終章
「ほんっと、いろいろあったわねぇー」
アスヴィルの腕の中で、ミリアムはしみじみとつぶやいた。
アスヴィルと両想いになって、今から五年前に結婚して、今日まで一緒にいたが、本当にいろいろあった。
アスヴィルはミリアムのこめかみに唇を寄せて、少しだけ眉を寄せた。
「あんまり、余計なことは思い出さないでくれ……」
「あらぁ、どうして?」
「……かっこよくなかっただろ」
ぼそり、と拗ねたように夫が言うと、ミリアムは笑い出した。
「やだぁ、今更なに言ってるのー?」
「……」
ミリアムはアスヴィルの首に腕を回して、青灰色の瞳を覗き込んだ。
「今も昔も、あなたはカッコ悪いし、カッコいいのよー?」
「……それ、ほめてる?」
「もちろんよぉ」
ミリアムはアスヴィルの首元にすり寄った。
「カッコ悪くてカッコいいあなただから、わたしはあなたが好きになったんだわ」
アスヴィルはぱっと目元を赤く染めた。
いまだに、ミリアムに好きだと言われると、心臓が壊れそうなほど嬉しくなる。
アスヴィルはミリアムを抱きかかえたままソファから立ち上がると、寝室のベッドまで移動した。
体重をかけないように気をつけながらミリアムを押し倒すと、彼女はくすくす笑いながらアスヴィルの背に手をまわした。
ミリアムのサクランボ色の唇に口づけを落として、そういえば、とアスヴィルは顔を上げる。
「嫌なことを思い出した……」
「あらぁ、なに?」
「君をはじめて押し倒したあの朝、容赦なく殴られて部屋から追い出された……」
「あー、あのとき」
ミリアムも覚えているようで、楽しそうにコロコロと笑う。
「だって、いきなり押し倒すんだものぉ。びっくりして殴っちゃったわ」
「……もう、殴らない?」
「どうかしらねぇ」
「殴らないでほしいな」
アスヴィルは、ミリアムの目じり、鼻先、頬、口の横へと唇を滑らせていく。首元に小さく吸い付くと、ミリアムが微かに身じろぎした。
アスヴィルはいまだに、ミリアムとこうしていられることが奇跡だと思う。
大嫌いからはじまって、ミリアムの好きを引き出すまで長かった。
パチンと指を鳴らして、部屋の灯りを落とすと、薄暗い室内に大好きな人の輪郭がぼんやりと浮かびあがる。
「ミリアム、愛してる」
キスの合間にささやけば、ミリアムから頬に一つキスを返してくれた。
アスヴィルはたまらなくなって、衝動的にミリアムの唇を塞ぐ。
朝方近くまでミリアムと愛を交わし、目覚めたとき、腕の中に愛しい人の可愛らしい寝顔を見つけたアスヴィルは、魔界で一番の幸せ者だと、おのれの幸運をかみしめたのだった。