魔界で一番愛してる 4
シヴァは、かれこれ一時間ほど目の前で笑み崩れてのろけ話を続けている友人に、白けた視線を向けていた。
晴れてミリアムの陥落に成功したアスヴィルは、よほど嬉しかったのか、夜、酒の瓶を片手にシヴァの寝室を訪れ、ミリアムがいかに可愛いかという議題でずっとしゃべり続けている。
ミリアムの実の兄であるシヴァ相手によくもそんなことができるものだと呆れるが、この友人が十一年もの間、一方通行の思いを抱えていたことを知っているシヴァは、少しならつきやってやるかと親切心を出した。
その結果、延々とアスヴィルの話を聞かされる羽目になり、いい加減嫌になってきたところだった。
「よこせ」
酒でも飲まないとやってられるか、とシヴァはアスヴィルの手から白ワインの瓶を奪うと、トクトクと手酌でワイングラスに注いでいく。
すでに三本ものワインボトルをあけているアスヴィルは、ほんのり赤く染まった赤い顔で、まだ話し続けていた。
「ミリアムってすぐに赤くなるんですよー。抱きしめてると真っ赤な顔をしてすり寄ってきてくれるんですー」
「……」
ああ、砂を吐きそうだ。
アスヴィルと実の妹であるミリアムがイチャイチャしているところを、うっかり想像してしまったシヴァは、うんざりしながらグラスのワインを一気飲みした。
アスヴィルが治める領地で生産された上質なワインが、水のようにシヴァの胃に消えていく。
正直なところ、アスヴィルがミリアムを落とすとは思っていなかった。
この不器用な友人が憐れすぎて、心の底で応援はしていたが、ミリアムは当初、アスヴィルのことを蛇蝎のごとく嫌っていたし、そこからひっくり返せるとは思っていなかったのだ。
頓珍漢なことをしながらもあきらめなかったアスヴィルの粘り勝ちだろうが、十一年前、勝算がないからやめておけと止めなかったのは正解だったと、シヴァはホッとする。
しかし、祝ってやりたい気持ちはあるが、こうして延々とのろけ話を聞かされるのは勘弁してほしい。
(……つぶそう)
シヴァはアスヴィルを黙らせるには、酔いつぶすしかないと判断した。
シヴァは無言でアスヴィルのグラスにワインを注いだ。アスヴィルが喉に流し込み、からにするたびに注ぎたす。
気分よく喋っているアスヴィルは、おそらく自分がどれほど飲んでいるかはカウントしていないはずだ。
ワインボトルが次々にあいていく。
シヴァもそうだが、アスヴィルも酒が強い。酔いつぶすのは容易ではないが、さすがにボトルが十本あいたところで、アスヴィルの頭が揺れはじめた。
(―――よし!)
シヴァは内心でこぶしを握り締めた。
「アスヴィル、もう部屋に戻って休んだらどうだ?」
ここまで酔っていれば、普段なら「そうですね」とアスヴィルは頷くはずだった。
だが、今夜は勝手が違った。
「いえ、大丈夫ですー」
「は?」
「まだ、ミリアムの魅力について、半分もお話ししていないので……」
「はあ?」
シヴァはゾッとした。半分残っているということは、あと同じだけ喋り続けるということだ。
(……勘弁してくれ)
シヴァはもう休みたかった。このままアスヴィルが話し続けていたら、そのうち朝が来る。夜通しののろけ話なんて、本当に勘弁してほしい。
シヴァはやおらワインボトルを手に取ると、ふらふらと首が定まらずに揺れているアスヴィルの口に、容赦なくボトルを突っ込んだ。
「うぐっ」
酔った体にさらに容赦なく酒が注ぎこまれて、さすがのアスヴィルも目を回す。
ソファの上にドサリと長身の男が沈み込むと、シヴァはホッと息を吐いた。
そして、アスヴィルを放置したまま寝ようとベッドに向かいかけて、何を思ったのかアスヴィルを振り返る。
少しくらい、この時間までのろけ話に付き合わされた仕返しをしてもいいのではないか――
そう思ったシヴァは、にやりと口をゆがめると、パチン、と指を鳴らした。
ソファの上からアスヴィルの姿が消え、シヴァは黒い笑顔を浮かべたままベッドの中にもぐりこむ。
「いい気味だ」
シヴァはほくそ笑みながら眠りに落ちた。
☆
なんだか、温かい。
ミリアムはごろりと寝返りを打って、温かい何かにすり寄った。
ぴったりとくっついていると安心する。
「……ん?」
でも、酒臭い。
ミリアムは目をこすりながら瞼を持ち上げ、闇に包まれた室内に目を凝らした。
目の前に、何かある。
ミリアムはじーっとそれを見つめ、手を伸ばして触ってみて、眉を寄せた。
うつぶせに寝転んでいるそれに両手をかけ、よいしょと転がしてみる。
「アスヴィル!?」
仰向けに転がした男の顔を見た途端、ミリアムは愕然と目を見開いた。
(な、なんで! なんでわたしのベッドの中にアスヴィルがいるの!?)
