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旦那様は魔王様!  作者: 狭山ひびき
放蕩王弟帰城する!
13/82

王弟セリウスの帰城

 沙良が部屋に軟禁状態にされて五日ほどたった日の午後――


「次は何をしましょうかね~、沙良ちゃん!」


 ミリーに訊ねられて沙良は困った顔をした。

 にこにこ笑っているようだが、ミリーの額に青筋が浮かんでいることに沙良は気づいている。

 理由はアスヴィルの一言にあった。


 ――しばらく部屋から出るな。


 二日前、夫に端的にそう告げられたミリアムは――キレた。


 ――はあああああ? いやよ! なんでよ!? 沙良ちゃんと遊べないじゃない!


 目の前で繰り広げられた夫婦喧嘩に、沙良はなすすべなく縮こまったことを覚えている。

 ぎゃーぎゃー言い合った挙句――騒いだのはミリアムだけだったが――、ミリアムは夫に人差し指を突きつけてこう宣言した。


 ――いいわ、わかった。そのかわり、わたしは沙良ちゃんとは離れないから。この部屋にこもらせていただきます!


 こうして、ミリアムは沙良の部屋に籠城を決め込むことにしたのだった。

 こんもりとソファの上に積まれた恋愛小説の数々、人形、ボードゲーム、トランプに花札。ミリアムによって次々と運び込まれるそれらが沙良の部屋の中にあふれかえっている。

 ミリーははぁと息を吐きだした。


「沙良ちゃん、わかりました。軟禁されるのは他人事だからドキドキわくわくするのであって、自分がされたらすっごくムカつきます」


 ミリーは党の上に閉じ込められたお姫様を王子様が助けに来るという設定の恋愛小説をぱらぱらとめくった。


「いっそ、王子様が助けにくれば堂々と浮気してやるのに……」


 子供姿の彼女の口から空恐ろしい発言が飛び出して、沙良は慌てた。


「あ、アスヴィル様も、事情があるんですよ! きっと!」

「そうですかぁ? じゃあお兄様が沙良ちゃんを閉じ込めたのも理由があるんですかねぇ? でも、閉じ込めといて、ちっとも会いに来ないのは、軟禁した側の責任を果たしてないと思うんですよ」


 それは、激怒したミリアムによって、アスヴィルが追い返されたせいなのだが、彼女は自分の所業を棚に上げてそう宣った。ついでに言うと、ミリアムとアスヴィルの夫婦喧嘩に巻き込まれ、シヴァまでも門前払いを食らっている。

 毎日、沙良の部屋の扉の前に、静かにおかれるお菓子が入ったバスケットが物悲しい。

 きっとミリアムに会いたいけれど追い返されるアスヴィルが、泣く泣くお菓子だけをおいて行くのだろう。沙良はアスヴィルに深く同情した。

 その、夫からのご機嫌取りのような差し入れをモグモグと食い散らかしながら、ミリーはふんっと鼻を鳴らした。


「いつもいつも男どもは身勝手なんですよ! 今度という今度は、簡単には許してやらないんです!」


 いつも身勝手なことをしてアスヴィルを困らせているのはおそらく彼女の方なのだが、ミリーの脳内は情報が都合よく解釈されるらしい。

 沙良はこっそりため息をついた。

 昨日も、シヴァが様子を見に来てくれたと言うのに、ミリーによって部屋からたたき出されたのだ。結果、「元気か?」「はい」の二言で逢瀬が終了した。

 ミリーは散らかったテーブルの上にボードゲームをおいた。


「沙良ちゃん、今度はこれをしましょう!」


 そうしてミリーがボードゲームの準備を仕かけたとき――


 パンパンパンパン!


