第8話 異常事態発生
謁見の間の巨大な王座には、すでにバス王がいた。
彼の眉間には、彫刻のような深い溝が刻まれている。
「ひぃ。お待たせしてしまい、申し訳ありません」
昨日とは打って変わって、しっかり敬語のスタイルの僕。
「スローか。……構わぬ」
五臓六腑に響き渡る重低音。
まるで地鳴りか何かだ。
僕が畏怖の念に震えながら、隣にいるヴィオラを横目で窺うと――
彼女の身体も、プルプルとわずかに振動しているように見えた。
しかし、どうしたことか。
昨日と異なり、バス王含め、謁見の間の様子が少しおかしい。
「バス王さま、何かあったのでしょうか?」と、ヴィオラが尋ねる。
暫しの沈黙。
今日は妄想の世界には旅立たずに、僕はバス王の返答を待った。
「……スーナとセーナが姿を現さない」
そうか、違和感の正体はこれだったのか。
今、バス王の座右には、大剣を背中に装備したショナさんだけしかいない。
「えっ? 遅刻……とかですか?」
「姫騎士団員に遅刻はありえない!」
僕の問いに対して、ショナさんが怒りと困惑が入り混じった返答をした。
ショナさんがそこまで言うのなら、彼女たちの身に何かが起こったということなのだろう。
すると、そのとき――
パタパタと走る足音と共に、紫色の法衣姿の女性が、謁見の間に駆け込んできた。
「お、遅れて、申し訳ありません!!」
スーナさんだ。
かなり呼吸が乱れている。
「スーナよ。何があった……」
「すいません、寝坊しました……」
ほら、やっぱり遅刻なんじゃないか! しかも寝坊!
「スーナ! 姫騎士ともあろうものが、寝坊なんて!」
「ショナ、もうよい……」
「ハッ……」
寝坊をしたスーナさんに向かって、大剣を構えるショナさん。
それをバス王が、重々しい声で制止した。
穏やかではない。
「こんなこと、今まで一度だってなかったのに……」
そう言うと、スーナさんは、突然スンスンとすすり泣きをし始めた。
「スーナ! あんた、妹のセーナはどうしたのよ? 同室でしょ、あんたたち!」
「それが……。私が目覚めたときにはもう、セーナは手紙を残していなくなっちゃってて……」
「手紙?」
「これです……」
彼女の懐から取り出された手紙の内容よりも、色白で小柄な魔法使いスーナさんと、褐色で胸部がただ事ではないサイズ感の武闘家セーナさんが、姉妹だという事実の方が気になって、僕は動揺が隠し切れずにいた。
これはナマケモノ特有の、場の空気に反応する速度を丁寧に見習った形である。
この後、数ターン遅れで会話に追いつくつもり。
すると、座っていたバス王の巨体がズズズと動き、まだ半べそをかいているスーナさんから手紙を受け取った。
王座を中心として、ちょっとした空気の対流が巻き起こる。
バス王は一体どうやって、あの大きな手のひらで小さな手紙を開封するんだろう?
などと思っていたら、自動的に封が解かれた。魔法である。
本日二度目の重い沈黙。
もう風も静まり返っている。
渋い顔で手紙を読み終えたバス王。
次の瞬間、その口から、とんでもない言葉が発せられたのだった。