やさしい夜と気づいた想い 4
薄く目を開いたアスヴィルは、腕の中で健やかな寝息を立てている最愛の女性の姿に、息を呑んで硬直した。
記憶を手繰り寄せ、昨夜、酔ったミリアムと一緒に眠ったことを思い出す。
(もう、本当に死んでもいいかもしれない……)
華奢で柔らかいミリアムをつぶさないよう、優しく抱きしめてみる。
するとミリアムは、すりすりと子猫がすり寄るように甘えてきた。
「ああ……可愛すぎる……」
あまりの幸せに、感動して目が潤んでくる。
この一年、ミリアムに近づくことすら禁止されていたアスヴィルにとって、夢の中にいるような幸せだった。いや、夢かもしれない。アスヴィルはそう思い自分の頬をつねってみたが、痛みがあることを知ると、胸の内に幸福感が広がった。
(このまま時間が止まればいいのに……)
アスヴィルはベッドに広がるミリアムの真っ赤な髪を、愛おしそうに指先で梳いた。
いい匂いがする。甘い匂いだ。
本当は、ミリアムが目覚める前に部屋から出て行った方がいいのかもしれない。だが、アスヴィルはこの幸せを、一秒でも長く堪能していたかった。
「ミリアム、愛してる……」
アスヴィルはミリアムの耳元でささやいて、長いまつ毛に縁どられた彼女の双眸が開くその時まで、ミリアムの寝顔を見続けていたのだった。
☆
にこにこと幸せそうに笑み崩れている男の顔を、ミリアムはベーコンを口に入れながら睨みつけた。
アスヴィルの左の頬には、真っ赤な手形がくっきりと浮かび上がっている。
ミリアムが二度目の眠りから目覚めたとき、目の前で幸せそうに笑っていたアスヴィルに「おはよう」とささやかれ、反射的にひっぱたいたのだ。
そして、アスヴィルを部屋からたたき出そうとしているところへゼノがやってきて、勘違いした彼によって、二人分の朝食が部屋に運ばれてきたのである。
「なんであんたと朝ごはんなんか……」
ぶつぶつ文句を言いつつも、本気で部屋から追い出す気にはなれず、ミリアムはアスヴィルと向かい合わせで朝食をとっている。
トクトクと、ミリアムの心臓はいつもより早い鼓動を打ち続けている。
(なんでアスヴィルなんか……)
嫌いだ嫌いだと心中で呪文のようにつぶやき続けるが、意思に反して、鼓動は早くなり、顔が熱くなる。それを無視し続けられるほど、ミリアムはもう子供ではなかった。
ずっとずっと、気づかないふりをしていたかったのに。
ミリアムはプチトマトをフォークで刺しながら、アスヴィルを見上げた。彼は今、ミリアムのために、オレンジジュースをグラスに注いでくれている。
(アスヴィルなんか……)
プチトマトを飲み込んで、アスヴィルに差し出されたオレンジジュースを口に含む。
「ミリアム、よかったら、食後に森の中を散歩しないか?」
アスヴィルが照れたように頬を染めて誘ってくる。
ミリアムはつん、と横を向いた。
「なんでわたしが行かなきゃいけないのよ」
「散歩は嫌いか?」
「……べつに、嫌いじゃないけど」
「どうしても、だめか……?」
「ど、どうしてもって言うならべつに……ちょっとくらいなら……」
「よかった」
へら、と笑うアスヴィルに、きゅうっとミリアムの心臓が握りつぶされたかのように苦しくなる。
ミリアムはなんだか悔しくなって頬を膨らませた。
(なによ、アスヴィルのくせにっ)
ミリアムはオレンジジュースを一気に飲み干すと、からっぽになったグラスをアスヴィルに突きつける。
「おかわり!」
アスヴィルは差し出されたグラスを受け取りながら、やはりにこにこしていた。
(なによぉ、人の気も知らないで!!)
ミリアムはアスヴィルによって振り回される感情にイライラしながら、フォークを彼に向かって突きつけた。
「言っておくけど、あんたなんか、大っ嫌いなんだからね!!」
――自分の感情を自覚したところで、ミリアムにとって、それを口にすることは、まだまだ無理な話だった。