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第94話 城内エスケープ

 僕は今、逃げている。


 この「逃げている」という言葉を脳内に置いておく余裕もないくらい、逃げている。


 大脱走。


 それも、四方八方から衛兵が襲いかかってくる中を大脱走している。


 緊急事態を知らせているのか、深夜なのに煌々(こうこう)と照らされた城内の明かりの中。


「裏切りの背徳感って……。いい……」


 かなり幅の広い通路の一番先頭を、(とろ)けた表情で走っているのはピクリンさん。


 飛竜に乗っているわけではないのに、彼女のあのキマっちゃっている表情。


 ……幸せそうで何より。


 天界城にいた頃から、彼女がアセトニド王国に対する背信行為で快感を覚えるタイプの人物だったことを、僕はすっかり失念していた。


「みんな、次を右だ!」


 現在、ピクリンさんが僕たち一行を先導してくれているのは、彼女がこのアセトン城からの脱出経路を一番よく知っている人物だから……というより、ピクリンさんしか脱出経路を知らない。


「あーー……。やっぱり面倒だから、まっすぐ行こう! こっちの通路が最短距離だから!」


 ピクリンさんが言うには、出口への近道らしいのだが……。


 ここは、いわゆるメインストリートというやつじゃないのか、アセトン城内の。


 至るところに敵だらけ。


 面倒でも、危険な通路なら迂回(うかい)するという選択があってもいいように思うけど?


 そんな四面楚歌の中を楽しそうに駆けているのは、幼女魔王のコロラさん。


 彼女は、さらりと細い白銀の髪を風に(なび)かせながら、手にしたレイピアで兵士たちを殴ったり、()ぎ払ったりしている。


 しかし、何度も言うようだが、先端の細いレイピアは殴打には向かない。()ぎ払ってもいけない。


 そんな幼女魔王をそばで見守っているのは、実はコロラさんの(めい)っ子だったヴィオラ。


 彼女は、さらりと細い金色の髪を風に(なび)かせながら、手にした二種類の盾で、魔法攻撃を跳ね返したり、物理攻撃を跳ね返したりしている。


 これも何度も言うようだが、たった今魔法を跳ね返した天鏡(てんきょう)の盾は天界城の国宝で、カジュアルに使うには非常に気が引ける代物だし、角の生えた禍々(まがまが)しい頭蓋骨の盾――呪竜骨(じゅりゅうこつ)の盾に至っては、カジュアルに使ってはいけない。呪いのアイテムである。


 ただ、この二人。

 血は繋がっていないものの、豪気な性格を鑑みると、やはり似た者同士なのかもしれない。


 そして、その最後尾で、ヒイヒイと漏れそうになる弱音を飲み下し続けているのが僕である。


 背中に熟睡中のレトを負ぶっているので、元々無いに等しい僕の体力が、秒を追うごとにガシガシと削られていく。


 もうダメかもしれない。


 いや、頑張れ自分! 負けるな自分!


