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プロローグ

 眼下に広がる景色の見逃しそうなほど片隅の方で、突如として耳を(つんざ)くような大爆発による轟音(ごうおん)と、その爆発による大量の爆煙と、戸惑う人々の悲鳴、その連鎖的に起こった三者三葉の現象がまるで示しを合わせたかのように渾然一体(こんぜんいったい)となり、静謐(せいひつ)だった世界をパニックに(おとしい)れる。


 そして、その爆煙が天に駆け上っていくのに比例して、人々のパニックは爆発の起こった中心地から、外側へと瞬く間に広がっていった。


「また暴れてんのか……」


 この街を一望できるほどの高さを持つ高層ビルの屋上からから全てを俯瞰(ふかん)している、一切濁りの無い真っ白な髪の青年は、目測で数キロ先の、火山が大噴火したかのような止め処なく立ち上る煙を見て、そう呟いた。


「――――」


 白は次に何かを(ささや)くと、背中から希望そのものを表しているかのような純白の翼を生やし、立ち上る煙の方向に向かって爆発的なスピードで走る。その速さは常人の目には捉えられないほどの速さで、一瞬よりも圧倒的に短い時間で屋上の中央から端まで到達する。


 勢いをそのままに転落防止用のフェンスを軽く飛び越し、重力というこの地球上では切っても切れない鎖に引っ張られるようにして地面に落ちるかと思われたが、白い翼を音も立てずに柔らかくはためかせ、鎖を振り切って重力に逆らう。


 物理法則など知らない、とでも言うようにパニックが蔓延(まんえん)している空を自由に飛ぶ白は、いつの間にか右手に持っていたどんな闇よりも黒く深い漆黒の剣を前方に掲げ、意味有り気な微笑(びしょう)で呟いた。


「さあ、やりますか」




 白はモクモクと煙が発つ現場に向かう途中、道路の脇に等間隔で並び立つ電柱を足場とし、次々と跳躍していく赤髪の青年を見つける。そして、その赤に飛びながら近付いていく。


「状況は?」


「全く分かんねー。でも、青と緑はもう着いてる頃だろーよ」


「そうだな、急ぐぞ」


 白は先ほどよりも翼を素早くはためかせ、赤は電柱伝いを止め足から猛烈な炎を出し空を飛ぶ。二人は現場へと急いだ。




 人々が賑わう歓楽街、いつもは人が溢れかえっているのだが、今日は人が一人しかいなかった。


 その一人とは、もの凄い熱風と破壊音をまき散らす大爆発を手当たり次第起こしながら、街中を縦横無尽に暴れる青年のことだ。その青年の暴走の度合いは70%を越えており、このままではあと数十分でここら一帯が焼け野原になることは、火を見るよりも明らかだ。


 幸い、周囲の人々は半径1km外に避難が済んでいるものの、暴走を起こしているこの青年の命が危ない。


「赤と白が来るまで、前衛をお願いします!」


 どの中和者よりもいち早く現場に到着した緑は、ほとんど同時にやってきた同じチームである青に声を掛ける。指示を受けた青は一もニも無く頷き、緑と暴走している青年の間に立つ。


「君、今楽にするからもう少しだけ頑張ってくれ」


 青は暴走を起こしている青年の苦渋に満ちた顔を見て、自身の表情を苦痛で歪めた。


 暴走は苦しい、それはこの世の誰もが知っていることだ。しかし、それがどれだけ苦しいかはなったことが無い人は到底知らない。他人の痛みは、自分では理解が出来ないからだ。


 だが、中和者をやっている者はその痛みを誰よりも知っている。何故なら、自分も暴走を意識下に置きつつ意図的に起こすからだ。その時、自分が許容出来る範囲を何かしらの原因で越してしまうと、今ここで暴れている青年と同じく、自我を無くし周囲を破壊し尽くさんとす、暴走者(アンコントローラー)となる。


 因みにだが、その痛みを言語化するならば、暴走が10%時点で全身の血が沸騰したような焼け付くような耐え難い痛みが常時襲うと言う。それが70%ともなると、想像を絶するほどの痛みが全身を蝕んでいることだろう。


