魔界で一番愛してる 2
ミリアムはふかふかの絨毯の上で膝を抱えて、猫の子のように丸くなっていた。
ミリアムの自室の半分ほどの広さしかない部屋の中の床には、モスグリーンの毛足の長い絨毯が敷かれ、簡素なベッドと小さなテーブルがおいてある。
城の裏手にある山の中の、小さな家の中だった。
ミリアムが産まれる前に、両親が二人きりでのんびり過ごすためだけに建てたらしい。数年前に母から教えられて、以来、愛馬を走らせるついでに、ミリアムはたまにここに訪れていた。
山の中だからかとても静かで、鳥のさえずる声や、虫の音しか聞こえない。
ガーネットのせいでささくれ立った心を落ち着けるには、もってこいの静けさだった。
「花嫁……候補……」
ミリアムには結婚してくれなんて一言も言わないくせに。
「アスヴィルの、馬鹿。きらい。嘘つき。裏切りもの」
ごろん、とミリアムは絨毯の上を転がる。
ショックを受けてあふれた涙は引っ込んだが、まだ心がじくじく痛い。
別に、ガーネットの「花嫁候補」という言葉をすべて真に受けているわけでない。
あの不器用で朴念仁な男が、器用に二股をかけられるなんて思っていないからだ。
だが、ガーネットが「花嫁候補」というにはそれなりに理由があるはずで―――きっとそれは、ミリアムが手に入らなかったときの保険なんだろうなと思うと、すごく腹が立った。
確かに、ミリアムはこの十一年間、アスヴィルの愛しているという言葉を無視し続けてきた。だからと言って、保険をかけておくのはひどすぎる。
アスヴィルの「愛している」を、少し信じられるようになったのに、また信じられなくなった。
「アスヴィル……」
ミリアムはつぶやいて、そっと目を閉じた。
☆
アスヴィルは城の中を走り回っていた。
しらみつぶしに城の中を駆け回ってみたが、リザの言う通りミリアムはどこにもいなかった。
あと探していないのは、厩舎のあたりだけだ。
まさかそんなところにはいないだろうと思いながらも、もうほかに探すところがないため、アスヴィルは厩舎へ足を向けた。
魔法で好きなところに移動できるため、移動手段として馬を使うことはほとんどないが、恋愛小説の中の王子様にあこがれるミリアムが、真っ白い愛馬を可愛がっていることをアスヴィルは知っている。
アスヴィルは、どこかにミリアムが隠れていないか、と厩舎の中を覗き込んだ。
「ミリアム?」
呼びかけてみるが、返事はない。
アスヴィルは途方に暮れた。いったい、どこに行ってしまったのだろう。
リザの言った、ミリアムがアスヴィルのことを好きだという事実は、正直まだ半分も信じていない。あれだけ大嫌いと言われ続けたせいか、頭の中で「そんなはずはない」と思っている自分がいる。
だが、ガーネットの言葉に傷ついて、どこかに消えてしまったというのが本当ならば、少なくとも、多少の望みはあるはずだった。
だったら、その一縷の望みが消えてなくなる前に、アスヴィルは何としてもミリアムの手をつかみたかった。
手をつかんで、抱きしめて、ミリアムが絆されてくれるまで、愛しているとささやく。
なんとしてでも、アスヴィルはミリアムがほしかった。
「ミリアム? いないのか?」
もう一度厩舎の中へ問いかける。
しばらく待っても返事がなく、アスヴィルが諦めかけたときだった。ふと、厩舎の中にミリアムの愛馬がいないことに気づく。
ミリアムの白い愛馬に、ミリアム以外が乗ることはない。
「……裏山、か?」
ミリアムが愛馬に乗って出かけるところと言ったら、たいていが裏山だ。
アスヴィルは慌てて身を翻すと、裏山に飛んで行った。