第89話 あなたの肩書を教えて
ここは、魔王城内にある謁見の間。
改めて辺りを見回すと、魔王城と言われている割には、魔物なんか一匹も見えないし、内装や飾られている家具なども意外とシンプルで、かなり落ち着いている。
魔王城といえば、おどろおどろしい悪魔の彫像とかがあるイメージだったのに。
もっと、こう……。夢で魘される系の。
「ヴィオラに、クラリィに、コルネットだな! 覚えたぞ!」
天界城からやってきた女の子三人を、大層気に入った様子の魔王コロラ。
……あれ? 魔王コロラ?
おかしいぞ。
たった今、勇者らしき老人をブッ飛ばしてしまった魔王らしき幼女コロラさん。
怖さは感じられるけれど、なんだか敵意がなさそうだったから、僕は思い切って、彼女に一つの疑問をぶつけてみた。
「コロラさんって、『憤怒』の厄災じゃないですよね?」
「ん? 『憤怒』の厄災? オクタヴィスのことかぁ? それなら、ワシが倒した」
「えっ!? ワシが倒した?」
「うん。倒した」
何それ、怖い!
……あれ?
やっぱり、おかしいぞ。
じゃあ、僕を含め、地上の人々は根本的に勘違いをしていたのか?
つまり、真の『憤怒殺し』は、あの老人――勇者オレゴンではなく。
僕の目の前で、嬉しそうにコルネットさんの羽をサワサワしている幼女――魔王コロラさんということになる。
魔王が二人いるのか? それともコロラさんが実力で魔王の座を奪ったとか?
などと、僕の思考がこんがらがってくる中。
「これは立派な天使の羽じゃのう。コルネットは、ここに来る前、天界城で何をやっていたのじゃ?」
「あ、あの……。私は一応、姫騎士団という組織をまとめる役職についていました……」
「やや! コルネットは姫騎士団長なのか!? いやぁ、立派立派!!」
「ご存じなんですか? 姫騎士団のことを……」
コロラさんからのセクハラ(これは僕がクリフサイドで学んだ知識だ)にもめげずに、コルネットさんが投げ掛けた質問は回答されなかった。
何故なら、もうコロラさんの興味が、次の人物へと移行してしまっていたからだ。
「クラリィは、天界城で何をやっていたのじゃ?」
と、今度はクラリィの黒髪をヨシャヨシャと撫で回しているコロラさん。
羨ましい。僕もやりたい。
「ボ、ボクも、姫騎士の任務を……」
「なんと! クラリィも姫騎士! こんなに幼そうに見えるのにかぁ! 立派立派!!」
大人しく撫で回されているクラリィと、破顔一笑しているコロラさん。
同じくらいの身長の二人。しかし実際は、コロラさんの方が、かなりの年長者なのだ。
彼女からは、魔王という肩書からくる威圧感がビリビリと漂ってくる。
それは、もしかすると、背中から広がっている、悪魔のような漆黒の羽の影響なのかもしれない。
「して。お主は何者じゃ?」
いよいよ僕に向いてしまった魔王の興味。
冷静に考えて、ここは絶対に失礼のないようにしたい。
「僕はスローと申します。僕も天界城から参りました」
使い慣れない敬語だって使っちゃう。
「はぁ~、人間族なのにか~。これは何やら深い事情がありそうじゃな。ちなみに、お主は天界城で何をしておったのじゃ?」
「僕は――」
僕は頭の隅々にまで神経を尖らせ、天界城での記憶を辿る。
……。
……。
……。
何もしていなかったのである。
強いて言えば。
二度寝をしたり、三度寝をしたり。
おやつを食べたり、お昼寝をしたり。
数人の姫騎士をスキルで堕落させたり。
もう一度言う。
つまりは、何もしていなかったのである。
だが、しかし!
ここで言葉に詰まるわけにはいかない!
老人勇者のオレゴンみたく、プロの腰使いでカッ飛ばされてしまうかもしれないから! 怖い!
そんな調子で焦りながら、僕が天界城でのナマケモノライフを思い返していると。
「スローは、この天界の大きな戦力となるかもしれん……だって! バス王さまが言ってた!」
と、かつてヴィオラが言っていた記憶が不意に蘇った。
忘れもしない。
この記憶は、ヴィオラに僕の産まれたての姿を見られた日のものだ。
一糸纏わぬ、逆ラッキースケベの朝。
丸出しの身体と剥き出しの心。
等身大の自分。
もう、ほぼ心的外傷。
辛い……。
いや、待て……。
天界の大きな戦力……?
「僕は天界城で秘密兵器をしておりました」
……。
僕は何を言っているんだろう。
「なっ!? 秘密兵器とな!? それは立派なことじゃ!!」
凄いのう……。カッコいいのう……。と、僕を見るコロラさんの目がうっとり、称賛の眼差しに変わった。
よく分からないけど、ピンチは切り抜けられたのかもしれない。
そう安堵した僕は、安堵ついでに心の余裕すら出てきたので。
「いえいえ、とんでもないですよ」
と、コロラさんに、謙遜の言葉を一つ。良い声で。
すると――
「秘密兵器……。是非、今度お手合わせ願いたいものじゃのう……」
「いえいえ!! とんでもないですよ!!」
それは本当に、「とんでもないですよ」なんですよ!?
しれっと発言した姑息な誤魔化しのせいで、うっかり身を滅ぼしてしまいそうになる僕。
けれど、よくよく考えてみたら、それは自堕落な生活のツケが回ってきただけで、全くの自業自得ではある。
うむ。諦めて気絶しよう。
南無。
僕が目を伏せ、過去の自分を呪っていると――
「あぁ。まだ、そっちに天使族が残っておったわい。お主は、天界城で何をしておったのじゃ?」
ドネオに問いかける、コロラさん。
「お、俺か? 俺は天界城から来たわけじゃねぇ。天界にある小さな村から、自主的に堕天して地上にやって来たんだぜ」
「あぁ? 自主的に堕天してきたじゃと?」
何故か、急に声のトーンが低くなるコロラさん。
魔王のオーラが何倍にも濃くなる。
それはもう、目で見えそうなくらい禍々しいオーラだ。
「……もういい。飽きた。ワシは寝る。オレゴン、あとは勝手にやってくれ」
そう冷たく言うや否や、魔王は一瞬でどこかへと消え去ってしまった。
「お、俺、なんかマズいこと言ったか?」と、不安そうなドネオ。
「た、助かったぁーー」と、安心しているピクリンさん。
ただ無言で佇んでいるイチノセ。
「君たち、そんなに固まっていないで。もっと気を抜いてもいいんだよ?」
二度目の意識回復に、ようやく成功したのか。
老いた勇者オレゴンは顔を綻ばせ、入口から少し離れたところ――王座の近くから、物腰柔らかにそう言った。
膝から下を、ガクガクと震えさせながら。
……いいから、もうお爺さんはそこで大人しくしてて!
そう心から叫びたくなる、魔王との謁見タイムだった。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
次話、『第90話 最強への探究心』は、明日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。
【お知らせ】
第三章に入ってから隔日で投稿しておりました本作ですが、1月5日までの間、毎日投稿しようと考えております。
年末年始、ご多忙のところ誠に恐縮に存じますが、お付き合い頂きたくお願い申し上げます。