「暴走!!」


 青は深呼吸を一回し、叫ぶ。すると、真夏の雲一つ無い空のような綺麗だった青色の髪が、徐々に黒味を帯びていく。


「暴走」


 その青の後ろでも、緑が叫ぶ。すると、強く濃い緑色の髪が同じように徐々に黒を宿していく。


「血能!」


 緑は青に向かって手の平を向け、自身の血を用いて発動する異能力――血能(ちのう)を発動した。そして、掌を向けた先にいる青の身体が、緑色の光に包まれる。


「――――」


 青が感じている全身を駆け巡る圧倒的な熱量、それは暴走を意図的に起こしている為でもあるが、それだけではない。緑の血能によって身体能力、血能、そして頭脳と、様々な能力が底上げされたからだ。


 そのおかげでただ意図的に暴走を起こした時よりも、数倍の力が出せる。青は心の中で律儀にお礼を言うと、暴走している青年に向かって走る。


「血能!」


 走りながら自分の血能を発動する。すると、青の周囲には大の大人が抱えることでやっと持ち運べるような、そんな大きさのふわふわとした綿飴のような物が、数十個漂い始めた。


「少し痛いかもしれないけど……ごめんね!」


 燃え盛る車の上でこちらを睥睨している青年との距離が50m程になった場所で青は立ち止まると、両腕を左右に思いっきり広げ、青年の方に振り抜いた。そして、それに従うようにして、綿飴のような物体から無数の何かが飛んでいく。


 その何かは目にも止まらない速さで青年に飛んでいくが、暴走を起こしている人間は身体能力が尋常ではないほど上がるため、自身の血能を使って範囲外にあっという間に逃げられてしまい、青年が上に乗っていた車は無数の何かを受け、水浸しとなっていた。


 そう、青は自身の血能で大量の雲を出し、そこからまるで天から降る雨のように無数の水の粒を、青年に向けて飛ばしていたのだ。


「――――」


 青年には避けられてしまったが、伊達に何年も中和者をやっている訳では無い。すぐさま青年がいる方向へと雨を飛ばすように調整する。しかし、それも青年が起こす爆破によって空中で縦横無尽に動けるため、ただの一粒さえも掠りはしなかった。


「――――」


 だが、青の顔は悔しがることも恨めしそうになることもなく、一切も曇ってはいなかった。何故なら、


「血能形態変化」


 車、道路、瓦礫など、先ほど青の血能である雨が濡らした様々な場所から、大量の水蒸気が沸き立つ。その水蒸気はやがて霧となり、辺り一帯をじめじめとした空間に様変わりさせた。


「…………?」


 暴走している青年は首を傾げる。その心中にはただの水が気体になり、霧として漂っているだけと思っているのだろう。しかし、青の狙いはただ水蒸気にするだけではなかった。


「血能形態変化」


 再度広げた両腕で今度は、空気を一箇所に集め閉じ込めるように掌で包み込んだ。その瞬間、周囲を自由に漂っていた水蒸気が、青年へと引っ張られるようにして一斉に向かっていく。


「――――!!」


 自分の元へと水蒸気が集まっているのを感じた青年は、慌てて爆発を起こしその場から逃げようとするも、すでに水蒸気が周囲の空間を占めているため、爆発は起こらない。そして間も無く、水蒸気は局所的に集まったことで水に変わり、運動会に使われるような大玉よりも何十倍も大きいサイズの水球が形成された。


「――――!!!!!」


 その中にはもちろん意図せずに暴走を起こしてしまい、望んでもないのに街を半壊にさせてしまった青年が閉じ込められている。


「な、何とか二人がいなくても無力化出来ましたね……」


 緑は青に近付きながら気弱そうな面持ちで声を掛けた。


「そうだね、あとはこのまま中和すれば良いだけだ」


 暴走者を中和する手順は至ってシンプルだ。


 暴走者を無力化し、中和剤を打ち込む。


 ただその二つの工程なのだが、先述の通り暴走者は自我を無くし、物事の分別が付かなくなっているため、猫も杓子も見境無く破壊しようとする。それに加えて、初期段階でも身体能力が通常の数倍へと跳ね上がり、血能の威力も比べものにならないぐらい上がる。


 そのため、中和者は基本的には3人1組でチームを組み、前衛、中衛、後衛と役割分担をして中和に取り掛かる。前衛は暴走者の無力化に努め、後衛は無力化のバックアップと暴走者個人個人にあった中和剤の調合、残された中衛はその二人のバックアップだ。


