第5色 赤髪の着流し
「何なんだあのガキは……」
まるで死神のような真っ黒な着流しと真っ赤な羽織を粋に着こなして魅せている真っ赤な髪の青年は、ちらちらと真っ白な髪をしている少年のことを度々見ていた――急に暴走を起こし始めた大量の人々を手加減をするために愛用している木刀で中和しながらの片手間に。
『ブラッド・ソード』
青年は中和の効率を上げるため今にも燃え上がりそうな、丁度髪色と同じ真紅の直刀を手の平に顕現させる。その刀は何人たりとも傷付けることがないように完璧に刃引きが施されているが、皮膚を切らずとも持ち主の技量次第では一瞬で撲殺することも出来る恐ろしい出来栄えだった。しかし、この青年は殺しのためではなく、暴走状態にある人々の意識を刈り取ることのためにそれを使用するつもりだ。
「――――」
そして、直刀を持っている赤い青年が通った道には、意識の無い人間数百人ほどが、これでもかと言うほど芸術的なまでに綺麗に並べ揃えられており、更には、血能によって発生した様々な液体や気体などが跡形もなく消され、つい数十分ほど前までの通常の町並みに戻っていた。
この常人には決して成し得る事が出来ない超絶技巧を、白い髪の青年に意識と視線を向けていながらも行えていたという事実は、この赤髪の青年の実力を如実に物語っているだろう。
加えて、気絶している人の中には、並の中和者では相手取れないほどの血能を持ち、且つ暴走という箍が外れた事によって更に強力な力を振り回していた者もちらほらいたのだが、そのような多少の実力者では手の付けられない者も瞬く間に意識を刈り取られ、芸術品を担うように地面に横たわっていた。
「――――」
暴走がある程度まで進んでしまうと、ただ意識を奪ったぐらいでは暴走を止められるわけではないので、きちんと完璧な中和が行われていた。
もっとも、初期段階であろうともれなく全員中和されているのだが。
技術、経験、速度、どれを挙げても、赤髪の青年の力は並の中和者とは幾馬身もずば抜けていた。
「おっと!もう終いか」
暴走者が多数発生したことによって暴走を起こしていない者たちは遅れながらも逃げ、赤い青年の周りは静寂――ただそれだけが存在していた。
「どれどれ?」
白い髪の少年が、血能の暴走によって生成された余人では制御不可能な水球に――普通の神経をしているのならば行動を起こすことはもちろんのこと、思いつくことさえ絶対に出来ないであろう――何の考えも無しに頭から突っ込んでいく、という破天荒な選択をする瞬間を目撃する事が出来た。
しかし、その後は暴走者の密集具合の都合上と離れた暴走者の対処に追われていた所為で、頭から入っていった先から見ることが出来無くなってしまったため、行く末がどうなったかものすごく気になっていた。
「――は?………………はっ……はっはっははは」
その圧倒的な存在感からすぐに見つけられた水球は、驚くべき程まで巨大に成長を遂げており、血の魔力――血力が内部で凄まじいほど荒れ狂っていた。
だが、それよりも比べようもないほど驚いたのが、無鉄砲に突入していった白髪の青年が水球で溺れかけていた親子を外に力尽くでぶん投げたことだ。
その破天荒さに一回笑い声が漏れてしまってからは、絶え間なく押し寄せる波のように笑いが次々に襲ってきた。
笑いながら青年がどう水の監獄から出てくるのか動向を見守っていると、親子を外に出した時点で心体共に力尽きたようで、今まさに首に死神の鎌が掛けられているような死を悟っている顔をしていた。
「うら若き少年がそんなしけた面すんなよ……」
水球まで300mほどの距離を瞬く間に詰め寄り、白髪の青年の諦観した顔を水球越しに見ながら呟いた。
その顔はひどく優しげで、まるで我が子を見ているようなそんな温かさと柔らかさがあった。
「よっと!」
赤髪の青年は、手に持っていた直刀を高性能なカメラでさえ視認出来ないような超スピードで二閃振るった。
「あんがとな」
刀に労うようにお礼を言った後、手に持っていた真紅の刀と、視界を余すこと無く覆い隠すほどの水球は一瞬の内に霧散した。そして水球を水滴一滴も残さず消した赤髪は白髪の少年を抱えながら袖口から携帯を取り出し、或る人の所に電話を掛ける。
「――あ、俺だ。出先で偶々良いの見っけたわ。帰り遅くなるから、頼むわ」
電話口では相手が音が割れるほど怒鳴り、耳を劈くほど叫んでいるのが聞こえてくるが、強制的に画面を閉じる。
「さて、こっちか」
赤髪は白髪を脇に抱えたままビルからビルへ、家から家へ、それぞれ屋根伝いに軽く跳躍していった。