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第6色 夢から醒める

 気がついたら音も匂いも何も存在しない世界、例えるなら水の無い深海のようなひたすらに真っ暗な場所を行く宛もなくただ漂っていた。

 自分はどこにいたのか、自分はどこから来てどこを目指せばいいのか、宇宙にぽんと放り投げ出されたようなそんな空虚な中、目の前にあるものが現れた。


 それは、白い闇と黒い光だった。


 何かに例えた比喩や見た感じの雰囲気ではなく、本当にそうだと表現するしか他に無いと思うほどの吸い込まれそうな白い闇と、眩しいほどの黒い光。


 その二つは行く宛のない俺をどこかに導くように、道を一本作った。


 暗闇で何も見えない聞こえない、そんな八方塞がりな状況で何かしら目に入ったらそこに向かうのは人間として至極当然のことだろう。そんな感じで俺は、一見矛盾していてちぐはぐ、でもどこか温かく懐かしいような二つが作った道を歩いた。


「――――」


 そうして、しばらくされるがままに何も考えずに歩いていると、ふと気がついたら白い闇と黒い光は目の前からいなくなっており、直後一際目を覆いたくなるほどの強い光に包まれた。


「――――ッ!!」


 目が覚めると、いつもとは違うやけに無機質な景色が視界に広がっていた。その端ではお洒落とは程遠く、機能だけを追求したカーテンレールが見えているので多分だが――


「ここは……病院……か?」


 自由は今自分が居る場所と、記憶がぷつりと途絶える以前に何があったかの確認を独りで整理していると、何の前触れもなく横から声が掛けられた。


「大丈夫か?白髪頭(しらがあたま)


「――ッ!……って、びっくりさせんなよ!大丈夫だけど……えーっと、誰だ?」


 気配もなく急に声を掛けてきた赤髪の青年は、容姿的にさほど年代は変わらないように見えるにも関わらず、今時珍しく幕末の武士っぽい出で立ちをしており、その着ながしの影響か、あるいは先ほどから常時瞑っている左目の所為か、自分よりも遙かに大人びているように見えた。


 しかし、この青年はただ大人びているだけではなく、そこはかとなく百戦錬磨の強者と思わざるを得ない凄まじい風格が頭の先から足の先まで、これでもかと言うほど滲み出ていた。


「悪い悪い。俺は……まあ、流浪(るろう)(もん)だ、名乗るほどじゃねぇ」


 赤髪は右の掌を顔の前に立てて形だけの謝罪をした後、そう言ってこれ以上踏み込め無いように穏やかにシャットアウトをした。自由はどう尋ねても何処の馬の骨かは教えてくれないだろうなとすぐさま察し、次点で訊きたいことを尋ねる。


「じゃあ、どうしてここに?俺、あんたと話したことも、見かけた記憶も全く無いんだけど……」


 洋服が主流な現代でこれ程までに着流しを完璧に着こなしている人物など、一度見たら例えどれほど忘れたくても記憶にこびり付いて離れてくれないだろう。様になっていることからどうやら常時着ているみたいだろうし。


「実のところ俺もほぼ初めましてなんだ。それでどうしてここに、と訊かれれば、お前をスカウトしに来た、というのが答えだ」


「初めまして、に関してはこの際どうでも良い。それよりスカウトって何のだ?」


 折角人が丁寧に挨拶してやってんのに、と口を尖らせ呟く着流しは、何故か無下に扱われるやりとりでさえ心の底から楽しんでいるように思えて仕方がなかった。


 そんな飄々とした着流しに、早くしろよ、と目で急かすと急に砕けていた佇まいを一変、綺麗に姿勢を正し、真面目な表情をしてちゃんとしたスカウトをしてきた。


「単刀直入に言う――お前、中和者にならねぇか?」


 自由は、今この赤髪に言われたことを、頭の中で何回も何回も反芻する。


(中和者って所謂(いわゆる)あの中和者だよな?まさかとは思うが、お店のテーブル(カウンター)の事じゃ無いよな)


 思案中にそう思い、悩む振りをしながら着流しの顔を一瞬だけ盗み見るも、そんな巫山戯(ふざけ)たことを抜かすような表情ではなかった。


(でも、何でまた俺が?まさかさっきのか……ってそう言えば!)


「おい、さっきのあの親子どうなった!?街は?被害者は?どうなんだ!?」


 記憶が途切れる前に起こった事の顛末(てんまつ)について、着流しに殴りかかるようにして詰め寄る。


 正直な話、血能も未来も無い自分が死のうとも、血能も未来もあるあの親子だけは助かってほしいと、気を失うまで切に願っていた。


 しかし、自分が目覚めてしまったということにより、俺に血能を寄越さなかった意地の汚い神様が、これからの未来を作っていく親子よりも価値の無い俺に(はかり)を傾けたと思い、どうしようもないほど焦りが産まれていた。


「おいおい、テーブルとかそんな事考えてると思ったら、急にそれかよ」


(こいつ俺の考えを読んでる……――なら丁度良い、良いから早く教えろ!)


