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旦那様は魔王様!  作者: 狭山ひびき
放蕩王弟帰城する!
14/82

それは嫉妬なのですか?

 沙良は困惑していた。

 沙良は今、シヴァの腕に抱きかかえられて城の廊下を移動中だ。

 いつもは空間移動で移動するシヴァが、なぜか今はイライラした様子で廊下をずんずん進んでいる。

 先ほどまで沙良の部屋でセリウスに抱きかかえられていたのだが、額に青筋を浮かべたシヴァに沙良はひったくるようにしてセリウスから奪われ、こうして横抱きに抱きかかえられ廊下を進んでいる。


(なんか、すっごく機嫌悪そう……)


 不機嫌オーラをまき散らしながら歩いている。

 シヴァの姿を見た人もそんな風に思うのか、みな慌てて廊下の端に逃げる始末だ。

 やがてシヴァの私室に到着すると、沙良はソファにおろされて、なぜかシヴァに頭を撫でられた。


「変なことはされていないな?」


 眉間に深い皺を刻んだまま、シヴァが訊ねる。

 頬ずりされたなんて言ったら怒り出しそうな雰囲気なので、こくん、と沙良はうなずいた。

 シヴァはホッと息を吐きだすと、疲れたように沙良の隣に腰を下ろした。


「沙良、しばらくお前はこの部屋で生活しろ」

「え?」


 沙良は目を丸くした。魔王様の私室で生活しろ、ということだ。


「あのままあの部屋にいたら、あの馬鹿が入りびたるのは目に見えている」


 あの馬鹿、とはおそらくセリウスのことだろう。

 沙良は少し気になったので訊いてみた。


「あのぅ、シヴァ様とセリウス様って、仲良くないんですか?」

「別に不仲ということはないが……」


 シヴァとセリウスは、性格が真逆というほど違う。おかげで昔から苛々させられることが多かったのは事実だ。


「反りが合わないだけだ」

「そうなんですか……」


 確かに、シヴァとセリウスは、兄弟というのが不思議なほど雰囲気が違った。


(でも、悪い人じゃ、なさそうでした)


 譲ってくれとモノのように言われたことは、きれいさっぱり沙良の脳内から消えている。なぜなら、沙良に興味を示すもの好きなど、そうそういないと思っているからだ。

 沙良はシヴァを見上げた。

 相変わらず苛々しているようだ。

 沙良は、どうしてシヴァが苛々しているのか理由がわからず、首をかしげたのだった。




 ――しばらく、シヴァと同じ部屋で生活するように言われた沙良だったが。


「むりです、むりですむりですぅ……!」


 クッションを抱えて、沙良は必死に部屋の中を走り回っていた。

 あきれ顔のシヴァがその後ろを大股で追いかけている。


「そっちの方が無理だ! いいからこっちに来い。前みたいなシースルーの夜着でも何でもないだろう! 今度は一体なにが無理なんだ」


 夜である。

 夕食を食べ終わり、さあ寝ようというころになって、沙良はふとあることに気がついた。

 ベッドが一つしかない。

 少し前に、シヴァの腕に抱き込まれて同じベッドで眠ったことをまざまざと思い出して、沙良は慌てた。

 一緒のベッドで眠るなんて無理だ。心臓が爆発する。

 ソファにあったふかふかのクッションを抱えて、沙良はシヴァに向かって「ソファで寝ます」発言をした。

 その結果、即刻却下されて、シヴァにベッドに引きずりこまれそうになり、こうして逃げ回っているのである。


「むりなんですー! 恥ずかしくて死んじゃいますっ。ソファで! ソファで寝させてくださいぃ!」


 そうしてパタパタと小走りで走りまわる沙良だったが、追いついたシヴァにあっさり抱き上げられてしまう。

 ぴきっと沙良はシヴァの腕の中で硬直した。

 そのまま広いベッドまで運ばれて、ポスンとふかふかのマットに身をうずめることになった。

 あわあわと沙良が逃げ出すよりも早く、シヴァの長い腕が沙良を抱き込む。


「手間取らせるな」


 はあ、とため息をつかれれば、沙良は恥ずかしくて泣きそうになった。


「だって……」

「取って食うわけじゃないだろう。おとなしく寝ろ」

「でも……」


 眠れるはずがない。この前だって緊張して明け方近くまで眠れなかったのだ。

 しかし、沙良の訴えはシヴァに聞き入れられない。

 シヴァは仕方がないなと、沙良を腕に抱き込んだ姿勢のまま、ポンポンと彼女の背中を叩きはじめた。まるで、子供を寝かしつけるようだ。


「ほら、寝るまでこうしてやるから、おとなしく寝ろ」

(そういうことを望んでるんじゃないんですー!)


