逢魔時
そして、警察の警告から半年後。
半年も経ち、私は原田の存在を気にする日々は、送っていなかった。
原田のことは、忘れた。
警告、防犯カメラ、ドライブレコーダー、110番登録、防犯パトロール
それらを対策し、安心していた。
警察も、安心していたようで、2週間に1回の安全確認の電話が、1ヶ月に1回になり、2ヶ月に1回になった頃だった。
仕事の都合でも接点を持とうとすることもないし、やっと、原田から解放されたと思った。
いつものように、仕事に行くのがだるいと思いながら通勤し、自分なんて生きる価値はあるんだろうかと考える毎日を送っていた。
仕事が終わり、アパートへ帰ろうと歩いていた。
人気のない道だった。
街灯が少ないせいで、より不気味にみえる。
今日はなぜか、いつもより不気味に見えた。
秋だから、うすら寒い。
早く帰って暖かい部屋に入りたい。
で、ゲームしよ。
あ、今日私が買ってる連載のコミックの新刊発売日だった。
それ買っていこ。
空を見ると、日が沈もうとしていた。太陽が沈みかけ、地平線の辺りだけ薄いオレンジ色になり、その上に薄い黄色と白が混ざったものが重なり合っている。徐々に青に近づいていき、空全体がどんよりとした暗い藍色に染まっていっていた。
暮六つと言われる酉の刻。逢魔時か。
たしか、人間の時間である昼間と魔物の時間である夜の切り替わる時間帯で、魔物と遭遇してしまう時間なんだよな。
すると、パッと私の前に人間が現れた。
びっくりして、その人の顔をみる。
原田だった。
「え……な、なんでここに……」
「ゆずが全然会ってくれないからだよ」
「会わないって約束したはずじゃ」
「警察に行くなんてひどいよね。俺はこんなに柚のことが好きなのに。なんで距離をとろうとするの?」
怖かった。震えた。
私は逃げようとした。
でも、体が動かなかった。恐怖で足がすくんでいた。
人間は、本当の恐怖が襲ってくるとき、硬直してしまうというのを聞いたことがあったが、それは本当だった。
動けない。
「ゆず、俺のところに戻っておいでよ。そしたら、2人の明るい幸せな未来が待ってるよ」
腕を掴まれる。
「ね、俺のこと好きなんだよね? なのになんで逃げようとするの? おかしいよ」
「誰か助けてください!」
そう声を振り絞った瞬間、私のお腹に何かが刺さった。
赤い液体が流れる。
なにこれ。そして、激しい激痛。
痛い。
顔をしかめるしかなかった。痛すぎて、足に力が入らない。刺されたところを押さえようとし、そのまま、崩れ落ちていく。
そうか、私は原田に刺されたんだ。
「柚が大きい声出すからだよ。静かにしてれば、痛いことしなかったのに。痛かったねぇ。柚。大丈夫?」
原田が私の背中をさすっている。
触らないでよ。でも、
抵抗できない。
痛すぎて意識が遠のく。
原田の薄笑いがボヤけてみえる。
薄笑いの後ろには、あの不気味な空が見えた。
逢魔時。
空さえも、私を笑っているような気がした。
その薄笑いがだんだん見えなくなった。
あれ、おかしいな。
目があけれない。
私は、しゃがむことすらできず、その場に倒れた。




