第90話 最強への探究心
魔王のいなくなった謁見の間で、呆然としている僕たち一行。
勇者らしき老人オレゴンの、ヘロヘロの足腰が完全に回復するまで。
「ん? 『憤怒』の厄災? オクタヴィスのことかぁ? それなら、ワシが倒した」
という魔王らしき幼女コロラさんの発言を思い起こしながら、僕は『憤怒殺し』という呼称について、じっくりと考えを深めていた。
すると、僕たちがアッシュランドに侵入した際、オレゴンが言ったセリフ。
「儂は、『憤怒殺し』であるとも言えるし、一方で『憤怒殺し』でないとも言える」
その真意が、なんとなく見えてきた気がした。
僕は右手を顎の先に当て、当社比3倍くらい真面目な顔をして推理を進めていく。
……。
僕たちが持っている一般的な『憤怒殺し』の認識――アッシュランドに近づく者をのべつ幕なしに排撃しまくる狂人。
それは、勇者オレゴンで間違いないのだろう。
しかし、文字通りの意味でいう『憤怒殺し』――すなわち、厄災『憤怒』である魔王オクタヴィスを倒したのは、魔王コロラさんなので。
それは、勇者オレゴンではないということになる。
あの時、オレゴンは、こういう意味で、自分が『憤怒殺し』であるかどうかについて、酷く曖昧な発言をしたんだろう。
……うむ。きっと、そうに違いない。
当代無比の自堕落である僕が、柄にもなく真剣に、このような推理をしてしまっているけど。
多分これは、知らない間に僕がヴィオラの名探偵モードに感染してしまっていたからだろう。
……うむ、うむ。
それでは、何故、僕が名探偵モードに罹患してしまったか。
それは偏に、僕が名探偵ウィルスに対する免疫を全く持っていなかったからだろう。
……うむ、うむ、うむ。
それでは、何故――
などと、僕が「推理をしている理由を推理する理由を推理する……」という果ての無い螺旋、抜け出せないメビウスの輪、終わらない無限ループに囚われ。
うむ、うむ、と繰り返される謎の感動詞に、脳内を蝕まれ始めていると。
「そう言えば、どうして君たちは、アッシュランドに侵入してこようと思ったんだね?」
と、ようやく足腰がシャキッとしたオレゴンが、僕たち全員に向けて、非常に答え難い質問をぶつけてきた。
向こうの方で、「おい、イチノセ……。お前、言ってやれよ……」と、ドネオがヒソヒソ話をしている。
それを見て、僕が、やはりドネオは卑怯なやつだ、と認識を改めないでいると。
「アッシュランドは、我々の王都アセトンに近づきすぎました」
冷静沈着なイチノセの説明に、「……それで?」と、オレゴンが短く威圧的に返した。
超怖い。気絶しそう。
「王都から幾度も発せられた警告も効果が無いようだったので、元英雄である『憤怒殺し』の討伐も含め、アッシュランドの侵攻を止めるためやってきました」
「『憤怒殺し』の討伐も含め……か」
「はい」
イチノセは恐れず、オレゴンに対して、丁寧かつ挑発的にそう言った。
「儂が、アッシュランドへ侵入者を許さない理由は分かるかい?」
「いえ」
「……だろうな」
悲しそうな表情のオレゴン。
何か大きな理由でもあるのだろうか。
「儂は若い頃、最強の存在を目指していた。それも、この世で一番のだ」
最強……。剣聖イチノセも似たようなこと言ってたっけ。
そんなイチノセは、静かに語り始めたオレゴンに、黙って耳を傾けている。
「伝説の悪魔を消滅させ、幻の古龍を討伐する頃には、気が付くと勇者という肩書が儂に付き纏うようになっていた。それでも儂は、最強の存在、ただそれだけを目標として世界中を駆け巡っていた。儂と戦いたがる君のことだ。これは、なんとなく理解できるんじゃないか?」
「気持ちは分かります」
分かるの!?
