ジントニック
その男は、30代くらいでスーツを着ていた。
仕事帰りのようだ。
「いま1人ですか?」
「そうですけど」
「隣座っていいですか?」
「どうぞ」
「仕事帰りですか?」
「はい」
「俺もです。今日大きな仕事あって、1人で祝杯あげようと思ったんですけど、あなたがいたので声かけちゃいました」
「それは祝杯あげなきゃですね。一杯くらいなら付き合いますよ」
「ありがとうございます」
相手はジントニックを頼んだ。
すっきりとした口当たりに、ふわりと広がるライムの香り。しつこさのない甘さがある。
わたしが最初に頼んだやつだ。
バーテンダーにとってジントニックは最初に学ぶカクテルの一つという。
材料はもちろんのこと、手順のかけ方次第で味は変わってくるので、作り手の力量による部分が大きいらしい。
わたしはモスコミュールを頼んだ。
モスコミュールはクセのないウォッカにジンジャーエールとライムが爽やかな飲みやすいカクテル。
ジンジャエール好きなんだよね。
世間話をいくつかした後で、モスコミュールはなくなった。
晴人帰ってくるかな。
スマホを見ると「今日は帰れそうにない」というメッセージ。
「なにかありました?」
「嫌なことがありまして……少し悲しい気持ちになっただけです」
「もしよければ、場所変えますか?」
「そうですね。もう少し飲みたい気分です。付き合ってくれますか?」
「もちろん。今日は金曜日だし、明日は仕事ないので。何時でも大丈夫ですよ」
こうして、2人はバーを出た。