 沙良は心の中で文句を言ったが、何を言っても解放されないのだろうと理解して、仕方なくシヴァの腕の中でおとなしくすることにした。

 トクトクと規則正しい心臓の音がする。

 沙良よりやや高いシヴァの体温が伝わってくる。

 沙良は緊張してカチコチになっていたが、ポンポンと規則正しいリズムで背中を叩かれていると、だんだん瞼が重くなってきた。

 シヴァの熱と心臓の音が、心地よくなってくる。

 沙良が眠りの世界に引き込まれる寸前、


「おやすみ、沙良」


 シヴァのささやきが、沙良の耳に落ちた。




     ☆




「沙良ちゃん、おはよう! いい朝だね!」


 翌朝のことである。

 シヴァと仲良く朝食をとっていた沙良のもとに、突然セリウスがやってきた。


「おい、ノックくらいしないか」


 シヴァが不機嫌オーラを醸し出して苦情を言ったが、セリウスはどこ吹く風だ。


「沙良ちゃんが食堂に来ないから呼びに来たんだけど、部屋で食べてたんだねぇ」


 兄を完全に視界から追い出して、セリウスはにこにこと沙良に話しかける。


「食堂?」


 この城に、食堂なんてものがあったのか。いつも部屋で食事していたから、沙良は全然知らなかった。

 セリウスは沙良の隣に腰を下ろすと、沙良が食べている朝食の中身を覗き込んだ。

 今日はクロワッサンとスクランブルエッグ、ウインナーにサラダとスープである。クロワッサンはバスケットにこんもりと盛られていて、どう考えても食べきれる量ではなかった。


「おいしそうだねぇ、いいなあ、俺もここで食べようかな」

「帰れ」


 シヴァがにべもなく言ったが、セリウスは完全に無視を決め込んだ。

 セリウスがパチンと指を鳴らすと、テーブルの上にヨーグルトとカットされたフルーツがあらわれる。


(あ、イチゴ……)


 沙良はカットフルーツの中にイチゴを発見して、思わず「いいなぁ」と凝視してしまった。

 沙良の視線に気がついたセリウスが、クロワッサンを指さして言う。


「沙良ちゃんフルーツ食べたい? クロワッサンくれるなら、わけてあげるよ」


 願ってもない申し出だった。なぜなら、こんなに大量のクロワッサンが食べきれるはずがないからだ。

 沙良は二つ返事でセリウスにクロワッサンを分け与えると、かわりにもらったイチゴに舌鼓を打った。

 その沙良の目の前で、シヴァの機嫌が一段と悪くなる。


(シヴァ様も、フルーツ食べたいのかな?)


