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旦那様は魔王様!  作者: 狭山ひびき
離宮の夜は大混乱⁉
18/82

心臓狙われちゃうんです⁉

 君の血、飲んでいいかな――

 

 突然ジェイルにそう言われ、沙良の表情は凍りついた。

 悲鳴を上げた沙良は半べそでシヴァにしがみついて、シヴァはその沙良を抱きしめてなだめながら、ジェイルをじろりと睨みつける。


「いいわけないだろう。ふざけるな!」

「いえ、ふざけているわけじゃなく、おなかがすいて……」

「その辺で野ウサギでも狩って血を飲むか、普通に食事をしろ!」


 シヴァに怒られて、ジェイルはしょんぼりとうなだれた。

 心得たゼノがメイドを呼びつけて、ジェイルのために簡単な食事を整える。もちろん血ではなく、パンとスープ、スクランブルエッグといった普通の軽食だ。

 シヴァは小さく震えている沙良の耳元でささやいた。


「大丈夫だ。いきなり噛みついたりしない」

「きゅ、吸血鬼……!?」

「あー、いや、まあ、そういう類の男だが、別に血を飲まなくても生きていけるから、無理強いして誰かを襲うようなことはない」

「……血、美味しいですけどね」

「だ、ま、れ!」

「はい……」


 ジェイルはゼノが用意した食事を黙って口に入れた。物欲しそうな目で沙良を見るが、シヴァが本気で怒りだしそうなのを察して、慌てて視線を逸らす。

 ジェイルが食事を終え、沙良が落ち着いてくると、シヴァはゼノが煎れた紅茶を飲みながら「それで?」と切り出した。


「ゼノ。なぜエルザが、この城を徘徊しているんだ?」

「それは僕に会いたいから―――」

「お前は少し黙っていろ。話がややこしくなる」


 シヴァに怒られて、ジェイルはシュンと縮こまった。

 ゼノは少し困ったような顔でジェイルを一瞥し、口を開いた。


「ひと月ほど前のことでございます。何が原因かまでは存じ上げませんが、エルザとジェイル様は、ひどい大喧嘩をなさって、それっきりエルザはこの離宮を訪れることがなくなりました。けれどもつい数日前、彼女はふらりとこの離宮に戻ってきて、何やら血走った目で、ジェイル様の心臓をよこせ、と」

「心臓!?」


 沙良がびっくりしたような声を出して、ぎゅっとシヴァの服を握った。シヴァは子供をあやすように沙良の頭を撫でながら、続きを促す。


「私共は、様子のおかしいエルザをジェイル様に近づけるわけにはまいりませんので、当然、彼女を離宮から追い出しました。それで事なきを得たと思っておりましたが、どうやら勝手に忍び込みはじめたようですね」


 ゼノは、はあ、と疲れたように嘆息する。

 シヴァはジェイルに視線をやった。


「なんだってお前は心臓を狙われてるんだ?」


 ジェイルはなぜかうっとりした。


「僕の心がほしいというエルザの愛のせいです。ああ、そんなことをしなくても、僕の心は君のもの―――ぶ!」


 鬱陶しくなったシヴァが無言で投げたクッションが、見事にジェイルの顔面に激突した。


「くだらんことを言ってないで、真面目に答えろ」

「僕は真面目に答えています!」

「どこがだ」

「だってそれ以外考えられないじゃないですか!」


 つまり、ジェイルもなぜ自分の心臓が狙われているのか、皆目見当もつかないということだ。

 シヴァはこめかみをもみながら、話題を変えた。


「では、ひと月前の大喧嘩とやらは、なんだったんだ?」


 う、とジェイルは言葉を詰まらせた。


「い、言いたくありません……」


 シヴァは片眉を跳ね上げた。


「と、ともかくです! 喧嘩なんて大したことはありません! エルザと僕は永遠の愛を誓い合った仲ですよ! 多少の喧嘩が何だと言うんです」

「……いつ、お前とエルザが永遠の愛を誓い合ったんだ?」

「そんなもの、エルザが産まれた日に決まってるじゃないですか」

「訊いた俺が馬鹿だった」


 シヴァはジェイルの相手をしているのが嫌になって、ゼノに視線を投げた。


「ジェイルの心臓がどうなろうと俺には知ったことではないが、様子のおかしいエルザに離宮の中を歩き回られては困る。簡単には入り込めないように結界を張っておくが、お前も注意しておいてくれ」

「な! シヴァ様、エルザを締め出すおつもりですか!?」

「お前は頼むから黙っていてくれ!」


 ジェイルはシヴァに怒られて、不満そうに口を閉ざした。

 シヴァはようやくおとなしくなったジェイルを見て疲れたように息を吐きだす。


「とにかく、事情が分かるまでエルザを離宮に入れるわけにはいかない。沙良も、念のために一人になることは避けるように。俺がいないときはゼノか……、俺もゼノもいないときは、ジェイルのそばにいるように。この阿呆は、こう見えて一応は強いからな。血がどうこう言いだしたら殴っておけ。俺が許す」