 突然乾いた大きな音が響いて、沙良とミリーは顔を上げた。


「今の何でしょうか?」

「さあ……?」


 二人そろって窓際まで移動して、外を伺う。すると、今まさに花火が打ちあがってパァンとはじけたところだった。


「……花火?」

「ですね」


 なぜ? と二人そろって首をかしげる。

 やがて、二人の視線の先にある庭の一角に、真っ白な馬が登場した。その白馬は、一人の男を背中に乗せていて。


「――あ」


 ミリーはあんぐりを口を開けて言った。


「うっそ。お兄様……?」

「お兄様?」


 沙良は白馬に乗った王子様のような出で立ちの男を見つめて、シヴァの顔を思い浮かべた。

 いつも真っ黒い服を着て、周りの人間を凍りつかせるような空気をまとっているシヴァと、窓外の青と白のきらびやかな格好をしている男。

 沙良は窓外を指さしてもう一度ミリーに問うた。


「……お兄様?」



     ☆



 パンパンパンと花火の音が聞こえてきて、シヴァは頭を抱えた。


(あんの馬鹿は何をしてるんだ……)


 実際に本人に問えば「演出です」とケロリと答えそうなので、絶対に訊かないが、誰かを捕まえて無性に問いたい。

 あの馬鹿は、何だってこんなくだらないことをしているんだ、と。

 ミリアムを怒らせてどん底まで落ち込んでいるアスヴィルも、花火の音を聞いて顔を引きつらせている。


「ついに帰ってきましたね……」

「帰ってきたな」


 互いに顔を見合わせてため息をつく。

 シヴァは額をおさえた。


「あの馬鹿がここにあいさつに来ている間に、沙良とミリアムをどこかに避難させておけ」


 いつまでも隠し通せられるとは思っていないが、気分屋のあの弟が、せめて沙良に対する興味を失うまでは隠しておきたい。


「いっそ、もう一度城から追い出す方法を考えてくださいよ……」


 アスヴィルの言葉に、それができるならそうしたいところだ、と半ば本気で考えた。


「それでは、沙良とミリアムを閉じ込めるのに、南の塔あたりをお借りしても?」

「ああ、好きにしろ」

「……沙良はともかく、ミリアムが素直に従ってくれればいいんですが……」


 気の立った猫さながらに鋭い爪で引っかかれることは想定内だ。それだけですめばいいのだが、とアスヴィルは戦々恐々としながら部屋を出ていこうとした。


 ――だが。


 アスヴィルが出ていくよりも早くに魔王の私室を訪れた従者によって想定外の発言がおとされた。


「セリウス様が、沙良様のお部屋に向かわれたようです」


 ピシィと部屋の空気が凍りついた。




     ☆



「妹よ!!」


 バターンと大きな音を立てて部屋の扉が開かれるなり、派手な男がそう叫んで両手を広げた。

 キラキラしている。

 髪はシルバーに青を少し落としたような色をしていて、背中にかかるくらいの長さだ。光沢のある青いリボンで一つにまとめられている。瞳は深い青い色をしていた。

 白地の上に金糸で精緻な刺繍がほどこされた服に、青いマント。足元はブーツ。


(派手です……)


 男に対する沙良の第一印象は「派手」だった。

 顔立ちは恐ろしく整っている。美貌のミリアムが「お兄様」と言うだけのことはあった。

 だが、派手だ。

 恐ろしく、派手だ。

 何が派手なのかと問われれば、沙良はすべてと答えるだろう。見た目もさることながら、一つ一つの挙動が大げさで、派手。

 男は大股て窓際に立っているミリアム――現在は子供姿のミリー――に近づくと、その小さな体を抱きかかえてぎゅっと抱きしめた。


「ああ、ミリアム! なんてことだ! しばらく見ないうちに子供の姿に戻っているなんて……! あの男と結婚させられたのが、よほど悲しかったんだね。うんうん、お兄ちゃんにはわかるよ!」


 大げさに嘆いて見せる兄に対して、ミリーは冷静だった。


「相変わらずねぇ、セリウスお兄様は」


 そのまま、兄の腕の中でポンッと音を立てて大人の姿に戻る。


「わたしが子供の姿でいるのはちょっとした趣味みたいなものよ。そんなことより、お兄様は元気だったの?」

「もちろん元気だよ。あとで、この十年の武勇伝を聞かせてあげるからね!」

「ああ……、きっと、またあちこちに迷惑をかけまくってたんでしょうね……」


 この破天荒なミリアムにここまで言わしめるのだから、このセリウスというミリアムの兄は、よほどはた迷惑な性格をしているのかもしれない、と沙良は少し失礼なことを考えた。

