第84話 ロマン飛行?
飛竜に乗せてもらうという経験は、生まれてこの方初めてである。
冷たい夜風が吹く王都アセトン上空には、夥しい数のワイバーン部隊。
地上には、王都を守るように、様々な部隊の兵士たちが配備されているのが小さく見える。
空飛ぶ島アッシュランドは、王都の目の前。もうすぐそこまで迫ってきている。
バサバサと羽ばたき、空で待機しているワイバーンたちの一番左端で、その上位種であるハイ・ワイバーンに乗って、ピタリと静止している僕たち一行。
「ねぇ、ピクリンさん。あそこでワイバーンに乗っている人たちも乗竜階級の騎族なの?」
「ん~? いや。あれは、ただの飛竜部隊だな。本物の乗竜階級の騎族なら隷属魔法なんて使わなくても、ワイバーンの手綱を握っていられるはずだからな。……この私みたいに!」
「へぇ、そうなんだ。ピクリンさんって凄いんだね」
「そうだぞ、スロー。惚れ直したか? 私に惚れ直したか?」
僕の質問に、自賛混じりの説明をしてくれたピクリンさんは、物のついでと言わんばかりに、誤解を生みそうな言い方で僕に問い返してきた。
それを聞いて、「惚れ……直し……?」と、言い淀んでこちらを振り返ったコルネットさん。
その目からは、またしてもハイライトが消えてしまって――
「惚れたとかじゃないから! 確かにピクリンさんは凄いけど、惚れたとかじゃないから! コルネットさん、今のはピクリンさんの冗談ですからね?」
と、慌てながら、即座に否定を加える僕。
ちぇーっ! つれないなぁ、と笑いながら僕を揶揄い続けるピクリンさん。
焦るから! 急なリアクションとか、僕、できないタイプだから!
心の中でそう叫びつつ、僕がコルネットさんに視線を移すと、さっきまで虚無的だった彼女の瞳に、いつの間にやら輝きが復調しているのが見えた。
今のは幻視体験だったのか?
まだドキドキしている心臓を深呼吸して落ち着かせていると、今自分が空にいるという現実を、不意に思い出した。
「まぁ、けど……。実際、かなり不思議な乗り心地ですよね……」
僕は冷や汗由来の肌寒さを感じながら、コルネットさんの背後から言葉を投げかけた。
「そうですね……。思っていたより揺れないです」
と、コルネットさんが、安心したような声色で答えた。
“うっかりニトロから落ちてしまわないように、前に座っているメンバーに掴まっておかなくてはいけない。”
そんなルールが不必要になってしまうくらい、ニトロの背は揺れない。
なんならヴィオラは、肌の露出の多いピクリンさんから、すでに両手を離してしまっている。
しかし、それではロマンがないのではないか?
いや違う。決してそういう意味でのロマンではない。
ピンと翼を伸ばしたまま、だらしなく四肢を垂らし。
空を飛んでいる……というより、魔法でだらっと、ただ宙に浮かんでいるだけ。
いくらハイ・ワイバーンが、高い魔力を有しているからといって、これではロマンがないぞ、という意味である。
ちなみに僕は、まだコルネットさんの背中に、しっかり掴まっている。
これは、予期せぬ突然の揺れにもきちんと対応するためである。他意は無い。
そんな小さな不満と大いなる自己弁明が、同時に僕の心に生まれ始めたとき――
「あーーっ! あそこに怪しげな人影を発見!」と、ヴィオラが声を上げた。
彼女が指差す方向。
王都アセトンからのサーチライトが当たるアッシュランドの崖際に、老人が一人、ぽつんと立っていた。
「あのお爺さんが、『憤怒殺し』なんでしょうか……?」と、か細い声。
コルネットさんが、胴に回されている僕の手に、自分の両手を重ね合わせて、そう呟いた。
こちらからでは彼女の顔は見えないが、不安そうな表情が容易に想像できる。
手に加わった温もりを感じつつ、僕が注意深く辺りを見回すと――
まるで舞台照明を当てているかのように。
役者である老人が、アッシュランドという舞台の上で、どんな演技を見せるのか、と。
飛竜という座席に座ったアセトニド王国側の観客たちが、それを熱い眼差しで観劇していた。