「……シヴァ様、昔から思ってましたけど、僕に対して容赦ないですよね」


 ジェイルが口をとがらせて文句を言ったが、誰も彼のつぶやきには反応しなかった。


 沙良はシヴァの服を掴んだまま、ちらりとジェイルを見て、不安そうな顔で小さくうなずいたのだった。



     ☆



 夜――


 シヴァと一緒にベッドに入り、彼の腕にすっぽりと抱きしめられた状態で、沙良は顔を上げた。

 恥ずかしいけれど、シヴァの腕の中が一番安心できる。


「シヴァ様、ひとつ訊いてもいいですか?」

「なんだ?」


 沙良は、エルザという少女についての話を聞いた時から気になっていたことがある。


「ジェイルさんは心臓狙われてますけど、心臓とられちゃったら、どうなるんですか?」


 沙良であれば、もちろん心臓を取られれば死んでしまうだろう。だが、魔族はもしかしたら違うのだろうかと思ったのだ。そのくらい、話している彼らは深刻な様子ではなかったから。

 シヴァは目を丸くした。


「もちろん、死ぬぞ?」


 あっさり言われて、沙良は言葉を失った。

 顔を青くした沙良を見て、シヴァはポンポンと背中をあやすように撫でる。


「ああ、安心しろ。エルザがどれだけ頑張ろうと、ジェイルの心臓は奪えない」

「そうなんですか?」

「言っただろう。あれは阿呆だが、強いと。木の杭なんて持ち出して、エルザが何を考えているのかは知らんが、あんなものでジェイルをどうこうできるはずがない」


 沙良は不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ……、なんでエルザさんは、ジェイルさんの心臓を狙ってるんですかね?」

「それがわかれば苦労はしない」

「そうですよね……」


 シヴァが魔王であっても、人の心を読めるはずはない。


「……好きな人に、心臓狙われちゃうのは、……ジェイルさん、かわいそうです」


 ぽつりと沙良がつぶやけば、シヴァの大きな手が頭を撫でてくれた。


「お前が悲しむことはない。どうせ痴話喧嘩ちわげんかの延長だ。ほとぼりが冷めれば落ち着くさ」

「そうですか?」

「おそらくな」

「だったらいいな……」

「ほら、もう寝ろ」

「はい……」


 沙良はシヴァにすり寄って目を閉じた。

 シヴァの規則正しい心臓の音を聞きながら、ジェイルとエルザが早く仲直りすればいいのにと思いながら、沙良は眠りに落ちていった。



     ☆



 エルザは離宮を見上げて、きゅっと唇をかんだ。

 遠くでふくろうの鳴く声が響いている。

 ジェイルの心臓にくいを突き刺すため、再び離宮に忍び込もうと思ったのだが、離宮全体に結界が張られていて、どこからも忍び込むことができなかった。

 おそらく、魔王シヴァの力だろう。エルザがどうこうできるようなものではない。


(陛下が来るなんて、聞いてないわ……)


 シヴァは自ら率先して厄介ごとに首を突っ込むような性格ではない。だが、目の前で起こっている面倒ごとを見て見ぬふりをするような人でもなかった。エルザが派手に動けば、重たい腰を上げるのは目に見えている。

 だからと言って、エルザはあきらめるわけにはいかないのだが。

 エルザは手に持った木の杭をぎゅっと握りしめる。


 ――エルザ。


 優しく甘いジェイルの声を思い出して、ぐっと奥歯をかみしめた。

 ジェイルは、エルザが物心つくときには、すでにそばにいた。

 年がとても離れているので、兄のような存在だった彼は、いつも優しかった。

 小さい頃はいつもそばにいて、おままごとにもつきあってくれたし、本も読んでくれた。

 エルザはジェイルの家の使用人の娘だったのに、彼はいつもエルザをそばにおいてくれて、妹のように甘やかしてくれた。


 ――大好きだよ。


 はじめて、女の子としてではなく、女性としてそう言われたのは、エルザが十八のときだった。

 そのころには、ジェイルは邸から離宮の方へ移り住んでおり、エルザも彼の身の回りの世話をするという名目でついてきていた。

 ジェイルは地下の棺桶の中で寝起きするという変な趣味を持っているが、それ以外は地下から上がってきてエルザの相手をしてくれたし、食事も一緒に取ってくれていた。

 そして、十八の誕生日の日、ジェイルに好きだと言われたのだ。ジェイルの目の色ように、血のように赤いバラの花束と一緒に。

 好きだと、言ったくせに――


(許さない)


 エルザは離宮を見据えると、くるりと踵を返した。

 今は結界が邪魔で入れない。作戦を練るしかない。


(絶対、心臓に杭を突き立ててやる―――)


 森の奥に駆けていきながら、エルザは強く心に誓った。



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