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第4色 決死の救出

 毒にも薬にもならない学校が終わり、今現在は帰路についている。

 家に帰る、もしくは学校に向かう道のりでは、一度街中に出なくちゃいけないのが厄介に感じる。



 血能が発現する10歳以降からは、血の色が身体中の色素に多大な影響を及ぼしてくるらしく、その中でも特に髪の毛に色濃く出てしまうとされている。なので、街を歩けば似たような人はいるが誰一人として完璧に同じ髪色の人はいなく、髪の毛は個性を表す重要な要素の1つとなっている。


 しかし、その所為で血に色が無い俺の髪は、透明感のある白色。


 白に近い人はごくごく稀にいるのだが、俺ほど真っ白な人はいないため、街行く人(みな)が物珍しさを感じているのか無遠慮に見てくるため、何とも居心地が悪い。そして、その視線はまるで俺に居場所が無いとそう言っているかのようにも思える。


「――――」


 登校する朝方は全体的に忙しなく、他人に構っていられる余裕がそれほど無いからか見てくる人は多少いるものの、まだそこまで気に障るほどでは無いのだが、下校時刻である落ち着いた夕方頃は特に酷い。すれ違う人々はもちろんのこと、遙か前方にいる人や、後ろからも視線が突き刺さる。


 そして、コソコソと耳に入ってくる言葉の数々は、不協和音だけで構成された楽曲の方がまだ聞き心地が良いと思える程までに、苦痛だ。


 そんな四方八方の不躾(ぶしつけ)な視線と自身への不当な評価に、動物園の檻の中にいる動物はこんな感じなのか、と毎回同じことを思いながらも何とか我慢し、絡みつくような粘着質な視線と言葉から逃げるように足早に歩く。


「――――」


 しばらくすたすたと何も考えないようにして歩いていると、後方からまるで何かから懸命に逃げるようなもの凄いスピードで駆けてくる音と、その逃げている誰かと他の誰かが衝突し、人が転ぶような音が微かに聞こえてきた。


 パッと後ろを一瞥(いちべつ)し、一連の出来事に不思議に思いながらも早くこの場から立ち去りたいという()く気持ちから、特に気にもせず歩く速さを早める。


 しかし、駆けてくる音は人を倒したぐらいでは止まらないようで、後ろから聞こえてくる駆け足の音があっという間に近付いてきて、すぐ真後ろまで迫ってきた。


 そう思った矢先、


 ドンッ


「――――!!」


 走っているおかげで勢いの乗っている人物と自分の肩とが何の躊躇(ためら)いも無くぶつかり、思わず蹌踉(よろ)めいて蹈鞴(たたら)を踏んでしまう。


「――痛ッ……って、おい!!」


 ようやくふらついた体勢を立て直し、ぶつかってきた件の人物に文句を言おうと前を向くと、モーゼの海割りのように二つに割れた人混みの結構先の方で、犯人らしき人物――青年が街中を突っ切るように全力疾走しており、既に追いつこうにも追いつけないほど距離が離されていた。


 そして、その先の道中でも駆けていった青年は歩いていた人と衝突しているらしく、自分と同じく蹈鞴を踏んでいる女性や、勢い余って転んでいる少年までもがここから見受けられた。


「あいつ……絶対許さな――ッ!!」


 ――許さない、と怒りを(あら)わに言いかけたその時、通常では起こり得ない街に起こっている様々な異変に気が付いた。


「な、何だ……?」


 その異変とは、物が焼けるような焦げ臭い(にお)いが漂うにも関わらず、足下は水浸しで、その上途中途中凍っているところも存在しているちぐはぐさ。そして、その他にも時折身体が蹌踉(よろ)めくほどの急な突風が吹いたり、それに乗せられてくる意識が(とろ)けそうになるほどの甘ったるい匂いが度々鼻をついていた。


 どうやらここ周辺の至る所で、血能が暴走している人――暴走者(アンコントローラー)が多数現れているようだ。


 そう状況を察し、ふと前方を見てみると、先ほど自分と同じく青年にぶつかられ蹈鞴(たたら)を踏んでいた女性が、直径2mはくだらないであろう水で出来た真球の中で溺れかけているのが眼に映った。

 恐らく、水で出来た真球は、女性本人の血能によるものであろう。


 その様子を見た瞬間、急いでその女性の下へ駆けていく。すると、女性の腕にはまだ生後間もないと誰もが分かるほど小さな赤ちゃんが、文字通り宝物のように大事そうに抱えられていた。


「――――!!」


 周りにいる暴走していない正常な大人たちを見渡しても、暴走し下手に近づけない女性はともかく、抱えられている何の罪もない赤ちゃんさえも誰一人として助けようとせず、近くにいるかもしれない中和者を待って、暴走者がいない安全な遠くから傍観を決め込んでいた。


 しかしそれだけには飽き足らず、挙げ句の果てには、スマホで動画を撮っている奴までもがぽつりぽつりとだが存在していた。そいつらへの怒りが瞬間湧き上がるが、今はそいつらを(なじ)っていても仕方あるまい。


(血能が無い俺には……個性が無い俺には見ていることしかできないのか……!!)


