第82話 豹変
「じゃあ、ちょっくら『憤怒殺し』をシバいて帰ってくるからよぉ! 待っててくれよな、子猫ちゃんたち!」
……子猫ちゃん?
聞き馴染みのない、怪しげな睦言を吐いて。
ドネオが自分の一人用飛竜に乗り、空高く飛び上がっていった。
数秒が経過し、翼によって巻き起こされた風が落ち着きをみせたとき――
「はぁーー。あいつ、やっと行ったかーー!」
「任務とはいえ、やってられないわよ、全く」
ついさっきまで、ドネオの両サイドでキャーキャーと大騒ぎしていた薄着の女性たちが、悪態をついた。
豹変した二人は、まるで埃を払うかのように、ドネオと密着していた素肌を手で擦っている。
「あっ。あのハーレムっぽい感じって、任務でやってたんだ……」
僕は、その豹変に少し驚かされた……けれど。
よく考えたら、ドネオは嘘つきだし。
セクシャルな方面でのハラスメント活動が得意だし。
女性を“子猫ちゃん”呼びするような不可解なやつだし。
「それも仕方ないか」と、すぐに落ち着きを取り戻した。
剣聖イチノセは、誰よりも早く、無言で夜の空へ飛び去ってしまったので。
この雑木林に残っているのは、僕たちと、ドネオの取り巻き二人だけである。
あとは、緑竜のミドリ。
「ここにミドリと竜車を置いて行っても大丈夫なのでしょうか……」
そうコルネットさんが呟くと、ドネオの取り巻き二人が――
「あー……その緑竜、あたしたちが見ててあげようか? どうせ、ここでドネオを待ってないといけないからさぁ」
「その代わりと言っちゃなんだけどさぁ。ちょっと竜車の中か御者台で休ませてくれない? ずっと立ちっぱなしだったから、私、疲れちゃったの」
二人は、さっきまでのクネクネしたドネオに媚びるような動きを止め、一転、気の強そうな……というか、かなり偉そうな態度で、そう言った。
「ヴィオラちゃん、どうします?」
「う~ん。じゃあ、お願いしようかな!」
一瞬考え込んだ後、ヴィオラが明るく朗らかに依頼した。
「あと中でレトちゃんが寝てるけど、気にしないでね!」
「あら、一人お留守番がいるのね」
「オッケーよ。ドネオに比べたら、全然オッケー」
「ええっ!? レト、連れて行かないの?」
ヴィオラの言葉を快諾するドネオの取り巻き二人。
グーっと伸びをして竜車の方へ向かう彼女たちをよそに、再び驚きに搔き乱される僕の心。
すると――
「それがね、スロー。私が何度起こそうとしても、レトちゃん起きてくれないんだよ」
「ええ……。レトは、自分からじゃないと目が覚めないタイプなのかなぁ」
「そうみたい。だから、レトちゃん。ヘルサに任せてきちゃった」
ヘルサのヤツ、また枕にされてしまったのか?
「ヘルサもね。寝てるレトちゃんの頭の下から、『オレに任せるギギーー』って言ってたし、多分大丈夫」
やっぱり、ヘルサ。枕にされてるじゃないか。
「あと、『枕営業ギギーー』とも言ってた!」
「それは絶対、意味が違う」
僕は、反射的にツッコミを入れた。
「でも枕営業ってなんだろう……?」
「そ、それは多分……。ヘルサみたいに、自分が枕になってあげることなんじゃないかな……。ハハハ……」
僕は、乾いた笑い声で誤魔化し、ヴィオラを煙に巻こうとした。
「それじゃあ、私はいつも、レトちゃんにお膝の枕営業をしてることになるねぇ!」
「お膝の枕営業……。ハハハ……」
「もし良かったら、いつかスローにも枕営業してあげようか?」
「ハハ……えっ!? 膝枕ってこと……だよね?」
「さぁ~。どうでしょう!」
「えっ!?」
「フフフッ!」
こ、こやつめ……。
恐らくヴィオラは全部知っていて、その上で僕を揶揄っているのか。
くそう……。それならば……。
「じゃあ、近い内にお願いしようかな! ヴィオラの枕営業!」
フンッと、僕が強がって、そう言うと――
「えっと……。あの……」
急に俯き、頬を赤らめるヴィオラ。
どういうわけか、いつものむっつりヴィオラから、いつにないピュアピュアヴィオラに急変身。
「まぁ、スローだったらいいかな……」
あ、あの……。これって膝枕の話ですよね?
と、その豹変振りに、僕の頭の中が混乱し始めたとき――
「スローくん……。ヴィオラちゃんと枕営業って、どういうことですか……?」
吐息がかかりそうなくらい耳元で、コルネットさんの恨めしそうな声。
顔が近いっ!
「ひえっ! いや、違いますって! 誤解ですから! 膝枕! 膝枕のことですから!」
「膝枕……? ほんとですか?」
目が虚ろのコルネットさん。
確保して! 目の中に、ハイライトを確保して!
「ほんとです! ほんとです!」
「嘘ついたら……、めっ! ってしますよ?」
姫騎士団長コルネットさんの「めっ!」は、充分、僕を死に至らしめる破壊力を有している。
僕に残された選択肢は一つ。たった一つだ。
「はい。お約束致します……」
ビビっているわけではない。
決してビビっているわけではないけれど、僕は紳士的にそう答えた。
「本当?」
「はい。お約束致します……」
「膝枕がして欲しくなったら、私に頼んで下さいね?」
「はい。お約束致します……えっ?」
勢いで、違う何かをお約束致してしまったのだけれど?
コルネットさんは、僕の言葉を聞いて、何故か上機嫌に。
目の中のハイライトも無事に回復したようだ。
「ねぇねぇ、コルネットさん。枕営業って何~?」
僕は、そんなクラリィのどこまでも純粋な質問を、すぐそばで聞きながら。
「ええっと……。これは……スローくん、教えても大丈夫でしょうか?」
夜空へ飛び立つ覚悟をする下準備として。
これから豹変するだろうクラリィに。
卑猥認定をされる覚悟を決める僕なのであった。
お読み頂き、誠にありがとうございます。
気に入って頂けていたら嬉しく存じます。
次話、『第83話 フライ トゥ ザ スカイ』は、明後日の朝、午前中の投稿となります。
引き続きお楽しみ頂けたら幸いに存じます。