 シヴァの朝食も、沙良と同じメニューだった。フルーツはない。

 沙良はシヴァの機嫌が悪くなったのはフルーツがないからだと勝手に解釈し、セリウスに分けてもらったフルーツをシヴァに差し出した。


「シヴァ様も、フルーツ食べますか?」


 シヴァは一瞬変な顔をしたが、沙良に「はい」とフォークに刺されたイチゴを差し出されて、無言で口を開けた。

 これは口に入れろということだな、と沙良はシヴァの口の中までイチゴを運ぶ。

 ぱくっと食べられると、まるでひな鳥に餌をやっているような気分になった。なんだか楽しい。はまりそうだ。


「シヴァ様、もう一ついりますか?」


 沙良は心なしか瞳をキラキラさせてシヴァに訊ねた。


「ん」


 シヴァがうなずくと、今度はカットされたバナナをフォークに刺して彼の口に運ぶ。

 その様子を隣で見ていたセリウスは、新種生物を発見したかのように驚いた。


 ――食べている。あの兄が。警戒心の塊のような兄が。人の手からフルーツを食べている。


「ありえない……」


 セリウスはぼそっとつぶやいた。

 セリウスは自分の手元のフルーツを見た。パイナップルをフォークに刺して、無言で兄の口元までもって行ってみる。


「何の真似だ」


 途端、セリウスは恐ろしく不機嫌そうなシヴァに睨みつけられた。


「シヴァ様は、パイナップルは嫌いですか?」


 セリウスの隣で、沙良が頓珍漢なことを言っている。

 ぶはっ、とセリウスは吹き出した。


「あ、あはははははは! あり得ない! あり得ないよ! ああ、おっかし……!」


 突然笑いはじめたセリウスに、沙良はびっくりした。


「気にするな」


 ため息を吐いたシヴァにそう言われ、沙良はちらちらと笑い続けるセリウスを見ながら食事を続ける。

 笑いの発作が収まったセリウスは、沙良に横からぎゅっと抱きついた。


「きゃっ」


 突然抱き締められて、沙良が小さく悲鳴をあげる。


「ああ、どうしよう! 本当に欲しくなってきちゃった!」

「いい加減にしろ!」


 セリウスの眉間めがけて、シヴァの放ったフォークがすごい勢いで飛んできた。

 セリウスはそれが眉間に突き刺さる前に余裕綽々で受け止めると、シヴァに向けて挑発的に笑った。


「ごめんね、兄上。俺、今回はちょっと本気で行かせてもらうかも」


 そう言って、セリウスは沙良の額にちゅっと口づける。


「―――っ」


 沙良は額を抑えて顔を真っ赤に染めた。


「かぁわいぃ」


 そんな沙良を、セリウスはにこにこしながら見つめている。

 シヴァの周りの温度が急降下で氷点下まで下がったが、沙良は全く気がつかなかった。

 シヴァは拳を震わせて怒鳴った。


「セリウス!!」




     ☆




 よくわからないが、シヴァの機嫌が恐ろしく悪い。

 そして、さらによくわからないことに、先ほどから沙良はシヴァの膝の上に抱きかかえられていた。

 シヴァの膝の上で、アスヴィルから差し入れてもらったケーキを口に運びながら、沙良はちらちらとシヴァの横顔を見上げる。

 シヴァは沙良を膝の上に抱きかかえてソファの上に座り、先ほどから難しい顔で書類と睨めっこしている。仕事中だ。


「あのー、シヴァ様、わたし、お邪魔じゃないですか?」


 くつろいでいるときならいざ知らず、仕事中に沙良を膝にのせていては、仕事がしづらいだろう。だがシヴァの左腕は沙良の腰にしっかりと巻きまきついていて、沙良は立ち上がって逃げ出すこともできなかった。

 朝食後、問答無用でセリウスを部屋から追い出したあと、シヴァはなぜか沙良から離れないのだ。


「いいから、ここにいろ」

「はい……」


 沙良は首をひねりつつ、素直に頷いた。そして、ふと顔を上げる。バタバタという足音が聞こえてきたからだ。


「シヴァ様!!」


 コンコンとノックの音が聞こえたかと思えば、シヴァが言葉を発するよりも早くに部屋の扉が開く。

 血相を変えたアスヴィルが立っていた。

 アスヴィルはシヴァの姿を見つけるなり、悲痛な声で叫んだ。


「シヴァ様、セリウス殿下を何とかしてください!!」





 アスヴィルの訴えはこうだ。

 ミリアムのことが大好きなシスコンのセリウスは、昨日から暇さえあればミリアムにつきまとい、アスヴィルが近づこうものなら、あらゆる策を行使して妨害するという。

 例えば――

 廊下でミリアムを見つけてアスヴィルが近づこうとすれば、突如足元にぽっかりと穴が開き、地下深くまで落とされたり。

 夜、ミリアムに軟禁した謝罪もかねて花束を持って仲直りしようと訪れると、扉を開けた途端頭上から何十本もの槍が降ってきたり。

 そのほか、セリウスの妨害行為は数知れず、アスヴィルはわずか一日でぐったりとやつれてしまっていた。

 しかもアスヴィルに分が悪いことに、ミリアムは今回アスヴィルが彼女を軟禁しようとしたことで怒っているのだ。


「このままだと、本当に離婚されます!!」


 アスヴィルは顔を覆って嘆いた。

 さすがにシヴァも憐れに思ったが、ここでセリウスをミリアムから引きはがし、標的を沙良一本に絞られると、それはそれで困る。

 シヴァは少し考えてから訊ねた。


「それで、セリウスは今何をしている?」

「ミリアムと仲良く温室でお茶会です!」


 アスヴィルは悔しそうに叫んだ。本来ならミリアムの茶会の相手は自分だと言いたそうだ。

 シヴァは、はあ、とため息をついて、一言弟に苦言を呈しておこうかと立ち上がった。むろん、沙良を抱きかかえたまま、である。


(気は進まないがな……)