勇者の気持ち分かっちゃったよ、イチノセ。
「そんなときだ。儂に、厄災『憤怒』の討伐依頼が入った」
老人は、猶もイチノセに話し続ける。
「魔王オクタヴィスですね」
「あぁ、そうだ。魔王オクタヴィスは厄災とまで呼ばれる存在。一体どれだけの強さを持っているのかと当時の儂は楽しみにしていたのだが……。儂がこの魔王城へやってきたとき、すでに先客がいたんだ」
「先客……?」
「魔王コロラだ。彼女が、魔王オクタヴィスをレイピアで吹き飛ばしている最中だった。それはもう見事なフルスイングだった」
えっ、待って。
コロラさんって、百年変わらぬ戦闘スタイルなの?
ずっとフルスイング一本?
「だが、そんなこと、儂にはどうでもいいことだった。目の前の強者と戦いたい、力比べがしてみたい、そんな妄執に捕らわれてしまっていたんだ」
「それで、ご老人は今日まで戦い続けてきたというのですか?」
「そうだ。魔王を倒すのは勇者の責任、なんていう偽りの大義名分を掲げてな」
最強への探究心……か。
僕も、五度寝以上の眠りへの探究心なら誰にも負けな……。
いや、ここでは、こんな無駄な対抗心を燃やすべきではない。
ジャンルが異なるからね。戦場が違う。
「では、侵入者を拒むのは何故です?」
「獲物を盗られるというよりも、戦いの邪魔をされたくない、という気持ちが大きい」
うむ。なるほど。
オレゴンは今でも最強を目指して、コロラさんと戦っているのか。誰よりも真剣に。
「それじゃあ、どうしてアッシュランドを王都へ近づけるんです!」
イチノセの語気が強まる。
「それは……」
オレゴンが静かに、皺だらけの目蓋を閉じ――
「知らん!」
カッと、目を開いた。
「知らん!?」
今まで神妙な面持ちで沈黙を貫いてきた僕の口から、自然と零れるツッコミ。
ハッと、クラリィがこちらを向き。
「こら、スロー! しーっ!」と、人差し指を立て、小声で僕を諫めた。
申し訳ない……。
訳ありげに間を置いたから、驚いちゃったんだもん……。
「少年が驚くのも無理はない。実は、アッシュランドの向かう先は、儂もよく分からんのだよ。前魔王オクタヴィスの魔法が残っているのかもしれないし、それとも浮遊を司っている魔力核がどこか地中に埋まっているのかもしれない」
「ご老人。それは、この島が操縦不能ということですか?」
剣聖イチノセが会話の舵を巧みに操縦し、僕に向いたオレゴンの注意を逸らしてくれた。
「あぁ、そうだ。そんなに心配せんでも、放っておけば、じきにアッシュランドは王都アセトンから離れていくだろう」
空に浮かぶ島アッシュランドは、雲のように風に行方を任せているのかもしれない。
「あと、儂が『憤怒殺し』であると広く誤解されているらしいが、アッシュランドと同じように、放っておいてさえくれれば、儂は地上の者たちに害を与えるようなことはしない」
じゃあ、王都アセトン組の目的は達成されたの?
しかし、納得がいかない、というようなイチノセの渋い表情。
それは、アセトニド王国からの命に『憤怒殺し』の討伐も含まれていた手前、行き場のない気持ちを持て余しているようにも見えた。
それとも単純に、勇者オレゴンと刃を重ねる機会が失われたことへの悲しみなのか。
すると――
「すいません、すいません。あの……。実は、私たちは、厄災『嫉妬』の手掛かりを求めて、アッシュランドに来たんです……」
と、ヴィオラがペコペコと低頭しながらオレゴンの前に出た。
「厄災『嫉妬』の手掛かり? う~む……。その件については、儂は本当に何も知らん。魔王コロラなら何か知っているかもしれないが、今はタイミングが悪い。また日を改めて来てくれ」
「え~。分かったぁ……」
と、勇気あるヴィオラの行動は、空振りに。
こうして僕たちは、取り敢えず魔王城を後にして、再度機会を窺うために、レトたちが待つ雑木林へと場所を移すことになったのだった。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
次話、『第91話 本日二度目の謁見の間』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。
【お知らせ】
謹んで新年のお祝いを申し上げます。本年も何卒宜しくお願い致します。
さて、第三章に入ってから隔日で投稿しておりました本作ですが、1月5日までの間、毎日投稿しようと考えております。
年始のことで、ご多忙のところ誠に恐縮に存じますが、お付き合い頂きたくお願い申し上げます。