 しかし、いくら対処の仕様を考えども、血能の暴走に対抗できる血能を持っていない自分にはどうすることも出来ない。不甲斐なさ、無力感、それらから湧き出るやり場のない怒りの矛先を他の誰でも無い自分へと向けながら、周りの傍観者たちと同じく、もしかしたら近くにいるかもしれない中和者が来るまで待とうと思ったその時――


「こ、この子だけは……ど……うか、た、たすけ……て……」


 血が暴走を起こし、心身ともに今にも気を持っていかれそうなほどの耐え難い苛烈な負担が掛かっているのにも関わらず、我が子を守りたい一心で助けを(こぼ)した女性。その一言に何故だかは自分でも分からないが、俺の身体は気が付いたら女性を助けるために動いていた。


「待ってろ……今、助けてやる、から!!」


 血能の無い自分には為す術も無く周囲の傍観者たちとそれに連なるしかない、と半ば助けることを諦めていた頃よりも見るからに肥大している水球に手を突っ込み、無尽蔵に溢れる水を懸命に掻き出す。


 だが、すでに何十回も何百回も掻き出しており、足下には大量の水溜まりがあるにも関わらず、水球はその大きさを減らすことなど知らずに秒単位で目に見えて大きくなる一方だった。


(何か無いのか……)


 水球の中で溺れている女性の顔色は真っ青というよりもすでに真っ白に近く、現時点でもう限界、あるいはそれを越えていると疑う余地もないほどだ。

 そして、抱えている赤ちゃんもそこから逃げだそうと、懸命に短い手と足を使ってバタバタと藻掻(もが)いている。


 まだこの世に産まれてきて間も無いはずなのに、その水責めは酷にも程があるだろう。


(俺はこういう子を無くしたいんじゃなかったのかよ……こういう子を一早く救ってあげるんじゃなかったのかよ!!)


 湧き上がる自身への怒りを余すこと無く力に変え水を掻き出すスピードをどれだけ上げても、大きさを増していくだけの水球に、自然と自由の焦りもそれ以上に増していく。


(もうこれしか……ッ!!)


 自由は決して力があるわけでは無い。そして、頭が回るわけでも無い。でも、ここら一帯にいる誰よりも人一倍助けたいという思いが強かった。

 その気持ちが最高潮に達し、常人では考えつかないことを考え、挙げ句の果てには行動にまで移した。


「待っ……てろよ……ッ! 今すぐ助け……てやる……からな」


 作戦と呼んで良いのかすら怪しい一か八かの暴挙を思いついてから一瞬で意を決し、息を思いっきり吸い込んだ自由が水球に頭から突っ込んで入った頃、水球の大きさは直径5mを優に上回っており、更には中心に集められるように複雑な回転運動まで起こしていた。


 かの有名なドレーク海峡のように荒れ狂う水球に勇気を出して入っていったが、親子の下に辿り着くことが出来る可能性は極僅か。もし仮に辿り着き、連れ出す事が出来たとしても、助け出した自由本人が水球の中から外に出られる確率は、万に一つも無いだろう。


「――――」


 身体全てが飲み込まれた瞬間からグルグルと視界が上下左右、更には前後にも動かされていく。そして、一秒も経たない頃にはもう上も下も、右も左も、自分の四肢がどの状態かさえも分かっていなかった。


 しかし、そんな狂乱としている水地獄の中でも、助け出さなきゃいけない人たちのことだけは今もしっかりと見据えており、そこに微々たる様ながらも向かっているという自信は確かにあった。それは確信とも言えよう。


 水中で撹乱(かくらん)され過ぎてどれほどの時間が経ったかも分からなくなり、肺に残っている酸素が残り3分の1を下回った辺りで、ようやく女性の腕を掴むことに成功した。


 絶対に離さないようにとしっかりと掴んだか細い腕は、冷たい水の中に入っているのにも関わらず、全くと言って良いほど体温が感じられずに、それどころかひんやりとした冷酷な冷たさだけが無情にも伝わってきた。そして、その体温の低さ(現実の冷酷さ)は自由の焦りを加速させた。


(早く助けないと、このままじゃ親子もろとも――!)


 三半規管も脳みそも、度重なる上下左右の反転と酸欠の所為で両者ともに役割を放棄しており、その結果意識が覚束(おぼつか)なく、思考することさえもままならなくなっていた。それに加えて、フワフワとした心地良い眠気をも感じ始めるようにもなっていた。


 そんな身体の極限状態から自分の力が尽きるのも、もう時間の問題と悟っていた。


 しかし、身体はどれほど限界でも、心だけは折れていなかった。心はそんな程度では折れるはずも無かった。


 何故なら、あの実験台という最悪に明け暮れた日々に比べたら、文字通りぬるま湯に浸かっているほど生易しいものだったから。


 酸素不足?――そんなのただ苦しいだけだ。


 吐き気?――出てこようとするもの全てを飲み込めば解決する。


 体温が下がっている?――まだ死ぬわけじゃ無い。


 死神の“楽になれよ”と呼び掛けてくる甘言密語(かんげんみつご)を振り切り、最後の仕事と言わんばかりに、自由は残りの力全てを使い果たし、女性を掴んでいる腕を思いっきり振る。


 その運動が起こした遠心力と、偶然にもある一箇所だけ外に向かっていた水球の複雑な動きのおかげで、振られた腕の先の親子はいとも簡単に水球の外に投げ出された。


(後は……もう、大丈夫、か……)


 親子を投げ出した先は、記憶によれば洋服屋さんの店内のはずで、洋服がクッション代わりになってくれるだろうから大丈夫、と辛うじて残っていた思考力を使い果たし、安堵する。


 そして、死力を尽くし、火事場の馬鹿力をも使ってしまった自由は、再度水球の運動により中心に戻されてしまった。


 徐々に不明瞭になってうつらうつらと薄れゆく景色の中、目測で自分が今いる中心地から水球の外までは7mほど――直径14m位まで成長しており、発動主が不在のためか水の中は先ほどよりも一層荒れ狂っていた。


 力は完全に底を尽き、万全の状態でやっと突入できた水球の状態よりも、更に凶暴さを増している。


 自分でも理解したし、させられた――もう終わり、だと。


(俺の人生ここで終わるのか……せめて血能さえあればもう少し未来は違ったのかな……)


 そこで自由の意識はシャットアウトした。


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