「――――」


 しかし、今回はあるチームの中衛である青と、後衛である緑、その二人だけで無力化をし、中和剤まで完成させてしまっているのである。その実力は言わずもがなだろう。


「じゃあそろそろ中和剤を打ち込みに行こうか」


 地上50mほどに浮かんでいる水の大牢獄。それを一瞥し、青は緑に言った。


「は、はい!」


 緑もコクンとそれに頷く。


 そして、水球に向けて歩き始めた瞬間、後方から凄まじい爆発音と共に、二人の男がやってきた。


「おいおいおいおい、もう終わってんじゃねぇーか……オマエが遅かった所為だろ!!」


「違うわ、お前がちまちま飛んでる所為だろ」


 二人は暴走者であろう人物が閉じ込められている水球と、青と緑の二人を見ると、今にも殴り合いそうな口調で喧嘩を始めた。


「「…………」」


 後から遅れてやってきた騒がしい二人を青と緑はしばらく見ていたのだが、余りにも幼稚で長引きそうだったため、青のこめかみには青筋が一筋、二筋と立ち始める。


「「…………」」


 青が徐々に溜め込んでいく怒りの気配をいち早く察知した緑は、ジワジワと三人から距離を取りつつ、急いで耳を塞ぐ。その時、


「君たち、喧嘩している場合じゃない!!!!!!!!」


「「――――」」


 二人の喧嘩を止めたのは青の怒りではなく、それさえも上書きにするほどの世界が傾いたと錯覚するような全身を襲った振動と、耳が割れんばかりの轟音だった。


「何だ!?」


 白は音がした方向であり、危険な信号をビシビシと感じる方を見る。


「――――!」


 そこにいたのは、真っ黒な髪を持つ青年の姿だった。


「臨界……」


 臨界(りんかい)――それは、この世界で100万人に1人、と滅多に存在しないと言われる特異体質を持つ人間が、暴走100%に到達した時に起こる現象だ。


 大半の人は暴走が100%に行く前に全身の血液が沸騰し、死に至る。そして、極一部の100%に到達した者の中でも大半が、身体中の血液が無くなり、これも死に至る。


 そのため、臨界者は中和案件でも稀中の稀と言っても過言では無い。そして、その難易度はこれまでの暴走度合いとは、次元が違う。


「おいおい……久しぶりにやべーよ」


 先ほどまで白の悪口を言うことに専念していた赤の額から、脂汗と冷や汗が同時に滲む。


「臨戦態勢!!」


 青は自身に沸き上がる不安や恐怖を顔にそのまま映し、今し方集まった自身のチームに指示を出す。


「…………ッ!」


 緑は蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直し、精一杯頷くことしか出来ない。


「よっしゃー行くぞ――暴走!!」


 三者三様、それぞれが臨界者はまずいと思っている中、ただ一人だけは違った。その一人とは無論、白のことだ。


「――――」


 白は意気揚々と仲間の輪の中から一目散に飛び出すと、臨界者の方へ走った。その表情は他の三人とは違い、心なしか笑顔さえも見受けられる。


「血能!!」


 白はここまでやってきた時と同様、白い翼と黒い剣を出す。


「「「…………」」」


 臨界者は一人で街を更地にするほどの力を持つという。しかし、臨界者を前にしても白は物怖じしない無類の強さを持っていた。そのため、三人とは違い身体は強張ることも竦むことも無く、どうするべきかをすでに行動していた。


 その様子を三人は後ろから見ていたが、白を目にし、先ほどまでの怯み様とは180°変わった。


「おいおい、オレも行くぜ!!暴走、血能」


 白に一瞬遅れたものの、赤も臨界者に向かって駆け出す。その手にはメラメラと煮え滾るような炎を纏った剣を握っている。


「僕たちも!暴走、血能」


 青は先ほどよりも質も量も数も比べものにならないぐらいの雲を用意し、どんなサポートも出来るように構えた。


「うん!暴走、血能」


 緑は掌を三人に向ける。そして、三人は緑色の光に包まれたが、その鮮やかさと光量は先ほどとは一線を画す。


 白はもちろんのこと、赤、緑、青と他の三人の表情に硬さは無く、ただひたすらに仲間を信じ、背中を預けられるという絶対的な信頼感から、薄らと笑顔が溢れていた。


「「「「中和開始!!」」」」



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