 セリウスは昔から言ってきくような素直な弟ではない。

 シヴァが注意したところで聞き入れるはずはなく、むしろ逆に助長するような気もしている。

 だが、このまま黙っていると、アスヴィルだけではなく城中から苦情が舞い込むのは目に見えていた。

 あの弟は昔から他人の迷惑はこれっぽっちも考えないのだ。

 どこまでも自分本位な天上天下唯我独尊男――それがセリウスである。


(追放するなら、十年ではなく百年くらいにしておけばよかったか……)


 今更ながらに後悔するが、すでに遅い。

 シヴァはアスヴィルを伴って、重たい足取りで温室に向かったのだった。




     ☆




「あらぁ、じゃあお兄様、沙良ちゃんが本当に気に入っちゃったのぉ?」


 城の中庭の一角にある温室で、ミリアムは真っ赤なローズヒップティーのカップを片手に、あきれたような声を出した。


「でも、沙良ちゃんはシヴァお兄様のものなのよ?」

「だからだよ」


 セリウスはカモミールティーを飲みながら微笑む。


「あの兄上が、あそこまで大事にしている女の子ってほかにいる? ぜひ奪ってみたいなぁ。しかも、天然で鈍くってかわいいじゃないか」

「まあ、確かに沙良ちゃんはとっても鈍くて天然なところがあって、とってもかわいいけど、でも、沙良ちゃんを泣かせたら許さないわよ」

「泣かせなければいいんだろう?」

「あら、すっごい自信」


 セリウスはビターチョコレートを口の中に入れて転がしながら、


「ねえミリアム、考えてみなよ。あの堅物で朴念仁で女心なんかちっともわからない兄上の嫁にされてることの方が、沙良ちゃんにとっては不幸だよ」

「……まあ、一理あるわね」

「でしょう? それに、さ。沙良ちゃんと兄上って、実はまだ何にも進展していないよね。夫婦どころか、恋人関係でもないだろう、あれは」


 鋭い。

 ミリアムはローズヒップティーに蜂蜜を落として、スプーンでくるくるとかき混ぜながら苦笑した。


「そうなのよねぇ。ちょっとは進展しないかしらぁって、いろいろ試してみたんだけど、全くダメだったのよ。禁止令出されちゃって、今、悪戯―――じゃなくて、応援ができないのよねぇ」

「ほら、だから絶対俺のほうがいいって。言っておくけど、俺は優しいしよ」


 確かにセリウスは優しいが、その分恐ろしく自分勝手だ。だが、自分勝手なのはシヴァにも言えることなので、ミリアムは曖昧に笑った。


「でも、大事なのは沙良ちゃんの気持ちなのよぉ? わたし、最初はいかがなものかと思ったけど、あれで結構、沙良ちゃん、シヴァお兄様のこと好きなんじゃないかしらって思うのよねぇ」

「俺の方を好きになれば問題ないだろう?」

「ほんと、お兄様って、譲らないわよねぇ……」


 何を言ってもダメそうなので、ミリアムはあきらめた。

 シヴァには悪いが、ミリアムは沙良が幸せならシヴァでもセリウスでもどっちでもいいと思っている。大事なのは、沙良がいつまでも自分の近くにいることだ。


(結局、シヴァお兄様にしても、セリウスお兄様にしても、面倒なのは一緒だしぃ)


 それでも、沙良の気持ちをおもんぱかっているシヴァの方が、セリウスに比べるとまだましかもしれない。


(しかしまぁ、沙良ちゃんってば、変なのに好かれちゃうわねぇ)


 セリウスは昔から気分屋だが、「ほしい」ときっぱり口にしたものに関しては、決して譲らない。いつもへらへらしていて冗談ばかり口にしているから、気づかれることは少ないが、彼が口にする「ほしい」は数少ない彼の本気だった。

 だからこそ、シヴァの機嫌も悪いのだ。


「そんなことより、ミリアム、なんでアスヴィルなんかと結婚したんだ。今からでも遅くない、すぐに離婚しなよ」

「やぁよ」


 ミリアムはティーカップに口をつけながら艶然と微笑んだ。


「だって、好きになっちゃったんだもの」


 ガシャアーン!


