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第98話 平原に落ちる島

「やっぱりスローは、ワタシのモノ!」


 髪色と同じスモークブルーの瞳で真っ直ぐに僕を見据え、どこまでも気障(きざ)なセリフを吐く、幼きアマゾネスのレト。


 その表現だけは、まるでオラオラ系の王子様のよう。


 そんな彼女から、僕に対して――


 現在、お姫様抱っこが、大々的に執り行われているところである。


 (たぐい)(まれ)なるクッション性を(ほこ)る体躯。

 高所から飛び込んだ僕を物ともしない強靭な足腰。

 百万点満点中百万点の芸術的キャッチ。


 それらはまさに、身体能力に秀でたアマゾネスという種族の片鱗を如実に示していた。


 そんなレトの腕の中にいて、僕の心は大いに乱れていた。


 助かった、という安堵。


 自分より一回りくらい年下の幼女に抱かれている、という羞恥。


 っていうか、やっぱり僕はレトの所有物なの? という焦燥。


 どこかへ飛んでいったヘルサは無事なんだろうか、という不安……は特にないな。


 ヤツは頑丈な作りだから、多分大丈夫だろう。うん。


 こんな調子で、徐々に冷静さを取り戻しかけている僕の元へ――


「スローー! すま~ん!!」

「レトちゃん! ナイスキャッチだね!!」

「スロー、大丈夫? 怪我は無い?」

「スローくんっ!」


 ピクリンさん、ヴィオラ、クラリィ、コルネットさん。

 即席のトランポリン部隊に従事してくれていたみんなが駆け寄ってくる。


「みんなぁ……。ありがとう……」と、まるで空気が漏れたかような僕の声。


 声こそ震えているけれど、これは決して泣いているのではない。


 あれだ、あれ……。


 これはさっき、ちょっと目に物理学が入っただけだから……。


 再び感情が高ぶり、そんな得体の知れない言い訳が脳内に浮かぶ僕に、天使族の二人が抱きついてきた。


「もう! 無茶しすぎなんだよ、スローは!」

「スローくん……。スローくん……」


 伝わってくる二人の温もり。優しい息遣い。


「ごめんね、クラリィ……。ごめんね、コルネットさん……」と、僕はジワリと両目から(にじ)んでくる物理学への拒絶反応を手で(ぬぐ)いながら。


「もう勝手に離着陸しないようにするね……」と、反省と感謝が()い交ぜになった、よく分からない言葉を続けた。


 すると――


 危なかった。危うく泣くところだった、と恐らく目が真っ赤になっているだろう僕に、嫌な予感。


 はだけた……というより燃え尽きてしまった上着から覗く、僕のおへそに急な寒気が走った。


「あ……。スロー、それ……」

「大胆なスローくんもいいですけど、それは……」


 角度や残った布の面積を鑑みるに、男の企業秘密は、恐らくトップシークレットのまま大切に保持されているはず。


 だがしかし、痛恨の極み。


 突き刺さる姫騎士二人の視線。


 卑猥(ひわい)警察の合同捜査かな?


 いや、これは不可抗力だから!


 そんな僕の焦る気持ちを知らず、きょとんとしている純粋なレトの背後から。


「あれ? 今夜のスローは、なんだかワイルドだねぇ~」


 と、僕を誉めているのか、揶揄(からか)っているのか、今一つ微妙なヴィオラ。


「ふふっ、セクシーとも言うのかな? ふふっ」


 あっ、これ、揶揄(からか)ってるやつだわ、絶対。


 ヴィオラに炭化した服を(いじ)られ、グヌヌ……と内心で悔しがっている僕に。


「いやぁ、しかし凄いなぁ、スロー! イチノセの化け物にアッシュランドをぶつけるなんてよく考えたもんだ!」

「そうだ! あのお爺さんって、どうなったの!?」


 こうして、感心してくれているピクリンさんの言葉によって、僕はようやく現実に引き戻されることになった。


 いつまでもお姫様の気分ではいられない。


 僕は、レトから降ろしてもらい、しっかりと自分の足で地面を踏みしめる。


 腰はヘロヘロで抜けかけているけれど、残る気力を振り絞ってレトの癖っ毛をイイコイイコしつつ。


 アッシュランドの落下地点――老人オレゴンと剣聖イチノセの戦場に視線を向けた。


 そこに(うごめ)く、不気味に肥大した肉体。

 妖刀に身体を乗っ取られ、オレゴンに止めを刺そうとしていたイチノセの成れの果て。

 化け物は今、頭上のアッシュランドを熱心に見上げていた。


 オレゴンの放った奥義で一度は消え去った黒い(もや)

 それを再び発生させているイチノセだった化け物。


 しかし、現在。


 その夜闇に融けそうな(もや)は、オレゴンを狙っていない。


 浮力を失ったアッシュランドの底を抱えるように、広く広く(おお)っていた。


「グググッ……。最強ニ……。俺ハ、最強ニナル……」


 あの島は、一体どれくらいの重さがあるのだろうか。


 化け物は、想像もつかない程の重量を、妖刀から噴出する(もや)だけで支えていた。


「おーー……。力持ちだねぇ……」

「あの抱擁(ほうよう)力……。レトといい勝負しそう……」


 ヴィオラと僕の呟きを隣で聞いていたレトが、「ワタシ?」と、不思議そうに言うので。


 僕が、レトの頭を、追いイイコイイコさせてもらっていると。


 かつてイチノセが所有していた肉体。その両脇がガラ空きになっているのが見えた。


 もちろん隙だらけなのだが、そこを、かつての勇者――オレゴンは逃さなかった。


 脱力したまま、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる老人の姿。


 今度はフルスイングではなかった。


 まるで杖先に付着した細かい水滴を払うかのように、静かで軽妙な一振り。


「『真の達人は、本当に必要なものだけを斬る』……だったか?」


 老人は、魔王城でのイチノセのセリフを確かめるように言い、その後、少しだけ口の端を上げた。


 イチノセの血飛沫(ちしぶき)は見られなかった。


 辺りに散らばったのは、妖刀と呼ばれていた大剣の破片。


 化け物は立ったまま意識を手放したのか、特に断末魔などは聞こえず、静寂。


 平原を支配する夜の(とばり)の中。


 オレゴンが、化け物の隙を作り出した僕を一瞥(いちべつ)し。


「よくやった」と、言った気がした。


 次の瞬間――


 ズシンと身体に直接響く、低く鈍い音。

 平原を駆ける砂埃(すなぼこり)と振動。

 どこかで嗅いだことのある懐かしい土の匂い。


 その全てが通り過ぎ、過去となった。


 見る見る内に肉体が萎んでいくイチノセを。

 満足そうに微笑んでいるオレゴンを。

 そして、アッシュランドに二人の男が潰される様子を。


 僕は、ただ黙って見ているしかなかった。


 何も口に出せず呆然とする僕と、僕たち一同。


 そんな中、この場で呆然としていない人物が一人。


 僕たちの輪の中に突如現れた、見覚えのある銀色の髪。


「全く甘えよってからに!」


 幼女魔王コロラさんが、大憤激していた。

お読み頂き誠にありがとうございます。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


次話、『第99話 甘えん坊の勇者』は、明後日(1月15日)の投稿となります。


引き続き、異世界コメディーをお楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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