第1色 区切り
「この世界約10億人存在する中、十人十色と言うように誰一人として同じ色の血を持つ人間は存在しない。よってこの世界にただ一つの血の色は、その人の個性でもあり、生まれ持った本質でもあり、唯一無二のアイデンティティでもある。
そして、何より――自分だけの特別な色だ。
血の色は大きく分けて三色ある。赤、緑、青――俗に言う三原色、というものだ。
その赤、緑、青の三色を各種掛け合わせて、赤色っぽい紫や、その赤寄りの紫よりも黄色に近い紫など、色んな色が色々作れるわけだ。
ここまで聞いて一つ疑問が浮かんだ人もいることだろう。その疑問とは、色の数は決まっているのではないか、とこんな感じの。
これについては、イエスとも、ノーとも言える。しかし、最終的な答えはノー、だ。
先ほど言った三原色であるR・G・Bの三色が使われているPCなどでは、各三色の256階調の組み合わせで色が出力される。それを計算するとPCで表現できる色の数は、約1677万ほどの色しかない。しかも、理論上パソコンの中では違う色だが、人が目で見て違う色と認識できる数はこれよりもずっと少ないことだろう。
じゃあこれがこの世界に存在する全ての色の数なんじゃないか、と問われれば、実はそうではない。
赤から紫になったり、白から黒になるグラデーション。その長い巻物のように連続した色の変化の中である一点を区切る。区切った一点こそが俺らが認識する色となる。
この“区切り”こそが最も重要なんだ。
分かりやすく説明するために、各自、頭の中で10cmの定規を想像してみて欲しい。その定規の中で刻まれている最小の単位は、大半の人はおそらくmmだろう。でも、それよりも小さい単位は、mmとmmの間に確実に存在している。
君たちに問う。頭の中にある10cm定規に記されているメモリを一回全部取っ払って、新たにメモリを作るとしたらそれはどのくらいの数作れるだろうか。
1cmごとだと、10個か?1mmごとだと、100個か?――いいや、答えは無限に作れる。
それは何故かと言うと、0.1mmごとでも、0.000001mmごとでも、更にそれより小さい長さでもメモリは作れてしまうからだ。鉛筆で書けないからーとか、目が悪くて見えないからー、とかいう反論は許さない。それは屁理屈だ。
よし、ここまで話せば、頭の良い人ならもう言いたいことに薄ら気付いていると思う。が、分からない人が大半だろうからもう少し話そう。
じゃあ、話の最初に戻るぞ。俺は最初に“区切り”が最重要と言ったな?つまり、たかが10cm定規が無限に区切れるということは、縦にも横にも連続した色のグラデーションが無限に区切れないわけが無い、と言うことなんだ。
少し脱線するが、最近巷では血の色による性格診断というものがあるらしいが、あれは荒唐無稽な話だ。血の色が黒に近いほど悪事に手を染めやすかったり、白に近い方が善良な心の持ち主だったりとか、そんな事は絶対に無いから安心しろ。お前らは絶対に惑わされるなよ。
と、知っておいて損は無いが、さして得にもないことをダラダラと話してきた。が、これからの方は重要だ。さっきの“区切り”よりも重要だ。でも、まあこれもある意味お前らにとっては“区切り”か……。
お前たちは全員先月中に10歳を迎えたことだろう。10歳になれば、これからは自分だけの色を用いて様々な能力が使えるようになる。血の異能力――血能だ。これも血の色と同じで、千差万別。もっとも似たようなものはあるが。
例えばで言うと、
或る人は、体外で血を凝固させダイアモンドよりも頑丈な武器を作り、
或る人は、体内で血を濾過させ多種多様な効果を持った液体を作り、
或る人は、血管内で血を沸騰させ身体能力を向上させる。
血能は、誰もが当たり前に持つべきの能力だ。そして、それらは使い方によっては仕事にも日常生活にも様々な事に利用することが出来る。
それにあたって自分がどんな感じの能力を使えるのか、あるいは今後どんな物が使えるようになるのか、ある程度知っておいて損はないだろう。いいや、むしろ得しかないはずだ。
それで話を戻すが三原色――この色分けは実を言うと能力の系統を分けている要素になっているんだ。他にも違う要素があると言っている学者さんもいるらしいが、まだ確定的な情報が出ていないから、今は割愛させてもらう。
赤は攻撃系。
緑は治癒系。
青は支援系。
さっき言った武器を作るのが、赤系。液体を作るのが、緑系。身体能力云々は、青系だ。
だが、飽くまでもこれらは混ざり気が一切無い純粋な原色だった場合の指標で、色というのは軸となる一色と他二つが絶妙に混ざり合ってその色を構成している。よって、この色だからこの血能という決まりは無いし、使える血能の系統は使い方次第でどうにでも出来る。
この色だからって、自分の限界を決めつけるなよ。
――それじゃあ、少し長くなってしまった前口上はこれぐらいにして。これからお前らの血の色を見てみて、色と系統を判別する血別式を始める」
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「お前は――だ。これから頑張れよ。お前は――だ。これから努力しろよ。お前は…………」
「七野 自由くん」
七野 自由――僕の名前が呼ばれた。
事前に説明を受けた場所に行くと、早速軟膏状にされた麻酔を人差し指の先の方に塗られ、そこをナイフでゆっくりと傷を付けられる。徐々に明瞭になっていく傷口と比例するように、どんな色の血が出るのかと期待が胸を高鳴らせた。
しかし、そんな齢10歳の小さな期待は、数え切れないほどの月日を経ている大きな世界によって、いとも簡単に裏切られた。
――僕の傷口からは、透明の液体が出てきた。
水のようにも思える透明な液体を見たその瞬間、決して止まることのない時間が止まったような気さえした。何故なら、僕を取り囲む大人達が全員、僕の傷口に視線を釘打ちにされたみたいに微動だにしなかったからだ。
僕の中では疑問、焦燥、落胆、孤独、悲観、絶望など、おおよそネガティブに捉えられる言葉が無尽蔵に溢れ、その所為か出てきた液体と同じく、目に映っている世界からパッと――色が消えた。
「――――」
数秒遅れた後、先ほどまでニコニコと微笑みながら、僕たちに血能についての説明をしてくれた温厚そうな男性の表情が、見たこともない動物に遭遇したような表情へと見る見るうちに変わった。
「――な!?色が無いだとッ!?……ちょっと君、こっちに来なさい!!!」
怒っているとも慌てているとも見て取れるその複雑な表情に、幼かった僕は焦りを隠すことが出来ず、身体中から脂汗と冷や汗がこれでもかと言わんばかりに一挙に滲み出てきていた。そして、身体の底から沸き上がる寒気と共に、全身の血の気が引いていく。
これから僕はどうなるんだろう、その止まることを知らない不安感を少しでも、僅かでも紛らわすべく、近くにいた友達に向かって声の限りにありったけ叫び、まだ成長しきっていない短い腕を藁にも縋る思いで懸命に伸ばす。
「助けて!」
――――伸ばす。
「助けて!!」
――――――――伸ばす。
「助けて!!!」
――――――――――――――――伸ばす。
「助けて!!!!」
僕に助けを呼ばれた友達も多数の職員に抑えられながらもこちらに目一杯腕を伸ばし、男性の脇に抱えられている僕も友達に向かって必死に腕を伸ばすも、二人の手が触れ合うすんでのところで、先ほどの男性の手によって布を口元に当てられた。そして、その後直ぐに全身の力がフッと抜けていき、遂にはテレビを消したようにそこで意識が途切れた。