばシヴァのバースデーケーキの練習もできるし、シヴァの好きなチョコチップクッキーもいつでも焼ける。


(いいかも……)


 もちろん、執務室にキッチンなんて作れるはずがないことはわかっている。だから、沙良はただ単に思いつくままに口にしてみただけだ。あるといいな、くらいの軽い気持ちで。

 シヴァの膝の上で紅茶を飲みながら、いつでも使えるキッチンがあったら楽しいだろうなという妄想をしていた沙良は気がつかなかった。

 妄想の世界に浸ってふわふわと笑っている沙良の顔を見ながら、シヴァがまじめな顔で考え込んでいたことに。




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