そんな比喩が脳裏に浮かぶ程、いつの間にか僕は、このどこか現実離れした雰囲気にのまれてしまっていた。
「そろそろ時間だ。みんな気を引き締めてくれ」
ニトロの前方から、ピクリンさんの警告が聞こえてきた。
その声を聞いて、コルネットさんに抱きついている力が自然と強くなる。
周囲で様子を窺っていた飛竜部隊も、俄に色めき始めた。
そのとき――
「突撃――――ッッ!!!」と、この部隊全体の指揮官らしき男の号令。
上空に満遍なく配されていた軍勢が、規律に従い、上下左右様々な方向から一気にアッシュランドへ侵攻。
慌ただしい飛竜の羽ばたき。
けたたましい嘶き。
すると、次の瞬間――
目も眩むような激しい雷が、老人の持つ杖から放たれた。
「うわっ、眩しっ!」
数秒後、僕が正常な視界を取り戻すと、前線を押し上げていた飛竜部隊が、閃光に不意を突かれ、次々に墜落していくのが見えた。
アッシュランドには一人も入れさせない、といった意図が透けて見える大魔法。
轟く雷鳴と稲光。
「避けるぞ! 掴まれ!」
ピクリンさんの巧みな飛竜の操作によって、流れ弾の雷魔法が回避される。
ドネオは、飄々とした様子で、「雷の方がビビッて、俺を避けてるみたいだぜ!」と、僕たちの近くを飛行している。
イチノセさんは無言で、迫りくる稲妻を大剣で上手く捌き、無事。
しかし、すぐそばにいた飛竜部隊は避け切れず感電し、落ちていってしまった。
「ここにいてもジリ貧だ! 回り込んで突入してしまおう! これだけ混乱していたら、少しくらい隊列から離れてもバレないだろう」
そうピクリンさんが提案すると、ニトロが、守備に徹するように王都上空を占めていた飛竜部隊――戦線から離脱を始めた。
老人が立っている場所とは真逆の、アッシュランドの裏手に進路を変更したようだ。
「おい、ピクリン! どこ行くんだよ!」と、ドネオが後ろを付いてくる。
イチノセや、名も知らぬ竜騎兵たちも、一緒に。
「うわっ! 後ろ、めちゃくちゃ付いてきてるよ! 大移動になってる!」
ニトロの一番後ろに座っている僕が、後方確認しながらそう言うと――
「ハハハハッ! ニトロ! スピードアップだ!」
「えっ? ピクリンさん?」
「いいぞ! いいぞ、ニトロ! ハハハハッ!」
思わず、「いいの?」と、聞き返したくなるくらい長い縦一列の並び。
こっそりなんてもんじゃない。
『憤怒殺し』からすれば、完全に裏取りを狙う敵対行動である。
しかも目立つ。
長蛇の列。
しかし、すっかりハイになってしまっている乗竜階級の騎族ピクリンさん。
彼女は、もうダメだ。取り返しがつかない。楽しくなってしまっている。
「もっと! もっとだ! ニトロ! もっともっと!」
そう煽る飼い主に呼応したニトロが、だらりとした手足に力を入れ。
そして、まるで宙を走るように、シャカシャカと素早く手足を動かし始めた。
グンと速度が上昇し、追随してくるメンバーたちとの距離が開く。
「わーーい! 行っけーーー!!」
興奮するピクリンさんに影響を受けたのか、テンションMAXのヴィオラ。
「うーーん。もうこの翼は使わないのかなぁ?」
微動だにしないニトロの立派な翼を見上げ、冷静かつ不思議そうにしているクラリィ。
そして、まるで初めて親を見た小鳥のように、僕たちの後ろを付いてくる飛竜たち。
空をガシガシ走るニトロ。
ロマンも何もあったもんじゃないなぁ。
すると、風に乗って。
女性的な甘く優しい香りが……。
いや、まぁ。これは……。
ロマン……なのか?
全速力で空を駆けるニトロの背中の上で。
紳士そのものである僕は、紳士的にコルネットさんに抱きつきながら、紳士的にそう思った。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
次話、『第85話 最後尾は知っている』は、明後日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




