空蝉
私なんて生きている価値なんてないんだよな。
そんなのとっくの昔に分かっていた。
いじめられた時から分かっていたこと。私にみんなが教えてくれていたんだ。
それなのに、私は今日まで生きてしまった。そのせいで迷惑までかける始末。
生きてる価値なんて探す必要なかった。なぜなら、最初からなかったのだから。
私は、クローゼットに向かった。
「あった」
ベルトを見つけた。
いじめられた時に、たくさん調べてたから頭の中には知識はある。
いじめれた時、いじめた奴らを殺すか、自分が死ぬかを考えていた。
ついに、今日それを決断する時がきたみたい。
この家には、私の身長より高い場所にベルトを引っ掛けられるところはない。
だから、座って行うタイプを実行することにする。
首吊りと言えば、自分より高いところにロープなどを吊るして、そこに首を引っ掛ける方法が一番思い浮かぶだろう。
でもね、実は座ったままでもできるんだ。
実際に、座ったまま首吊りで死ねた人もたくさんいるんだよ。
中腰の状態で、首にベルトを巻いた。このベルトをドアノブに上手く固定してっと。
座りながら、体重をかけた。
あ、首絞まってんな。
だんだん、息ができなくなってきた。
苦しい。けどこれで辞めたら私は死ねない。
世界中からバッシングされた今、私に居場所はどこにもない。
だんだんと目の前が赤くなってきた。
なぜか、昔のことが頭を次々と過ぎる。保育園のときの記憶から、最近の記憶まで。どうでも良いような記憶までもが一瞬にして過ぎ去る。
意識が遠のいていく……
そう思った瞬間だった。
「ガチャガチャ。ただいま。柚いるー?」
「柚!」
急に体が浮いた。首にまとわりついていた重いものが外された。一気に酸素が体内に入ってきた。暗闇から開放された。私は咳込んだ。
「柚……何してんだよ……」
私は、瞼を開けた。晴人が見える。なんで晴人がいるんだ。あれ、私死んでない?
「良かった。生きてる」
晴人に抱きしめられた。晴人は震えていた。そして、泣いていた。
晴人は私の声が聞こえたように答えた。
「柚の会社から、柚がまだ出社してないって聞いてさ、電話しても出ないから、何かあったのかと思って家に戻ったんだ」
「ご、ごめん……」
「何も喋らなくていい。とりあえず、水飲もう。会社には休むって連絡しとく。僕も仕事休むわ」
「……」
また晴人に助けられてしまった。
「まず、水一口飲んで」
「うん」
「気分悪くない?気持ち悪いとか」
「大丈夫。ごめん」
晴人に暫く抱きしめられていた。晴人に今日の朝起きたことを全部話した。
「まず話してくれてありがとう。確かにそれは辛いし嫌だったな。
知らない人から多くの罵詈雑言を浴びせられたら誰だって嫌な気持ちになるし、死にたくなるよな。
柚がSNS見たとき、僕がいなくてごめんね。
もしいることができていたら、一緒に悲しんで一緒に怒ることができたのに。
仕事に行ってしまったことに悔やんでる。
柚はさ、SNSでバッシング受けたことで、世界中が全て敵になったって言ってたけど、それは違う。
少なくとも、僕は柚の絶対の味方。
僕は柚のことが大好きだし、何があっても柚を見放すことはしない。
それだけは覚えていてほしい。
SNSで嫌なツイートを送ってくる奴らはさ、柚のこと何も知らないのに、いろいろ言ってくるやん?
言葉で人を嫌な気持ちにさせて、辛い気持ちにさせて、最低な奴らだよな。
本当に許せない。
そういう奴らは、サイコパスだと思った方がいい。
この人間の世界は、十人十色と言われているようにいろんな人間がいる。
時には、今日のSNSのように「え、なんでこんなことするの?」という人間も混ざっている。
サイコパスが考えることは、どんなに僕たちが考えても納得のいく理由は掴めない。
例えばさ、通り魔にさ、
『なんで人を殺したんですか』って聞いて、
『人を無性に殺したくなったからです』と答えられても、理解できないよね。
サイコパスだからしょうがないのだ。そんなサイコパスの為に死を選ぶなんてもったいない。
でも、打倒サイコパス! なんて考えないほうがいいよね。
サイコパスは、絡んでくる人間を餌として毎日を生きてる。当たり前だけど、餌は食べられる。
サイコパスの餌が腐り、死んでも『あ、餌がまた死んじゃった』としか考えてない。
行動を改めようなんて思わないんだ。
ちなみにね、SNSの匿名の誹謗中傷には、民事と刑事の両面で法的責任が発生する。
社会的な評判を下げるようなものは、名誉毀損罪や侮辱罪、強い言葉で被害者を脅せば脅迫罪や強要罪などの刑事処罰の対象になる。
発生元が『名無しの女』ということが分かっているなら尚更、話は早い。
匿名でも、プロバイダ責任制限法に基づいて、SNSの運営会社にIPアドレスなどの発信者情報の開示を求めることができる。
IPアドレスは、ネット上の住所だから発信者を特定することができる。
だから、サイコパスたちを牢屋にぶち込むこともできるんだよ。
実際に、誹謗中傷で訴訟が起き、被害者側が勝ったケースがあるんだよ。
この訴訟するかしないかは、後で一緒に考えよう。
柚が死にたくなる気持ちもよくわかった。
でもね、死というものは、自分一人の問題では終わらないんだよ。
自分が死ぬということは残された人たちがいるということ。
人間は必ず誰かと繋がっている。誰かが死ねば誰かが悲しむ。
その誰かが自分の大切な人なら、その悲しみは計りしれないものだ。
柚の言うとおり、死にたくて死にたくて、生きるのが辛くなった時、死ねばそれで終わることができる。
自殺すれば、この辛い状況を抜け出せることができると。
しかし、この世からいなくなると同時に楽しかった思い出も嬉しかった思い出も全て記憶の中から消されてしまう。そして、残された人々はどう思うだろう。
家族や恋人、友達、知り合い、多くの人が嘆き、悲しむ。
大量の言葉の雨に打たれた時、全世界の人から言われているような気がするよね。誰も味方なんていないと思うよね。
でもね、それは間違いなんだ。
柚には、僕がいる。
何度でも言うけど、どんなことがあっても僕は見放さないし、柚のことが好きだ。
これは断言できる。
柚が死ねば、僕は間違いなく嘆くし、家族や職場、友達も嘆く。
逆に、柚のことをいろいろ言ってる顔無したちは、柚が死んだらどう思うかな。何も思わないよ。
柚は、言葉にはできないような闇を持った。その闇は永遠に消えないかもしれない。
しかし、この世になんとか踏みとどまっているおかげで、僕に会えた。
人生辛いことがたくさんある。数え切れないほどに。
でも、生きていれば、必ず報われる。
生きてる価値なんて、見つけなくていい。生きているだけで尊いのだから。
仕事辞めてもいいし、違う県に行ってもいい。日本から飛び出してもいい。
草原で、そよ風にあたる毎日でもいい。柚が好きな読書をずっとしててもいい。
僕が支えるから。
僕は、まだまだ柚と一緒にいたい。過ごしたい。
一緒に生きてくれませんか」
私の目から、涙が溢れていた。
ついに、完結いたしました。
今まで応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
皆様のおかげで、ここまでくることができました。
感謝申し上げます。
今後とも、よろしくお願いします。