しかも、酔いつぶれているように見える。
酔って部屋を間違えたのだろうか。いや、部屋には鍵をかけているはずだ。
ミリアムはベッドの上に正座して、混乱する頭を抱えた。
アスヴィルとはキスまでだ。なのに、いきなりベッドの中にもぐりこまれたら困る。どうしていいのかわからない。
ミリアムはアスヴィルをベッドから蹴り落そうと考えて、酔いつぶれている彼を床に転がすのはかわいそうだと思いとどまった。
「……うー」
アスヴィルは気持ちよさそうに眠っている。ちょっとやそっとじゃ起きそうにない。
ミリアムはため息をついた。
(文句は明日言おう)
ミリアムはシーツを手繰り寄せると、アスヴィルの上にかけて、いそいそとアスヴィルの隣にもぐりこんだ。
少し酒臭いが、隣の安心するぬくもりに瞼が重たくなってくる。
「……ミリアム」
アスヴィルが寝言で呼んだミリアムの名前に赤くなりつつ、彼女は幸せな夢の中に落ちていった。
☆
アスヴィルはベッドの上で土下座していた。
ミリアムの部屋のベッドの上である。
ミリアムはベッドの上で上半身を起こし、腕を組んで、赤い顔でアスヴィルを睨んでいた。
「それで、なんでアスヴィルがわたしの部屋にいたの?」
昨夜目が覚めて、腕の中にすり寄ったことは内緒にしておく。
「……それが、俺にもよく……」
「はあー?」
「いや、昨日、シヴァ様の部屋にいたはずなんだ。そこで酒を飲んでいたことは覚えているんだが……、目が覚めたら、この部屋に……」
「酔いつぶれて迷い込んだって言うの?」
「それが……、わからないんだが……、そうなのかな?」
「信じられない」
ミリアムはあきれ顔を作った。
アスヴィルはかわいそうなくらい縮こまっているが、酔いつぶれて人の部屋に迷い込んだというのが本当ならば、彼女も簡単に許してあげることはできない。
「過去に同じようなことしてないでしょうね?」
「同じようなこと……?」
「酔ってほかの女の部屋に迷い込んだことがあるのかって訊いてるの」
「絶対ない!!」
アスヴィルは顔を上げると、慌ててミリアムのそばまで寄った。
「本当だ! 酔って人の部屋になんて行ったことはないし、ましてや、部屋を間違えて女性の寝室にもぐりこんだことはない!」
「……本当かしら」
「信じてくれ!」
アスヴィルは悲壮な表情に、ミリアムは思わずぷっと吹き出した。
「ふ、ふふ、やぁだ、真っ青……」
そのままくすくすと笑いはじめたミリアムに、アスヴィルは弱ったように頬をかく。
平手うちの一つや二つは覚悟していたのだが、ミリアムは想像ほど怒っていなかったらしい。
おずおずと、ベッドの上に投げ出されているミリアムの手を握りしめてみると、彼女は笑いながら握り返してくれた。
手を振りほどかれないのが嬉しかった。
向けてくれなかった笑顔を見せてくれることがたまらなく幸せだった。
アスヴィルはミリアムをそっと引き寄せて抱きしめる。
アスヴィルに抱きしめられたミリアムは、一瞬体に力を入れたが、彼の心臓の上に耳元を寄せて体重を預けた。
「大好きだ」
「うん」
ミリアムは顔を上げて、アスヴィルの頬に短いキスを贈った。
「わたしもあなたが大好きよ」
「ミリアム!!」
アスヴィルはミリアムをその場に押し倒すと熱烈なキスを贈った。
「魔界で一番、愛してる!」