 そう自らを鼓舞し続けて萎えない僕の左右には、精鋭部隊である姫騎士団の二人がピッタリと護衛についてくれている。


海歌女の口づけ(セイレーンキッス)ッッ!!」


 背後から追ってきている兵士たちに、勢いを持った水の弾の乱れ撃ち。

 今の数秒で、数名の兵士が意識を手放したはずだ。


 相変わらず見事な攻撃魔法を放つクラリィ。

 風の魔法は今までにもよく目にしたことがあったが、さっきのは水属性の魔法だ。


 聞くところによると、火の魔法も使えるみたいだが、建物内では延焼のおそれがあるため、中々使い所が難しいのだろう。


 僕は今まで一度しかお目にかかったことがない。


 それは僕がピクリンさんに貞操を奪われそうになったときだけである。


 卑猥(ひわい)警察と化したクラリィの火の球によって、大事な耳を燃やされかけたものである。


 僕がしみじみと御者台(ぎょしゃだい)での攻防を思い出していると、前方から。


「これでも喰らえっ!!」と、こちらに向かって弓を引き絞っている兵士の姿が視界に入った。


 ヤバい、これはマズい、と僕が焦ったのも束の間。


 コロラさんが右手を突き出して、「ハッ!」と、見えない魔法を放つと、その兵士は壁を突き抜けてどこかへ消え去ってしまった。


 凄い……。超強い……。


 それを見て、僕も何か役に立ちたいと思ったので。


 こちらに向かって呪文を詠唱している女魔法使いに対し。


 コロラさんの真似をして、レトを落とさないよう支えながら、右手のひらを向け。


「堕落っ!」と、スキルを放つと――


 その女は、着ていたローブをモゾモゾと脱ぎ出し、ハァァ……っと恍惚(こうこつ)の表情を浮かべた。


 ……。


 彼女は、下着姿で頬を赤らめ、どうやら悦に入っている様子。


 堕落のスキルによって自制心を取っ払ってしまったからとはいえ、元から彼女にそういう嗜好(しこう)があったということには変わりがない。


 ……やべぇやつじゃん。


 とも一瞬思ったが、現在、こちらの陣営にも絶賛大興奮中の道案内がいたことを思い出す。


 ピクリンさんからハアハアと漏れている吐息は、息切れか、それとも……。


 これに関しては、僕は口を(つぐ)むしかない。


 たった今、「ひわいっ!」と、卑猥(ひわい)警察クラリィから水魔法のお叱りを受けた女魔法使いを見て。


 敵だから痛快ではあるけど、ちょっと可哀想でもあるし、何よりこんな隠れし変態の性癖を解放させてしまうのなら止めておけばよかった、などと僕の感情は大いに錯綜(さくそう)した。


 一瞬だけ右手が離れたことにより少し体勢が崩れたレトを、よいしょと背中の中央に整えると。


 僕の右隣から、ジーっと熱い視線。


 そちらを窺うと、コルネットさんが僕のことを凝視していた。


 結果から言えば、僕がスキルであの女魔法使いを脱衣させたと捉えられても仕方が無い状況である。


「コルネットさん……。今の……見てました?」


 と、僕は、恐る恐る尋ねる。


「はい……。見てました……」


 見られていたのか……。


 軽蔑されたくないので、なんとか弁解しようと思う僕。


「あのですね。あれは、偶々(たまたま)……結果的に、あぁなってしまっただけで、僕の本心と致しましては……」

「今のスローくん……。格好よかったです……」

「えっ?」


 見られていたのか……?


 先程の胸中での声がそのまま同音異義的に疑問形に変わってしまうくらい、惨憺(さんたん)たる結果だったはずだが?


 本当に見ていてその発言なのだとしたら、コルネットさんは僕に対して贔屓(ひいき)目が過ぎないか?


「あ、ありがとうございます……」


 取り敢えず感謝の意だけ表明しておいて、浮かぶ疑問を、今の一連の出来事と一緒に、サッと水に流してしまおうという作戦。


 クラリィの水魔法だけにね。


 ただでさえ隙だらけなのに、そんなことを考えて、周囲への警戒が(おろそ)かになった僕の目の前に、黒い影が降ってきた。


 僕のよわよわ動体視力で捉えられたのは、黒装束と鋭く光る(かぎ)(づめ)


「一人、もらったぁーーーー!!」


 悪意に肉薄する感覚。


 天井の死角で待ち伏せをしていたらしき暗殺者(アサシン)の素早い切り裂き。


「ひっ……」


 と、短い悲鳴が漏れた僕の喉元に、今。


 致命的な痛みが――


 無い。


 あれ?


 無いぞ?


 僕の首、すんでのところでピタッと止まっている暗殺者(アサシン)の腕。


 ハッと我に返ると、コルネットさんの瞬発力によって、僕の命を奪おうとする一撃が防がれているのが理解できた。


 一体どれ程の力が加えられているのだろうか。


 コルネットさんに腕を掴まれ、ぐぅぅぅと、苦悶(くもん)の表情を浮かべている暗殺者(アサシン)


「悪い子……」


 そう静かに激怒する彼女の強烈なビンタによって、暗殺者(アサシン)は窓ガラスを突き破り、夜の闇の中へと消え去ってしまった。


「スローくんには、指一本触れさせませんからね」


 僕に向かって優しく微笑むコルネットさん。


 その微笑みから、慈悲の心が透けて見えるコルネットさん。


 たった今、飛来した矢をノールックで捕まえ、それをグシャリと握りつぶしたコルネットさん。


 そんな彼女に対して、僕もそっと笑顔を返した。


 僕の周囲にいるのは、タフでパワフルでストロングな女性陣。


 ……色んな意味で。


 僕がそんな感慨に(ふけ)っていると、僕の背中で、レトが――


「う~ん……。スローは、ワタシのモノ!」


 と、タフでパワフルでストロングな寝言を(こぼ)した。

お読み頂き誠にありがとうございます。気に入って頂けていたら嬉しく存じます。


本日から隔日投稿になりますので、次話、『第95話 勇者舐めんな』は、明後日(1月7日)の投稿となります。


【お知らせ】

年末年始の毎日投稿にお付き合い頂き、誠にありがとうございました。重ねてお礼申し上げます。


本話で第三章の序・中盤が終わり、いよいよ次話から終盤に突入致します。

白熱した戦闘、明かされるアッシュランドの秘密、もちろんコメディー要素を多分に含んだ展開となっております。引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。

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