 心を読んでいると思しき一言に一瞬だけ驚くも、血能やその他どんなものだとしてもそれこそ人の数だけ存在するので、早く知りたいが為それを逆手に取った。


「……催促すんなって」


 バンザイするように両手を軽く挙げ、力なく笑いながら降参のポーズを取る着流しのふざけように若干の苛立ちが募るも、次の言葉でそれは跡形もなく解消された。


「安心しろ、街の人も、あの親子も、怪我人は出たものの死者は出てない。もっぱらお前のおかげでな」


 その言葉に安堵したことで捩れるほど強く掴んでいた襟を離し、前のめりになっていた身体を力を抜くようにしてベッドに全体重を預ける。そんな俺の頭に着流しは手を乗せてわしゃわしゃと髪を乱してくる。


 父親がもしいたらこんな感じなのだろうと、そんな考えが一瞬だけ頭を過ったが、顔が真っ赤になっていくのを感じるほどの恥ずかしさから、


「止めろって!」


 自分よりも大きく力強い手を、片手で思い切り撥ね除けた。


 そんな俺の勝手には意にも介さず、着流しは少し乱れた襟を正し、今度は心の底を見透かすような鋭い視線を向けてきながら、聞いてくる。


「そんで、質問の答えは?」


 その質問を機に、部屋の空気がガラッと一瞬で変貌した。それはピリピリとした肌を刺すような感じであり、もっと言えば全身に向けて鋭い刃物を間近で突き付けられているような、それほどの緊張感が漂っていた。


 そんな空気の中、目の前のおそらくそこら辺の人とは比べものにならないぐらい強者であろう者の質問をはぐらかすわけにもいかず、自分の中で聞かれた質問を反芻する。


「――――」


 しかし、その質問をいくら咀嚼しようとも硬い石を噛んでいるみたいでうまく噛めず、また飲み込めず、そのため嚥下が出来ないのですんなりと答えが出るはずもなかった。


 俺はあれほど中和者になりたかったのに、あれほど中和者になることを望んでいたのに、この後に及んで俺は、迷っていた。


「――――」


 あの親子のことはもちろん心配していたし、街にいた人々も何も被害が無い方が良いと思っていたのは確かだが、そんな迷いから質問の答えを少しでも延長しようと訊いていたことは否めない。


 それほど自分は弱いし、迷うし、自信が持てないのだ。


 そんなちっぽけな自分が、助けを必要としている誰かを救える立場になることが出来るのだろうか。それは、血能が有る無しのもっと前の、精神的な部分での問題では無いのか。


「――――」


 テレビや新聞、ラジオなどで日夜聞く一級の中和者(カウンター)は誰よりも強く、誰よりも勇気があり、誰よりも人格者である。


 一番身近な中和者(カウンター)である今は亡き両親について、数年前気になって調べていたときも、立派な人間だったと誰もが言っていて尽きない。その息子がこんな体たらくでは、会わせる顔が無いのでは無いだろうか。


「俺は……人格者じゃないし、血能も無い……。俺の掌には何も……何も無いんだ!!」


 着流しと比べて雲泥の差がほどある圧倒的に小さく弱々しい自分の掌を見て、そう言う。


中和者(カウンター)は強くなくて良い。誰よりも弱くたって、小さくたって良い」


 着流しは、言葉を続ける。


「――他の誰よりも、傷を負っている誰かに寄り添えれば、な」


「でも、俺弱いし、惨めだし、役立たずだ。学校でも、能無し、色無し、個性無しって言われてる。今だって憧れていたはずの中和者(カウンター)になれるチャンスが掴めるかも知れないのに尻込みしてる」


 能、色、個性と蔑まれてきたその三無しに、目の間のチャンスにさえ尻込みしてしまう意気地無しも追加できるほどの無い無い尽くしだ。そんな自分の情けなさに完全な八つ当たりと頭では分かっていても、燃え上がる感情はドンドンとヒートアップしてしまう。


「そんな無い物尽くしの俺が、何になれるってんだ?誰かに寄り添えば弱くても良い?俺にそんなことが出来ると思ってんのか!?」


 言いたくも無いほど醜い言葉が、聞きたくも無いほど悪辣な感情が、歯止めを無視して出てくる。


「クラスメイトが出した血能のナイフに膝をガタガタ震わせて、敵いっこないって初めから諦めてんのに人なんか救えるわけ無いだろ。どうやら見たところお前は中和者(カウンター)として上位の存在だって分かるほどオーラが出てる。でも、俺は一般人だ。いや、一般人以下だ。血能が使えないただの役立たずだ。そんな俺の気持ちを上位者が分かるはずねぇーだろ!!」


「ああ、確かに俺は上の方だと思う」


「ほらな、だからもう――「でも、俺には出来ないことがお前には出来る」」


 飢餓状態にある空腹の人の空腹感は、破裂しそうなほどの満腹の人には到底分からない。また一日一日が命がけの貧乏な人の苦労を、湯水の如く札束に埋もれる富豪は一ミリも知らない。


 それらと同じように、上に立つ者は、下に居る者の気持ちなど産まれてから一度も考えたこともないだろう。


 だから放っておいてくれ、とこれ以上の会話の拒絶を露わにしようとした瞬間、そんなことを言われ、俺は今までの汚い勢いを殺され、呆気にとられる。


「――あ?」


 着流しの言っている言葉の意味が別の世界の言語のように思えたためいまいちよく分からず、間が抜けたような声で聞き返すと同時に病室のスライドドアがゆっくりと開く。


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