 ミリアムが聞いたら「わたしは迷惑をかける人は選んでるわよ!」と言うに違いないが。

 再会の抱擁を交わしたのち、セリウス沙良に視線を向けた。


「それで、このお嬢ちゃんは誰かな?」

「その子は沙良ちゃんよ。シヴァお兄様のお嫁さんの」


 セリウスはパッと顔を輝かせた。


「へえ! 君が沙良ちゃん? お人形みたいだね! いくつ? 十三歳くらい? 兄上もロリコンだなぁ」


 突然ぎゅうっと抱きしめられて、沙良は目を白黒させた。


「十七歳よ、お兄様」


 隣でミリアムがあきれたように訂正を入れる。


「十七歳!? うそ。だってミリアムが十七歳の時は、もっとこう……」


 セリウスの視線が沙良の胸元に移って、沙良は顔を真っ赤にした。


「お兄様、それはセクハラよ!」

「あ、ごめん。つい。まあいくつでもいいや。可愛いし」


 ぎゅうぎゅう抱きしめられて頬ずりまでされ、沙良はどうしていいのかわからずミリアムに視線で助けを求めた。

 気づいたミリアムが、コホンと咳ばらいをして助け舟を出す。


「お兄様、沙良ちゃんつぶれちゃうから」

「ん? ああ!」


 セリウスの腕からようやく解放されて、沙良はほっと息をつく。

 セリウスは王子様然としたキラキラした微笑みを浮かべて手を差し出した。


「改めて、はじめまして沙良ちゃん。君の旦那さんの弟のセリウスです」

「は、はじめまして、沙良です」


 シヴァのことを「旦那さん」と呼ばれるのは気恥ずかしくて、沙良は照れながらセリウスの手を握り返す。


「あの堅物兄上が嫁を連れて帰ったって噂で聞いた時は耳を疑ったけど、本当だったんだねぇ。いっそ生贄≪いけにえ≫を連れて帰りましたって言われた方が信憑性あるもんねぇ」

「……」


 実際「生贄」とシヴァに言われた沙良にとっては笑えない冗談だ。

 事情を知っているミリアムも微妙な顔をして、沙良の肩をポンと叩いている。

 セリウスは手を伸ばして沙良の頭をよしよしと撫でた。


「しっかし可愛いなぁ。兄上のことだから、きっつい顔した美人を連れてきたんだろうから、ちょっとからかって遊んでやろうと思ったんだけど。これはいい意味で想像以上……」

「ちょっとお兄様、沙良ちゃんいじめたら許さないわよ」

「やだなぁ、いじめたりしないよ。ただ……」


 セリウスの双眸がにんまりと細められる。これはミリーが悪戯を思いついた時にする顔と同じで、沙良は警戒した。

 そのとき。


「セリウス!!」

「セリウス殿下!!」


 バタン、と扉が開け放たれて、シヴァとアスヴィルが部屋になだれ込んできた。

 セリウスは二人の顔を見て、にっこりと微笑んだ。


「やあ兄上、……と、ミリアムのストーカーしてるクソ虫野郎。お久しぶりですねぇ。兄上に追い出された十年前ぶりですねぇ。相変わらず仏頂面の堅物野郎で嬉しい限りですよ」


 なぜだろう、笑顔なのにセリウスが怖い。

 恐る恐る沙良がセリウスを見上げると、彼は沙良に向かって優しく微笑んだ。この笑顔は怖くない。


「ちょうどよかった。兄上、今から行こうと思っていたんですけどね」


 セリウスは沙良の頭を撫でるのをやめ、かわりに沙良の両脇に腕を差し込んで持ち上げた。


「ひゃあ!」


 急に目線の高さが上がって、沙良は焦ったようにセリウスに頭に抱きつく。

 ぴくっとシヴァの片眉が跳ね上がったが、沙良は気がつかなかった。

 そんなシヴァの様子を楽しそうに見やりながら、セリウスが言う。


「沙良ちゃん、気に入っちゃいました。俺に譲ってくれませんか?」


 ――隕石ばりの問題発言が、沙良の部屋に落とされた。

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