 温室の入口で派手な音が聞こえて、セリウスは怪訝そうに振り返った。

 そこには、なぜか植木鉢を抱えて地面に這いつくばっているアスヴィルと、その後ろに沙良を横抱きにしたシヴァがいた。

 アスヴィルはよろよろと立ち上がり、真っ赤に染めた顔でミリアムを見つめた。まるで女神がそこに降臨したかのような表情だ。――魔族だけど。


「ミリアム!!」


 アスヴィルは植木鉢を放り出してミリアムに駆け寄ると、ひしっと彼女を抱きしめた。

 好きになっちゃったんだもの、というミリアムの発言を、ばっちり聞いていたようだった。


「ミリアム、ミリアム! 愛している! この世の何よりも君が好きだ!」


 突然目の前で起こった三文芝居に、セリウスはうんざりした表情になった。


「うわぁ、ミリアム、趣味悪いよ。視力おかしくなっちゃったんじゃないの?」


 アスヴィルはミリアムを抱きしめたままキッとセリウスを睨みつけた。


「殿下! 俺とミリアムは愛し合っているんです! これ以上妨害しないでください!」

「俺は認めてないんだけど」

「あなたに認めていただかなくとも結構です!」

「……へえ」


 セリウスの声がぐっと低くなる。


「いい度胸だね、アスヴィル……」


 セリウスの瞳が、鈍く光った。




     ☆




 温室の入口で中の様子を見ていたシヴァは、嫌な予感を覚えて沙良を抱えたまま温室から出た。

 その直後。


 ガシャアアアアアアン!


 派手な音がして、温室の屋根が落ちた。

 屋根に押され、ガラスの壁までも崩壊する温室から、セリウスと、ミリアムを抱きかかえたアスヴィルが飛び出してくる。

 セリウスは、拳ほどの氷の塊をいくつも自分の周りに浮遊させながら、目が笑っていない微笑みを浮かべていた。

 沙良は、目の前で起こった惨状に、シヴァの服を握りしめながらビクビクしている。

 アスヴィルはミリアムを地上に下ろして背後にかばった。


「ミリアムを渡してくれる?」

「お断りします」


 バチバチと二人の間に見えない火花が散る。


「あのさぁ、俺のいないうちに勝手にミリアムと結婚なんかしてさ、いい度胸だよねぇ? 俺に消されたって仕方ないよねぇ? でも、この場でミリアムと離婚するって宣言してくれたら、許してあげるよ。わかったら、ミリアムを渡して」

「申し訳ありませんが、離婚なんてしませんし、ミリアムは渡しませんし、殿下の言い分はわかりたくもありません」

「ほんっと、君ムカつくよねぇ」

「誉め言葉として受け取ります」


 ふわふわと拳大の氷の塊が、セリウスの周りと回る。

 対するアスヴィルも、応戦する気満々のようだった。アスヴィルの周りには真っ赤な火の玉がいくつも生まれては浮かんだ。

 見たこともない光景に、沙良はシヴァにしがみついた。

 シヴァは沙良をなだめるようにぎゅっと抱きしめて、一触即発状態の二人の様子をうかがっていたが、


「覚悟しろ!」

「そちらこそ!」


 と二人同時に攻撃を仕掛けようとしたところで、パチン、と指を鳴らした。

 ――それは、一瞬のことだった。


 バシャアアアアン


 二人が生み出した氷の塊と火の玉が消されたと思った次の瞬間に、二人の頭上から大量の水が落ちてきた。

 ずぶぬれになった二人――ミリアムも巻き込まれたので三人だが――は、ぼたぼたと水を滴らせながら、茫然とシヴァを見た。

 シヴァは氷のように冷たい目で二人を睨んだ。


「――十年前、二度と城を破壊するなと言っただろう」


 ギクリ、と二人の表情が強張る。

 シヴァは沙良を抱えたまま、くるりと踵を返した。


「いいか、俺が戻るまでに、そこの温室はきれいに片づけて元通りにしておけ」

「え? シヴァ様、どちらに行かれるんですか?」


 アスヴィルが慌てて訊ねると、シヴァは肩越しにちらりと振り返り、宣言した。


「離宮だ。これ以上お前らにはつき合いきれん。俺はしばらく、沙良とともに静かなところで暮らす」



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