星降る夜に 2
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ここ数日、沙良の様子がおかしい。
シヴァは膝の上にあるものを抱き寄せるように左手を動かし、ふと今は膝の上はからだったと思い出すと、チッと舌打ちした。
つい十五分前まで、膝の上に沙良がいたのだ。
沙良を一人で部屋に残していると、セリウスがちょろちょろと沙良の周りをうろつくので、自身の心の安寧のために沙良を膝に抱えて日中をすごすようになったのだが、ここ数日、昼過ぎから夕方にかけての二時間ばかり、沙良はいつも「ミリアムとお茶会!」と言ってシヴァの膝の上から抜け出していた。
お茶会、とは言うが、何やらミリアムと二人でこそこそしているのは知っている。
それとなく問いただしても「お茶会です」しか言わない沙良に、シヴァは苛々いていた。「こそこそしているのはわかっている。隠していないですべて吐け!」と肩を揺さぶって白状させたくなるほどに。
(気に入らん……)
シヴァは印璽を放り出すと、執務机に頬杖をついた。
沙良が膝の上にいないと気になって仕事が進まない。連れ戻しに行きたいが、沙良が部屋を出て十五分だ。さすがに早すぎる。
シヴァは立ち上がると、部屋の中をうろうろと歩き回りはじめた。気になってじっとしていられないのだ。
「だいたい、茶が飲みたいならここで飲めばいいだろう」
とにかく、視界に沙良がいないと安心できない。
沙良は危機感がまったくないのだ。離宮にいたときだって、少し目を離せばふらふらと歩き回り、挙句に誘拐までされたのである。城には沙良を気に入って、「ほしい」と言って憚らないセリウスがいるのだ。心配で仕方がない。
シヴァは悩んだ挙句、迎えに行くのではなく茶会に行けばいいのだという結論に至った。執務の休憩がてら沙良とミリアムの茶会に行き、茶を飲んだあとに沙良を連れて戻ればいいのだ。
シヴァは、我ながら名案だとほくそ笑み、仕事を放り出して沙良の部屋に向かった。
果たして沙良の部屋にやってきたシヴァは、そこにセリウスの姿を認めて、ピキッと額に青筋を浮かべた。
ミリアムとのお茶会だと聞いていたのに、どうしてセリウスが沙良の隣に座って楽しそうに笑っているのだろう、
シヴァがイライラしながら大股で近づいていくと、沙良が気づいて顔をあげた。
「あ、シヴァ様」
「あらお兄様、どうしたの?」
「休憩だ」
シヴァは短くそう答えると、沙良をひょいと抱きかかえて、沙良が座っていたソファに腰かける。
膝の上に沙良を乗せて座った兄を見て、セリウスがあきれたような顔をした。
「兄上、大人げないですよ」
「うるさい」
「やれやれ……、沙良ちゃん、狭量な兄でごめんね?」
セリウスがシヴァを挑発するように笑って言うが、沙良はよくわからずに機微を傾げた。
「それで、どうしてセリウスがここにいる」
シヴァにじろりと睨みつけられてもセリウスはどこ吹く風で、飄々と答えた。
「ミリアムと沙良ちゃんがお茶会してるって聞いたので、混ぜてもらっているだけですよ。何か問題でも?」
「……別に」
個人的にはものすごく問題だが、ここで何か言おうものなら沙良が気にする。シヴァがため息をつくと、沙良が茶菓子の中からチョコチップクッキーを手に取って差し出してきた。
「はい、シヴァ様」
沙良がクッキーを口に近づけてきたので、シヴァは口を開ける。
沙良にお菓子を食べさせているシヴァを見て、ミリアムがポカンと口を開けた。無理もない、シヴァが人の手から食事をしているところをはじめて見たのだ。だがシヴァは、沙良を膝の上にのせているときに彼女がお菓子を口元まで持ってくるのは珍しくないし、片腕は沙良の腰に回していて使えないので、食べさせてもらった方が楽である。
真顔で、次々と沙良の手からお菓子を食べさせてもらっている兄に、ポカンとしていたミリアムの表情がだんだんと恐怖にひきつりはじめた。
「やだ……。天変地異の前触れかしら」
「ミリアム、それは言いすぎだとお兄ちゃんは思うな」
「だってお兄様、こんな光景見たことないわ」
「うーん……。まあ確かに、俺もはじめて見たときはすっごいびっくりしたけど」
こそこそとミリアムとセリウスがささやきあう声が駄々洩れで聞こえてくるが、シヴァはそれらをきれいに無視する。
「沙良、口の端にクリームがついているぞ」
そう言いながらシヴァが沙良の口元を親指の腹でぬぐったので、恐怖にひきつっていたミリアムの顔が、今度は花畑でも見たようにぱあっと輝いた。
一人百面相をしているミリアムにシヴァは怪訝そうな顔をするが、やはりそれも無視をして、親指の腹でぬぐい取ったクリームを舐めとる。
「いやーん。今夜はよく眠れそうだわぁ!」
うきうきしはじめたミリアムに対し、セリウスは一転仏頂面になった。
「うわ、もう砂吐きそう」
シヴァはギロリとセリウスを睨んだが、セリウスは知らん顔でマドレーヌを手に取った。
「沙良ちゃーん、じゃあ、沙良ちゃんには俺が食べさせてあげるね」
「余計なことをするな」
「兄上には言っていません」
はい、とセリウスにマドレーヌを近づけられて、沙良は逡巡した。けれど、唇をツンツンとマドレーヌでつつかれるので、「まあいいか」と口を開ける。
「美味しい?」
セリウスに訊ねられ、沙良が素直にこくんと頷いたとき、それを見たシヴァが片眉を跳ね上げた。
「沙良、もういいだろう」
沙良を抱きかかえたままシヴァが立ち上がる。
「え?」
目を丸くする沙良をよそに、シヴァはくるりと踵を返した。
「ちょ、ちょっとお兄様?」
「茶会は終わりだ。沙良は連れて帰る」
「つ、連れて帰るって……、ここ、沙良ちゃんの部屋なんだけど……」
ミリアムがブツブツ言っているのを完全に聞き流し、シヴァは沙良の部屋をあとにしたのだった。